009.二畳半生活
ダンジョン生活三日目。
「おはよーシノミヤー」
「ふみゅう」
洞穴ダンジョンの最奥に作られた隠し部屋、元の洞穴のサイズは変わっていないのでコアルームというのか、マスタールームというのかはわからないが……とにかく俺とコアちゃんの生活空間はこのおよそ三畳にも満たない二畳半ちょいの部屋となった。
狭い部屋の中、小さな洗面台で顔を洗う。手に水を溜めて顔にかける。ただそれだけの水を受け止めきれない細長い洗面台のせいで床が濡れる。ガチでムカつく。
「コアちゃん、通路の様子は?」
「今映すよー」
コアちゃんはどうやら、ダンジョン全体を常に把握できるらしく、その球体をモニターのようにして壁の向こう側の様子を映し出せる。
「敵影なし! モンスターたちが遊んでるくらいだよー、あの子たちはシノミヤと違って朝でも元気」
「そりゃ、寝てないからね、あいつらは」
元々がダンジョンモンスター。DPから生まれたカオスの軍勢。元日本人の俺と違って睡眠不足でSAN値は削られない。
まあ、俺が寝てる間は割と好きに色々やってるみたいだけど。
「それはともかく、今日の指示を出しますかね」
「いってらっしゃーい」
コアちゃんに見送られながら、壁の横のスイッチをポチ。隠し扉……というやり、隠し部屋の仕掛け扉が横にスライドする。
ちなみにこの仕掛け扉、外から入る時のスイッチは天井にあるので、俺やゴブリンは棒で突けば開けられる。コボルドはスライムを放り投げて天井にくっついて貰えば開けられる。
「さて諸君、落とし穴の成果はどうかね?」
「わふ」
コボルドが肩を竦め、スライムはべっちゃり、ゴブリンは腰蓑をバサバサと揺らして換気中。
「……収穫はゼロか」
スライムがダンジョン内にいる時点でなんとなく察してはいた。
落とし穴を作ったところで、森で暮らす小動物なんて大抵は穴くらい掘れる。
うさぎだってスライムが押さえつけていなければ自力で穴を拡張して抜け出せただろうし。
罠については引っかかってくれたら儲け物くらいに考えた方がいい。
「昨日、我々はようやくダンジョンコアをひとまずだが隠すことに成功した。よって、これからはDPを稼ぐ方向で頑張って欲しい。スラさんはコボさんとセットで、ゴブさんはソロで獲物の捕獲をしてきて欲しい」
「わん!」
「……」
「ゲェ」
それぞれにやる気のある声、無声、うめき声といつも通りの返事をうけて満足する。
「では頼んだ」
モンスターズは二組に分かれて森に入る。スライムをコボルドとセットにしたのは足の遅さのせい。コボルドに背負わせておけば移動は早くなるし、ネバネバした触手はコボルドの攻撃力の低さをフォローしてくれるだろう。
ゴブリンは態度の割には既に何度も一人行動をこなしているし、武器も木製だが持たせている。
そういうバランスを見ての編成だ。
「次に増やすのはゴブリン優先でもいいかもしれないな」
モンスターズを見送りながら今後のことを考えてみた。やはり、手が使えるのは大きい。物が持てる。武器が持てる。あとは弱さをカバーするためのトラップを用意してやれば、三尾狼を倒した時のようなこともできるだろう。
戦力強化は楽しみだ。
「おかえりあなたー、お水にする? お水にする? それとも、音楽?」
「何もないなら無理しなくていいよ」
隠し部屋に戻った俺をコアちゃんが出迎えてくれる。部屋とはいってもただの極狭穴蔵なので面白いものなどない。コアちゃんの話のバリエーションも増えないのは仕方がない。
「俺は魔法の練習。とりあえず、昨日のイグナイトを安定して発動できるように試してみるよ」
「うんうん。勤勉で頑張り屋さんでシノミヤは立派よ」
「コアちゃんも魔法のことで何かわかったら教えてよ」
「魔法——シノミヤの言葉に合わせてそう呼ぶけれど、それは全て私たちダンジョンのカオスの力が源になっているの。シノミヤの体は特製だからたっぷりカオスを煮詰めてギチギチに詰め込んでも平気なボディだから、カオス——これもシノミヤにわかりやすくすると魔力ね。魔力はたくさんあるはずだから、あとは修行あるのみだよ!」
……なんだか、思ってもないまともな答えが返ってきて口を開けたままぼけっとしてしまった。
「もしかしてコアちゃん、夜中に調べておいてくれたの?」
「そりゃー、だってシノミヤに頼まれてたしね!」
「……コアちゃん!」
なんて健気な子!
思わず引っ掴んで壁から剥がして抱きしめて撫で回す。
「ギャー! えっち! さわるなぁ!」
「なにがエッチなんだこのカチコチボディめ!」
そう、このダンジョンコア、そこそこ硬い。
硬いバレーボール。何もエロくない。
「やーめーてー!」
「はいはい。じゃあ、俺しばらく練習してるから音楽だけはかけないでね」
そっとコアちゃんを離すとふよふよと壁に収まっていく。
「なんでー? 音楽あった方がオリスペいけそうじゃない?」
「……オリスペって一瞬何のことかわからなかったよ。独自詠唱とかいらないから。むしろ詠唱なんて減らしたいくらいだし」
「えー、かっくいいのにぃ」
「戦場で格好いいのは生き残れるヤツだけだよ」
負けたら死体、敵ならDPになってくれる分まだいいが、俺が死ねばただのゴミだ。
そういう訳で、狭苦しい室内で詠唱の練習をする。
「イメージはライターの火、蝋燭に灯った小さな火、並ぶ燭台、無は炎となるカオスな世界。ここは物理法則なんて関係ない。混沌が漂着する止まりの世界——我が混沌よ灯火となれ、イグナイト!」
ぼうっと小さな音を立てて小さな炎が無から生まれる。それはまるで、一本の道に並べられた蝋燭に順番に火を灯すように、ぼ、ぼ、ぼ、と二畳半の部屋の床に灯っていく。
「そのまま、迸れ、イグナイト」
炎が生まれ、また一つ、二つ、三つ、やがて数十の小さき炎が壁中にも広がり、室内を照らしていく。
「できた……」
集中していた意識、力を抜くと炎は一斉に無に還る。さっきまで感じていたほんのりとした熱も消え去っている。
「結局、新しい独自詠唱を生み出してるだけじゃない。何、シノミヤってば魔法の天才?」
「え、俺またなんか歌ってた?」
「歌っていうか、前よりは根源との対話って感じかな?」
「なにそれこわい」
無心で、魔法をイメージしていた。
実際に魔法は想像の通りに発言した。
けれど、イグナイトという言葉以外を発した覚えが全くない。
「まあ、魔法なんて元から意味わかんないものなんだからそんなものじゃない?」
コアちゃんはそういうが、カオスの力とやらを使おうとするとこうなるのか? 毎回?
「馴染んでいないだけよ、大丈夫。すぐにそれは無くなるよ。蕩けて、沁みて、ひとつになるの。心配いらないよ、私がずっと傍にいるんだから」
コアちゃんはそういって、やけに甘い声で「うふふ」と微笑う。




