第5話 魔法学校の受験対策
魔力は常に魔力量のその全部を使えるわけじゃない。一回に体の外に出せる魔力の量には、個人差はあるが限界があったし、それに体調によっては魔法をまったく使えないということもある。だからこそ魔法使いにとっては体調管理というのは何よりも大切だった。
ミリエルと出会ってから二カ月が過ぎ、冬が来た。ガーランド領はリシタニア王国の中でも北に位置しているので冬は雪が積もるほど降る。この二カ月、レオンとミリエルはひたすら魔法の練習に明け暮れた。攻撃魔法、治癒魔法、使えると何かと便利な無属性魔法などなど。時には外部からミリエルのために教師を呼ぶこともあった。
ミリエルは修行の成果が出たのだろう、今では診療所で患者の治療ができるほどになっていた。以前までは定期的に母上や近くの大きな街から来た医者が魔法による治療を施していたが、軽いけがや病気だったらもうミリエルに治してもらう方が早いらしい。
攻撃魔法のほうは一角ウサギ程度だったら群れで襲われても大丈夫になっていた。もう魔法が出せないなんてことはない。先日、村に魔物が入り込んだ際、大人よりも早く魔物を倒したのはミリエルだったと聞いた。子供の成長は早いな、とレオンは考える。
レオンはというと、ほとんどの魔法を瞬時に相殺することができるようになった。傍から見ると属性魔法を使っているようには見えないので人前での使用も問題ない。
魔法学校の試験は二つある。一つは筆記試験。算術・歴史学・言語学、そして魔法学を問われる。二つ目は魔法の実技試験だった。毎年平民からは何千と応募があり、入学が許可されるのは数名だ。貴族も同様の試験を課されるが、実際はどんなに結果が悪くとも貴族というだけで入学が許可される。
問題は実技試験の方だった。貴族には標的に魔法を使い破壊するという単純のものしか課されなかったが、平民はそれとはわけが違った。それは受験者同士による魔法を使った戦いだった。曰く、多すぎる受験者数を効率的に絞るため。そう言えば聞こえはいいが、実際には悪趣味な貴族連中の見世物となっていた。
「反吐が出るな」
そう悪態をついても何も変わらない。レオンにできることはミリエルを可能な限り鍛えることだった。レオンが隠れて支援するという方法も思いついたが、腐っても試験。多くの試験官がいる中で魔法を使ってしまってはバレてしまうのは想像に難くない。場合によってはレオンの入学も取り消されてしまうかもしれない。そうなっては本末転倒だ。
ミリエルと接することで分かったことがある。ミリエルは人を治すのは好きだが、傷つけることはできないらしい。だから早急に解決策を考える必要があった。
今日は久しぶりにミリエルの村に行くことになっていた。雲が薄く太陽にかかっていたが、雪の無い日だった。
これからのことをミリエルと話し合わなければならない。レオンは自分でウィンと名付けたまだ若い馬に乗り上がる。体が成長してきたので馬に乗ることができるようになっていた。流石に冬の寒さの中一人で息子を行かせるのは心配らしく、メイドの一人を供として連れて行かされる。道中、魔法を使って道路に積もった雪をどかす。こういったことは貴族のすることではなかったが、何もない道を行くのは暇なので片手間にいつもやっていた。
速度を出すこともできないのでゆっくりと馬を進ませたせいで、村に着くのに小一時間ほどかかってしまった。ミリエルのいる診療所に入る。冬で仕事が少ないからか、患者はいない。
「あ、レオン。いらっしゃい。今日は患者さんもいないからいつもより多く時間が取れるよ」
「ミリエル。そのことで話したいことがあるんだ」
笑顔でレオンを出迎えたミリエルは神妙な面持ちのレオンを見て、首をかしげる。ミリエルの両親に挨拶をした後、二人だけでミリエルの部屋に入る。以前来た時と比べて、レオンが貸している魔法書やレオンが魔法で作った水晶など物が増えていた。
「ミリエル、僕は来年の春から魔法学校に行くことになる。入学したらもう今までのようには会えない。だからミリエル、一緒に魔法学校に来てほしいんだ」
「魔法…学校…」
「ああ、そこではもっと高度な魔法が学べる。きっとミリエルの役に立つはずだ。けどそのためには難しい試験を合格しないといけない。ミリエルは行きたい?」
ミリエルはうつむいて考え込む。当たり前だった。魔法学校に入学してしまえば寮に入るということだから、実家に帰ってくるのも難しくなる。子供にとってはつらいことだった。
無理強いはできない。このまま村で診療所の手伝いをしながら徐々に魔法を覚えていくという道もあった。
「レオンは…レオンは魔法学校にいって何がしたいの?」
ミリエルは顔を上げて真剣な眼差しでレオンを見つめる。レオンも本心から答える。もちろん世界征服という最終的な目標は言えない。
「僕はこの国で最高の魔法使いになってこの世界を変えたい」
ミリエルは再び黙り込む。しばらく考えて、ミリエルがレオンの目を真っすぐに見つめる。大きくを息を吸って、はっきりとした口調でミリエルが言う。
「じゃあ、私は最高の治癒魔法使いになる。それで将来はたくさんの人をけがや病気から助けたい」
うん、とレオンは頷く。第一関門突破、とレオンは思った。しかし次が難関だった。何しろ人に向かって攻撃魔法が使えない以上、実技試験の合格は望めない。が、一つ考えていたことがあった。それをミリエルに伝える。
「ミリエル、聞いて。ミリエルが試験を合格するには中級魔法の取得は必須だ。だからこれからはその練習だけをしたいと思う」
ミリエルが頷く。決めたからには全力で臨むのがミリエルの性格だ。ミリエルの才覚とレオンの経験をもってすればあと三か月で中級魔法を習得することはそう難しくない。窓の外を見ると淡く雪が降り始めていた。春の足音はすぐそこまで迫っている。