012.魔王殺しの力
フレイムサークルはゴブリンごと盗賊たちを囲い、フレイムウォールはダンジョンの天井までを覆う。行き止まりの炎のトンネルは、逃げ出そうとした者を沸かして溶かし焦げた黒ずみへ変える。
そんな炎の壁を平然と越えて俺の前に立つ男、盗賊の頭領はまさに蛮族と呼ぶに相応しい毛皮と金属の同鎧と腰鎧、籠手に脛当てと言う軽鎧姿。
軽鎧の合間から覗く筋肉は日本人の平均的な体格より二回り三回りは厳つい、ハリウッドのアクションムービーのヴィランのようだ。
「炎壁を素通り? 火炎耐性装備か」
「そういうテメェは魔法使いか? いや、その奥で光ってる妖しい玉っころはまさかダンジョンコアか。テメェ、魔王か」
「だとしたらどうする?」
「こんな小せぇダンジョン、産まれたてだろう? 小さくともダンジョン。ならば討てば英雄。盗みなんざ働かなくともなんでも思うがままの楽ちん人生。ぶっ殺すしかねぇなァ……」
盗賊のくせに英雄願望?
それとも、ダンジョンを攻略すると人間社会じゃ罪人に恩赦や金でも出るのだろうか。
「もうひとつ聞いても?」
「黙って死ねやクソガキがァ!」
「おっと」
筋骨隆々の大男の右拳が頭目掛けて飛んできたのを左の手の平で受け止める。
「テメェ、魔法使いじゃなかったか」
「魔法ね……よくわかんないんだよね。魔法って、なんだろうね?」
「知ったことかよ」
腕を引き、再び殴りかかってくるのを受け止めようとして、左の拳が腹を狙ってきたのが視えて、こちらの右手で弾く。同時、反対から拳、両手から放たれる剛力の連打。
顔に、腹に目掛けて飛んでくるそれを弾いて弾くのに飽きて手首を捕まえる。
「ニワトリの蹴りに比べたらこんなもんか」
俺の初めての実戦。突然の襲撃。
飛竜の如き巨体から繰り出された命を千切る鋭い一撃。
あれに反応できたことを思えば、どんなに図体がデカくても人間。
冒険者に敗れて森に逃げ込んだ敗残者。
「魔法ってなんだろうね。炎って現象化した時点で物理現象だと思うし、燃焼も物理だよね。じゃあまあ、何もないところから火が出たり、酸素が有るかもわからない世界で火が燃え続けたりしてるわけわからんことが魔法なのかな?」
「テメェの言ってることの方が訳がわからねェんだよ!!」
膝蹴りが飛んできた。鳩尾にぶち当たる。
よろめきはしなかった。
人が喋ってんのに、行儀が悪い。
「俺もよくわかんないんだよ。魔法みたいな力で生まれた俺は魔法か? 魔法使いか? ってさ」
だから、こいつの問いに対する答えをまだ持って居ない。そして、多少気になりはするだけで、知りたいとも思わないし、そんな暇も無い。
「以上、話は終わり——ハンドアクス」
両手を捕まえたままの頭領の腹をフロントキック。足の裏で突き飛ばす。
手元に呼び出した手斧はコボルドが殺した盗賊から吸収した武器。
他の武器はゴブリンが使用中、若しくは生きている盗賊の所持品で吸収できていない。が、死者の装備は吸収さえしておけば好きなように扱える。
右手に握ったハンドアクスを力任せにぶん投げる。縦回転しながら飛んで行ったハンドアクスは頭領に既で躱され、炎の壁を突き抜けて下っ端盗賊の後頭部が割れて弾ける。
力はあっても狙いは悪い。うーん、不器用。スペックに対する技術不足は否めない。
「魔法の次は手品かよ」
「今ので死んでくれないのは参ったな」
話し相手にもなってくれそうにないし、対応できるからといって殴り合いなんてダサいことはしたくない。
喧嘩とか好きじゃないんだよね、俺。冷笑系とかではないんだけど。
「もう手詰まりか? へへっ、驚かせやがって、所詮は弱小ダンジョンの最弱魔王かよォ!」
再びの拳の応酬、誠に不本意。殴り合いの経験なんてない俺は頭領の拳や蹴りを凌いではいるが、殴り返す間がわからない。
さっき膝蹴りを受けた時たいしたダメージはなかったので、いっそ防がず殴られてカウンターの方が手っ取り早いのかもしれないが、好き好んで殴られたい変態でもない。
「やっぱりもうちょっと話しない? どうやってそんなに筋肉つけたの?」
「余裕ぶってんじゃねェよ」
またこれだ。相手にされない。
ゴブリンさんたち早く終わらせてこっち手伝ってくれないかなーと思ってチラチラ、頭領と炎壁越しに様子を見るが、あちらも随分苦戦している様子。ゴブリンは三体、盗賊の生き残りは二人。
コテカがダンジョンの床に転がっている。最初に召喚したゴブリンの装備品がドロップしたようだ。
そうか、彼は死んだか。
コボルドの姿も見えないな。まあ、コボルドは武器も持っていなかったしな。
「みんな、俺を置いて先に逝ったか」
「寂しけりゃテメェもすぐに逝かせてやるよ」
「生憎、男にイカされる趣味はない——ナイフ」
ゴブリンが死んだのなら、武器が取り出せる。
「チィッ!」
盗賊の頭領の拳の連打を捌く手にナイフを持つ、籠手と刃がぶつかり合う。腕には効かない、だが、奴は大腿部を覆う装備は着けていない。蹴りに合わせて肉を割く。
「……ああ、魔王相手に弱者だと見下していた罰が当たっちまったか……クソムカつくが、悪ィのは俺様か」
盗賊の頭領の雰囲気が変わる。
「魔法が何かって? んなもん俺様だって知らねェが……戦士の天賦ってモンを見せてやる」
空間が揺らめく。
背後の業火が生み出す陽炎ではない。
盗賊の頭領の姿を、見失う。
「ぐっ……」
左の頬に衝撃、頬か、口内か、何処かの皮が裂けて血飛沫が舞う。
「ふっ……」
腹に衝撃。喉から空気が吹き出す。
「逝けやコラ」
「——!!」
追撃の回し蹴りをもろに脇腹に受けてダンジョンの壁に叩きつけられる。
「……」
声が出ない。何をされた? 殴られた。蹴られた。いつの間に? なぜ視えない? わからない。
「まだ生きてんのか。魔王ってのは随分頑丈らしい」
盗賊の頭領が、ゆっくりと近づいてくる。頭領の体の周囲が陽炎を纏ったようにボヤけている。知らない力だ。天賦と言っていたか? ヤバいな、次の一撃を貰ったらさすがに死ぬ。
いくら俺の体が普通の人間より頑丈とはいえ、あの力は無理だ。
そうだ……この異世界ではダンジョンが存在するのだから、ダンジョンを殺す英雄だっているだろう。
考えが甘かった。
この世界の人間には、ダンジョンマスターを殺す力があるのだ。
「これで終わりかぁ」
目が霞む。
口を吐いたのは、力のない言葉だった。
盗賊の頭領は……もうすぐそこか。
「いい勝負だったぜ。殺す前に、名前を聞いておいてやる」
「ははっ、ありがとう」
俺の目の前で立ち止まり、拳に陽炎を強く宿した頭領に礼を言う。
壁のスイッチを押す。
ゴゴゴと勢いよく、仕掛け扉がスライドして——
「——あぎゃ?」
盗賊の頭領が潰れた。
「ちょっとシノミヤ、さすがに今のは酷くない? 名前くらい答えなさいよー」
「そんなことしてる余裕あるように見えた?」
「一言くらい言えたじゃない」
「……じゃあ、今度言えたら褒めてくれる?」
「言えたらねー」
もう二度と俺自身が戦うのはごめんだけどね。
さて、盗賊の頭領はどうにかなったし、残りの下っ端とゴブリンはどうなったか確認しないとな。




