表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

和子さんの朝

 和子(わこ)さんの朝は怖い。


 まずはあの寝起きの目だ。

 毛布の隙間から目だけを覗かせたネコ科の動物さながらの鋭い眼光は、僕のエプロンに描かれた『neco is fall asleep』のキャラクターロゴよりもねこねこしい。

 和子さんの寝起きが悪いのは今に始まった事ではないが、特に前日深夜まで仕事があった場合、それはより深いものと化す。扱いが慣れている僕でさえ臆するのに、これが他人であればどうなっている事やら。


「あの、和子さ───」

「がるるるる」


 このネコ科の唸り声も、和子さんの寝起きの悪さを象徴する。目だけを光らせた毛布の隙間から奏でられる戦闘モードの不協和音に、手に持つ目玉焼きのお皿が斜めになった。


「目玉焼き好きな人〜」

「はいっ」


 眼光だけが支配していた隙間から、小さく細い指先がシュパッと突き出た。


「早く起きないと両面焼きにしてきます」

「やだ」


 下半分の半月眼光が僕を捉える。


「イジワルする人だ」

「イジワルじゃないです。早く起きない人への罰です」

「なんの罰」

「早く起きない人への罰」

「なんの罰」

「早く起きない人へのば───」

「罰を受けるような事はしてないもん」

「…もう10時なんですよ」


 半月の目がヒュッと引っ込み、毛布の中でスマホを確認しているようだった。


「スマホ壊れた」

「壊れてません」

「今10時だってなってる」

「世界はその時間です」

「外国は違うもん」

「少なくとも日本はその時間です」

「ここカリフォルニア」

「日本のベッドです」

「カリフォルニア!」

「両面焼きにしてきま───」

「起きます」


 バサリと投げられた毛布の中から、ぐちゃぐちゃの髪を垂れさせたキャミソールと下着だけの妖怪『寝坊助和子さん』が満を持して参上した。


「もうっ」

「何ですか」

「もうっ! もう! もう! もう!」

「牛と同居した覚えはないですよ」

「モォ〜!」


 角に見立てた指を頭につけ、上半身をくねらせた和子さんが、僕と視線を合わせて止まった。


「笑って!」

「面白くないです」

「いっつもイジワルして! 幸次郎(こうじろう)くんはいっつも私にイジワルして! イジワルの権化! イジワル(しん)! イジワルの具現化!」


 目玉焼きのお皿をベッド脇のテーブルに置き、和子さんの髪を撫でて整えながら、両腕で和子さんを抱える。


「はい、おっきして下さい」

「もっと寝ていたい」

「とうとう本音を吐きましたね」

「昨日のあのオヤジ患者の訳の分からない愚痴を延々聞かされて、何で私のプライベート時間を削ってまで逃げ延びたベッドから強制連行されなきゃならないの」

「大変でしたね」

「癒やし!」

「はい?」

「癒やしが足りてないの!」

「目玉焼きがあります」

「足りてないの!」

「僕は癒やされてますよ」

「私は足りてないの!」

「僕は和子さんのこんな無防備武装解除状態を見れるだけで楽しいです」


 普段の凛とした姿とは真逆のズボラ女子姿が家では当たり前なんて、職場の方々は知る由もないのだろうな。


「僕は和子さんでいつも癒やされてますよ」


 和子さんはもにょもにょ口を動かし、唇を尖らせた。


「目玉は2つがいい」

「はいはい」


 踵を返そうとした僕の背中に抱きついて、和子さんは首に腕を回す。


「おんぶ」

「ダメです」

「おんぶ!」

「ちゃんと自分の足で歩いて下さい」

「おんぶしろ!」

「ダーメ」


 ざんばら髪の間から恨みがましく睨む和子さん。唇を再び尖らせて、それをブブブブと音を立てて震わせた。


「アヒルの真似事よろしく、ブーブー唇鳴らして毎朝毎朝美人女医の見る影もない姿で起きているなんて職場の人達が知ったら、和子さん、どう思うんでしょうね」

「ブブブブブー!」


 抗議の目を知らんぷりして、僕は目玉焼きのお皿を手にベッドルームから退室しようとし、エプロンを握られた。


「……じん?」

「はい?」

「美人?」

「ええ、美人です」

「誰が?」

「和子さんが」

「美人?」

「はい」


 上目遣いがにんまりする。


「だから早く起きて下さい」

「それとこれとは話が別で───」

「別じゃありません」

「ブブブブブー!」


 約5分後、渋々肩を落としてベッドルームから出てきた和子さんは、鳴らしすぎたせいか唇をやや引き締めながら、ダイニングのイスに腰掛けて一言、


「3つになってる!」


 数を増やしておいた目玉焼きに、瞬時に顔を綻ばせた。


「顔、洗ってきてからにして下さい」

「ダメ、もう無理。食べる。食べてからにする」


 手を合わせた後、塩と胡椒を振りかけて、和子さんの箸が目玉焼きを崩し始めた。

 和子さんは塩胡椒派。僕は醤油派。

 黄身を崩してソースのようにして食べる和子さんと、黄身を崩さないようにそっと口に運ぶ僕。

 それをご飯に乗せる和子さんと、焼いた食パンにそれを乗せてラピュタパンにして食べる僕。

 食べ方がまるで違う僕らだけど───


「今日の夜は外で食べる」

「お家では嫌ですか?」

「幸次郎くんが大変だから」

「大変じゃないですよ」

「たまには家事を休んで外でご飯食べるのも必要だよ」

「ふふっ、ありがとうございます」

「だから今日は外で食べる」

「分かりました」


 ───違っても、幸せは同じ。


 毎朝の光景も、変わらず、同じ。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ