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和子さんの買い物

 お休みの日は和子さんの買い物に付き合わされる事が多い。

 …付き合わされるは語弊か。

 2人で買い物に行く事が多い。

 日用品や食料品を買いに行く事もあれば、和子さんが仕事で使うノートやファイルを買いに行く時もある。本人には小さな拘りがあるようで、自分の気に入っているメーカーのノートやファイルを使っている。

 ノートやファイルの端に、目立たないちっちゃなアヒルのキャラクターがプリントされた物で、そのシリーズを好んで使っているを知った僕がアヒルを見つけると、毎朝のルーティンの唇鳴らしをするようになった。

 唇がタラコになると指摘しても、本人は何故かハマっているらしい。


「いい? 幸次郎くん」

「何でしょうか」

「これは戦いなのよ。たかがクレーンゲーム、されどクレーンゲームなの」

「気合いがとてつもないですね」

「もちろんよ」


 眉をひそめ、僕の顔を手招きすると、屈んだ僕の耳元にヒソヒソと言葉を投げかける。


「これはね、クレーンゲームと私達の仁義なき戦いよ。云わば聖戦よ。これを制した者こそ、念願のお宝をゲットできるわけ」

「ざっくり言うと景品をゲットできるって話ですね」


 和子さんは否定せず、ゆっくりを頷いた。


「クレーンゲームとの戦いよ」

「どうしてもクレーンゲームと争いたいんですね」


 クスクス笑う僕を後目に、和子さんはお目当ての台へと歩み寄る。


 僕らは今日、和子さんの休日にゲームセンターへと足を運んだのだが、その理由は一つ。

 和子さんが大好きなあのアヒルのキャラクターのぬいぐるみが、クレーンゲームの景品として堂々発売されたのだ。それを知った1ヶ月も前から、和子さんはベッドでの寝付きが悪かった。首まで毛布を被って天井を爛々とした目で見上げ、体力を温存という名目で僕にも早く寝るように強要していた。僕が寝た横で、バッキバキの目でしばらく天井を見つめていたようだが。

 そしてその日を迎え、朝から開店時間に間に合うように珍しく手早く支度を済ませた和子さんは、ゆっくりと朝食を摂る僕の前で、肩にバッグをかけ帽子までしっかりと着用した姿で仁王立ちして待っていた。


「夏休みにテーマパークに行く子供ですね」

「何とでも言うがいいわ。今の私にはそんなイジワルも通じない。無敵だから」

「無敵さん、その肩のバッグは何ですか」

「もち、戦利品をかっさらう大きめバッグよ」


 まだ何も入っていない、明らかに大きいそのバッグは、やはりアヒルのキャラクターがプリントされていた。普通のエコバッグの2つ分はあるであろう大きさだ。一体いくつ取るつもりなのだろう。


「だから早く食べて!」


 我慢できなくなった和子さんが吠えた。僕は昨日の煮染めの大根を口に入れた。うん、一晩経ってより染みた。


「早く食べて!」


 和子さんはいち早く朝食を済ませ、食器も自分で洗って、全てを片付けていた。卵かけご飯をかき込んだだけらしいが。


「みんな待ってるのよ!」

「みんなって誰ですか」

「アッピー!」


 アヒルのキャラクターはアッピーという名前らしい。何だろ、もう少し違う名前がなかったのかな。


「今は和子さんしかいないですが」

「アッピーが現地で待ってるでしょ!」

「熱と圧がもう、すごいですね」


 とりわけ遅く食べていたわけではないが、普通に朝食を終えた頃には、和子さんの首には水筒というアイテムが増えていた。いつの間にかぶら下がっている。

 仕事柄、普段すっぴんに近いメイクしかしない和子さんが、バッチリとメイクを済ませ、髪もしっかりと動きやすいポニーテールに結わえ、アッピープリントのオーバーサイズTシャツにスキニージーンズと戦闘服を整え、鼻息も荒く、その存在感を示す。小柄な和子さんは、さながら本当に夏休みの子供だった。30にもなる和子さんが未だに高校生に間違われるのは、その童顔も相まって、この醸し出す雰囲気が原因だった。

 チラッと見ると、小鼻を膨らませている。僕は食器をゆっくり洗った。


「ムーブっ! ムーブっ!」

「ブートキャンプのトレーナーですか」

「はーやーくぅー!」

「はいはい」


 こうして僕らはゲームセンターへとやってきたわけだ。途中、興奮冷めやらぬ和子さんが水筒の中身を早々と飲み干してしまったというハプニングもあったが。水筒はやはり早々と荷物持ち要員になった僕の肩に掛けられている。


「……さぁ……始めるよ! 幸次郎くん!」


 千円札を何枚も両替した和子さん。小さな手に銀色がいくつも握られている。使う時は豪快だ、和子さん。


 まずは中くらいの大きさのぬいぐるみだ。和子さんの顔ぐらいのサイズのそれは、台の中で積み上がっている。和子さん曰く、狙いやすい配置だそうだ。

 ものの5分で手の中の百円玉は半額になった。


「……台ごと買うぅ!」

「ふふっ、きっと何百万もしますよ」

「幸次郎くん、新車は諦めましょう」

「買う予定もなかったですけど、動機が不純すぎて」

「予定ではもう10個は取れてるの」

「何事も予定通りにはいかないものですよ」

「私、首席合格だったけど」

「成績と比例しないものですね」

「…………悔しいっ!」

「ふふっ、とうとう本音が出ました」


 僕のお腹にバフッと顔を埋めた和子さんの頭を撫でながら、首を伸ばして取れる角度を確かめる。

 和子さんの手から百円玉を取り、台に投入すると、慎重にボタンを操作する。アヒルのアッピーの首にアームを引っ掛けると取れそうだ。落下口に程近い一体の首めがけて、ボタンを操作した。

 見事アッピーは首にアームが掛かり、落下口にその姿を消した。ゲットした音楽がかかる。


 初の戦利品を取り出し、口をへの字に曲げた和子さんに手渡す。


「取れましたよ」


 無言で受け取り、アッピーを抱き締める和子さん。


「嬉しくないんですか?」

「アッピー」

「自分でゲットしたかったんですか」

「でも幸次郎くんが取ってくれた」

「よかったですね」

「………嬉しいっ!」


 アッピーを抱き締めたまま、僕のお腹にバフッと顔を埋める和子さん。自分の手で取りたかった悔しさと、念願のアッピーを手に出来た嬉しさが混ざり合い、何とも言えない感情がぐるぐるしているようで。


「『僕ら』で取ったんだから、いいじゃないですか」


 和子さんはアッピーの頭を撫でながら、小さく頷いた。納得はいってないようだが、それでもお目当ての物を手に入れられた喜びは、犬がしっぽを振るより明らかだった。口角が徐々に上がっていく。


 和子さんはその後、かなりの額を投入して、一番大きなアッピーもゲットした。自分の上半身ほどもあるアヒルを抱え、僅かに浮き足立った足取りでゲームセンターを後にする。


「アッピーはね、幸次郎に似てるんだよ」


 どうしてアッピーが好きなのか聞いた僕に、横を歩く和子さんが笑顔で答える。


「似てますか?」

「似てる。横顔とか」


 僕はアヒル顔だったかと疑問に思ったが、嬉しそうに歩く和子さんを見て全て受け入れた。


「幸次郎くん、ありがとう」


 僕と手を繋いだ和子さんが、陽の光に眩しそうに見上げた笑みで、そう言葉も繋いだ。

 そんな事を言わなくても、そんな事をしなくても、僕はいつも思ってますよ、和子さん。


 小さな手がギュッと力を込めた。僕の手にすっぽりと収まる華奢で小さな手だが、そのあたたかく優しい大きさが手から伝わって、和子さんの笑顔に笑顔で返した。


「どういたしまして」


 これはいつものお礼も兼ねて、の言葉。


 和子さん、巨大アッピーの首が苦しそうなので、少し緩めてあげて下さい。



 


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