同棲
とある夜。ホテルの部屋にて――。
「……僕たち、もう終わりにしよう」
「え? 急に何? ふふふ」
「冗談だと思ってるの? 僕は本気だよ」
「あたし、あなたから離れられない。あなたもそうでしょ?」
「そんなことはないよ。僕の意志は固いんだ」
「……どうして? ねえ、どうしてよ? あっ、あの女ね! 今、あなたが思い浮かべてるのは……!」
「そうさ。さすが、お見通しだな。なら、僕が本気だってこともわかるはずだ」
「そうね……。でも、あなたもわかってるでしょう? あたしが本気だってことを……」
「あっ、やめろ! 何するんだ!」
「手首を切って死んでやるのよ! あなたのせいでね! あなたも終わりよ! あははは! いい気味だわ!」
「そんなことしたって、出血多量で死ぬまでには時間がかかる! さあ、剃刀を捨てるんだ!」
「うふふ、止める気? でも、もう無理よ」
「何……? あ、あ、あ……まさか、薬を……」
「ふふふ、私とシテる最中に彼女のことを考えてたの、気づかれてないとでも? さあ、おやすみなさい」
「く、くそっ……! このっ!」
「あっ、もう、何するのよ! ベッドの下に……取れない……!」
「ははは、これで手首は切れないな。拾わせないぞ。さあ、あきらめろ……」
「邪魔しないでったら! だったら、噛んでやる!」
「あ、ひ、ひ、いふぁい、いふぁい、やふぇろ!」
「いふぃふぃふぃ……」
「ふゅたりとも、何してるの! やめて!」
「あ、ああ、た、たすふぇて」
「ひゃまふるんじゃないわひょおおおお!」
「ふぁなしなさいよ、この!」
「痛い、痛い、いふぁい」
「引っ掻かないでよ! このクソ女! この!」
「いふぁ! い、い、い、噛む、かふなあ……このお……」
翌朝――。
チェックアウトの時間を大幅に過ぎても姿を見せず、電話にも出ない宿泊客を不審に思ったホテルの従業員が、様子を見に部屋を訪れ、床に転がる遺体を発見した。
通報を受け、ほどなくして駆けつけた警察官たちは、血まみれの遺体を見下ろし、眉をひそめた。
「これは、自殺……ですかね」
「ああ。廊下の防犯カメラの映像によると、誰も部屋を訪れてないそうだ。だが、自分の体を噛みちぎるとは、ずいぶんと変わった男だ。それに、この引っ掻き傷……。まるで痴情のもつれみたいだな……」