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蠱魂(こだま)  作者: ふゆはる


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第六章/八幡の藪知らず

 真奈と直樹は、封印のための術師を探す手がかりを求め、忌み地として知られる八幡の藪知らずへと足を踏み入れた。昼間の光は葉の密度に遮られ、藪の奥は薄暗く、湿った空気が二人の肌にまとわりつく。踏み込むたびに足元の落ち葉がきしみ、湿った土の匂いと苔の匂いが混ざり合って鼻腔を刺した。


「……ここが……発見の地、忌み地っていうだけあるわね」

 真奈は低く呟き、落ち葉を踏みしめながら視線を巡らせた。藪は迷路のように入り組み、木々の幹が絡み合って薄暗い影を作る。微かに揺れる影は、人の目に捉えにくく、二人の心理に不安を植え付けた。


 直樹は背中に背負ったリュックからノートと古文書を取り出す。彼は石碑や朽ちた祠を注意深く観察し、封印や呪術に関わる言い伝えや記録を探す。石碑には風化した文字が刻まれ、苔に覆われた部分も多いが、かすかに封印や符に関する痕跡が残っていた。


「……ここに書かれているのは……封印には符を扱う者が必要だ、ってことか」

 真奈は石碑に刻まれた文字を指でなぞり、慎重にメモを取る。文字は古代風で解釈が難しいが、封印の核心部分は伝わってくる。文中には、「精神を一点に集中させ、波動と同期せよ」「封印の術を知る者、秘伝を守る者」といった文言が残されており、現代での術師の存在を示唆している。


 二人は藪の中を慎重に歩きながら、石碑や祠の位置を確認し、古文書と照らし合わせて記録を取る。落ち葉の擦れる音、枝が風で揺れる音、微かに聞こえる羽音のような響き――すべてが警告のように感じられ、緊張感をさらに高める。




「……でも、これだけでは誰が術師かはわからない……」

 直樹は眉をひそめ、苔に覆われた古い祠を覗き込む。手を触れると、冷たく湿った石の感触が指先に伝わる。藪の静寂が二人の鼓動を増幅させ、まるで藪全体が彼らを試すかのように思えた。


 真奈は立ち止まり、深呼吸を一度して心を落ち着ける。

「でも……手がかりがあるだけ、希望はあるわ」

 視線は藪の奥にある古老の住居跡や祠に向けられる。伝承には、封印の術を知る者が地域にひっそりと存在することが示唆されていた。


 二人は慎重に藪を進み、古い石碑の刻文や地元に残る言い伝えをスマートフォンのカメラやノートに記録していく。枝葉が頭に触れるたび、羽音が耳をかすめ、影が視界の端で揺れる。緊張の中、二人の神経は常に張り詰めていた。


「……ここに、封印の技術を伝える者がいるはず……」

 真奈は低く呟き、直樹と目を合わせる。息を整え、藪の奥深くへと足を踏み入れる。落ち葉を踏む音が、かすかな羽音や影の揺れと重なり、不安と期待が入り混じった緊迫感を生む。


 歩みを進める中で、古老の伝承を聞き取り可能な小屋や住居跡を見つける可能性もあり、二人は準備した資料と文書を手元に置きながら、慎重に進む。藪の中に漂う湿気と匂い、木々の隙間を通る微かな光は、呪いの発見地の異様な雰囲気を強調し、探索の困難さと同時に希望の手がかりを探す緊張感を増幅させていた。


 藪を慎重に進んだ二人は、やがて微かに人の気配を感じる場所にたどり着いた。古びた茅葺きの屋根が見える小屋の跡地で、苔むした石段を上ると、かすかに煙の匂いが漂ってきた。


「……誰かいるのかもしれない」

 真奈は小声でつぶやき、直樹と顔を見合わせる。緊張が全身を包む。羽音や影の揺れは微かに続いているが、人間の存在があることに、少しだけ希望が生まれた。


 二人は石段をゆっくりと上り、小屋の残骸の前に立った。そこには、年老いた男性が座っていた。長く白い髭をたくわえ、目は深く澄み、落ち着いた雰囲気を漂わせている。


「……こんなところに若い者が……何を求めてここまで来た?」

 男性の声は驚きよりも穏やかな好奇心が含まれていた。藪の静けさの中、声が風に乗ってゆっくりと響く。


 真奈は緊張しつつも、一歩前に出て頭を下げる。

「す、すみません……私たちは……この場所に伝わる古い封印や呪いの伝承について伺いたくて……」


 直樹も控えめにうなずき、資料と文書を手に見せた。

「発見された壺……蠱毒に関する情報を調べています。封印の手順を理解するために、ここで残る知識を知りたいのです」


 男性は二人の手元の資料をじっと見つめ、微かに眉を寄せた後、ゆっくりと口を開く。

「……なるほど、蠱毒の壺か……。長いこと、この藪には封印に関わる痕跡が残されてきた。術を扱う者も……かつては存在したが、今はほとんど姿を消している」


 真奈の心臓は早鐘のように打つ。

「……姿を消した、ということは……今でも術を行える人が……」


 男性は静かに頷き、苔むした手で地面を指さした。

「この地の民は古くから封印の術を守ってきた。しかし秘伝は極めて限られた者にしか伝えられない。だが、君たちが探しているなら、手掛かりはあるかもしれん」


 直樹は身を乗り出す。

「……手掛かり、ですか?」


「ここから数里離れた山間に、封印の技術を受け継ぐ者がひっそりと住んでいる。長く世に出ず、民間に伝わる符術を守ってきた者だ。もし会うのであれば、礼を尽くし、恐怖に屈せず、知識を求める姿勢を示すことが肝心だ」


 真奈は深く息を吸い、決意を込めて頷く。

「……わかりました。必ず礼を尽くします。そして……連鎖を止めるために、お願いします」


 男性は頷き、藪の奥へと示す方向を指差す。

「その者に会うには道が険しい。藪を抜け、古い山道を辿ることになるだろう。しかし、封印を行うための希望はそこにある」


 微かな羽音と影の揺れが再び二人を取り巻く。真奈は手元の資料を握りしめ、直樹と視線を交わす。恐怖は消えない。しかし、希望の手掛かりが見つかったことで、次の行動へ進む覚悟が生まれた。


「……行こう、直樹」

「ええ、真奈。これが最後のチャンスかもしれない」


 二人は山をさらに奥へと進み、封印の術を知る者との接触に向けて足を踏み出した。湿った落ち葉の感触と影の揺れが、今まで以上に二人の神経を張り詰めさせる。しかし、希望の光を胸に抱き、二人は恐怖を押し込めながら進むのだった。

 そこに居たのは住職である白行上人(はくこうしょうにん)であった。

 法華経寺の広間に入った真奈と直樹は、白行上人の静かな眼差しに圧倒されながらも、封印の必要性を必死に説明しようとした。


「……私たちは、この壺の封印を……」

 真奈の声は震え、言葉が途切れる。直樹が横でうなずき、資料を差し出すが、白行上人はゆっくりと手を横に振った。


「……申し訳ない。しかし、封印を行うには、君たちの覚悟だけでは足りぬ。符術は深く、精神と呪力の調和が必須だ。恐怖や未熟さに揺れる心では、逆に災いを広げることになろう」


 真奈は顔を伏せ、足元の畳を見つめた。彼女の胸を締め付けるのは、恐怖だけではない。白行上人に拒絶された現実が、希望の光を遠ざけていく感覚だった。


「……でも……犠牲者が……」

 真奈は声を震わせ、言葉を続ける。


「藤原翼……山下も……彼女たちは蠱毒に襲われて、……もう……」

 直樹も言葉を継ぐ。彼は資料を掲げ、発見された壺と蠱毒による犠牲者の状況を正直に説明した。


「壺を封印しなければ、この連鎖は止まらない。犠牲は増える一方です。私たちは……止めたいんです」

 真奈の目は涙で潤み、しかし決意に光っていた。声には恐怖だけでなく、亡くなった友人への深い悲しみと、連鎖を止める覚悟が込められている。


 白行上人は長く黙ったまま、二人の話を静かに聞いていた。広間に漂う香の匂いと静謐な空気の中で、風がわずかに紙を揺らす。彼の目は深く沈み、眉間に皺が寄るが、拒絶の意志だけではなく、二人の切実さを測っているようだった。


「……なるほど……君たちの心は真剣であるようだ。しかし……封印は決して軽々しく行えるものではない。危険は計り知れぬ。若者よ、君たちは本当に覚悟があるのか」


 真奈は深呼吸をし、顔を上げる。

「はい……怖いです。でも、逃げるわけにはいきません。犠牲者が増えるのをただ見ていることはできないんです」


 直樹も強くうなずき、資料を握りしめる。

「僕たちが動かなければ、この連鎖は続く。封印を行う術師を見つけ、私たちも学び、共に行う覚悟があります」


 広間には二人の声と、静かに揺れる香炉の煙だけが漂う。白行上人は静かに息を吐き、椅子から立ち上がる。


「……よかろう。君たちの覚悟は確かに伝わった。しかし、容易ではない。封印を行うには、精神の制御と符術の理解が欠かせぬ。私が指導することを承諾するなら、覚悟を持って臨むのだな」


 真奈は力強く頷き、直樹も同様に応える。二人の胸には、恐怖と緊張、そして亡くなった仲間たちへの思いが混ざり合い、封印に向けての決意が確かに刻まれた瞬間だった。


 白行上人は二人の訴えを静かに聞き終えると、しばし沈思したのちに深い声で言った。


「封印を望むならば、まずは自らを清めなければならぬ。穢れを抱えたまま符術を扱えば、逆に呪いに呑まれる。術は力ではなく、心と身を調和させて初めて意味を持つのだ」


 真奈と直樹は緊張した面持ちで耳を傾ける。白行上人はゆるやかに立ち上がり、香炉から立ちのぼる煙を一瞥した。


「君たちにはいくつかの試練を与える。まずは、この寺に逗留し、衣食住すべてを我らの教えに従って過ごせ。夜明けとともに起き、読経を行い、斎食は粗末な精進料理に限る。沈黙の時間も守らねばならぬ。心を乱す言葉や思考を捨て、己をただの器とせよ」


 直樹は息を呑んだ。学者として資料や知識に依存してきた彼には、己を空にするという要求が最も難しいことのように思えた。

「……それは、どのくらいの期間を?」


「七日だ」

 白行上人の返答は短く、しかし重みを帯びていた。


 真奈は思わず直樹を見た。七日間――不安と焦りが胸をよぎる。外では呪いが進行しているかもしれない。それでも、ここで清めを怠れば、封印は必ず失敗するだろう。彼女は唇をかみ、強く頷いた。


「……わかりました。やります」


 白行上人はうなずき、二人を僧坊へ案内した。木の香りが漂う質素な部屋、板の間に敷かれた薄い布団、窓から差し込む光は柔らかいが、どこか張りつめた空気がある。


「衣は粗布の作務衣を身につけよ。華美なものは不要だ。日々の務めは掃除と作務。心を無にして繰り返せ。言葉を失い、己を整えることで、初めて呪いに立ち向かう器ができあがる」


 真奈と直樹は僧衣に着替え、与えられた箒を手に取り、広い境内を黙々と掃く。落ち葉の音、木々のざわめき、遠くで鳴く烏の声。どれもが日常の音であるはずなのに、不思議と心を映す鏡のように響いた。


 食事もまた修行だった。湯気の立たない冷めた飯、煮ただけの根菜、塩すら控えた淡白な汁物。口に運ぶたびに、普段の食の豊かさに気づかされ、同時に飢えと不満が心を揺さぶる。だが、白行上人の言葉――「乱れは穢れとなり、穢れは封印を破る」という警告を思い返し、二人は黙って食を進めた。


 夜になると、境内は静寂に包まれる。真奈は布団の中で目を閉じるが、虫の羽音や影の揺らめきが脳裏に浮かび、心は容易に鎮まらない。隣室の直樹も同じだった。彼は闇の中で拳を握り、恐怖と焦燥を押し込めようと必死だった。


 七日の試練の始まり――それは肉体よりも、精神を揺さぶるものだった。だが、この清めを乗り越えなければ、封印の儀式に挑む資格すら与えられないのだ。


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