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第1話 何で勇者がいるんだよ

 俺が目を開けて最初に見たのは知らない若い女と少し老いた男だった。

 女は男と一緒に、俺の顔を覗き込んでいる。


「ほら、あなた。目元なんてあなたそっくり」

「この瞳の色は君と同じ美しい深紅だな。マーガレット」


 誰だ、貴様らは。


 そう発しようとした声は出ず、代わりにおぎゃあ、と情けない音が発せられる。

 違和感、その元を探すために自分の体を確かめようと頭を動かそうとするが、動かない。手を伸ばすと、丸っこい、まるで赤子のような腕が目に入る。

 いや、実際に赤子なのだった。困惑している俺を女が抱き上げようとする。抵抗しようとしてみるが、何もできずになされるがままになった。


「名前はどうしましょう。あなた」

「そうだな。レオンなんてどうだろうか」

「まあ、素敵。かわいいこの子にぴったりね」


 そこまでの二人の会話でやっと彼らが夫婦であることに気づく。そして同時に自分がその子どもとして転生したことにも気が付いた。


 魔王は転生を繰り返す。しかし人間の赤子に生まれ変わったの初めてのことだった。

 

 なぜだ。そんな呟きもほぎゃあ、という可愛い声になって発せられた。


・・・・・・


 千年前、勇者は魔王を打ち取った。その強大な魔法をもってして世界の大半を飲み込もうとしていた魔王は、人々の希望を託した光の勇者に負け、命を散らした。


 そして転生から八年が経った。八年間人間の子供として育てられた中でいくつか分かったことがある。


 まず、今世の身分。名前はレオン・ディ・ガーランド。リシタニア王国の田舎の村をいくつか治めるガーランド子爵家の一人息子だ。


 次に、本来転生するときは失われるはずの魔力がなぜか今回は前世から変わらず引き継がれているということだった。


 そして一番重要だったのが、なぜ人間に転生したのかだった。結論から言うと、魔族が滅んでしまったことが原因らしい。魔王は魔族の頂点だ。通常、転生期間は二百年ほど、長くても五百年ほどだったのだが、今回は千年経ってしまっていた。その間、魔族を統率する者がいなくて、魔族は人間に滅ぼされてしまった。けれど、そんな状態でも世界を征服するという目標を諦めたわけではなかった。


「しかし、なぜか人間に生まれ変わったかと思えば、魔族は滅亡か。まったく、軍団長たちを何をやっていたんだ」


 誰もいない自室で、貴族の礼装に着替えながら愚痴をこぼす。かつての部下たちの顔を思い出す。みんな逃げれず勇者に倒されたということなのか。魔大陸ですら人間に制圧されているのだからきっとそうなのであろう。


「ま、考えても仕方がないな。一人になったところでやることは変わらないし」


 上着の袖を通し、ボタンを留める。今日は半成人の日だった。リシタニア王国ではその年8歳になる子供は教会で、特に貴族の子女は王都の宮殿で魔力量と魔法属性を測定するという儀式がある。当然魔王の力を身に宿しているレオンにとってはそんなものは茶番でしかない。


 レオンは人間に生まれたといっても本質は魔王だ。しかし変に騒ぎを起こしたところで軍勢もいない状態では一国にすら負けてしまう可能性がある。というわけで、今はレオンとして平穏に過ごしているのだった。


「レオン、準備はできたか」


 扉の外から父親が呼びかけてくる。外に出ながらレオンは返事をする。


「はい、準備できました。父上」

「おおそうか、レオンよく似合っているぞ。今日は大事な儀式の日だからな、それに今日はリーデルシア公爵家の御令嬢もいらっしゃる。くれぐれも粗相がないようにな」

「父上、僕を疑っているんですか?今まで僕がそんなことをしたことがありましたか?」

「おおすまんな、確かにお前はできすぎた息子だ」


 何百年と生きていたレオンにとって、聞き分けのいい優秀な子供を演じるというのは造作もないことだ。これまでで成功したは多くても、失敗したことは一度もない。父親に引き連れられ、家族全員で豪華な馬車に乗り込む。王都に行くにはそれに見合った装飾が必要であった。


「ご主人様、お坊ちゃま、いってらっしゃいませ」


 家令の爺やメイドたちに見送られ、レオンたちは王都に向かった。


・・・・・・


 王都は以前訪れた時と比べて、かなり賑わっていた。勇者を輩出したリーデルシア家の末裔が半成人の儀を受けるだけはあるな、とレオンは思う。その騒ぎといったら城下町の外からでも聞こえたほどだった。


 半成人の儀が行われるリアン宮殿には多くの貴族やその子女が集まっていた。リシタニア王が長い前口上を読み上げ、儀式が始まる。魔法使いが一人ずつ名前を呼びあげていく。呼ばれた子女は壇上に上がり、魔法が込められた水晶に手をかざす。

 水晶に魔法語が浮かびあがり、魔法使いがそこに書いてある魔力量と魔法属性を読み上げ、そのたびに盛大な拍手が起こる。この国では属性魔法に適正があるというだけ稀有な存在だった。


 そのうちにレオンの名前が呼ばれる。儀式は下級の貴族から行われるから早い方だった。リシタニア王国は他国と比べても家格を重視する方だったが、レオンはそんなことを気にしていない。

 多くの視線を通り抜けて壇上に上がり、水晶に手をかざす。


「むむ、これは…」


 老人の魔法使いがもったいぶるように読み上げる。


「魔力量は150!属性は土であるな」


 宮殿内が拍手に包まれる。ガーランド家は代々土属性を持つ家柄であった。魔力量も同格の貴族の子弟と比べると少し多いくらいだ。

 レオンは周りの子供と同じように、自身に満ち溢れたような顔で自分の席に戻る。


 もちろんこれは嘘の情報であった。レオンが本来持つ属性は闇、魔王だけが扱える属性だ。魔力量も読み上げられた数値の百倍以上は軽くある。しかしここで自分が魔王の生まれ変わりであるとバレてはいけない。だからレオンは自分が普通の子爵家の子供に見えるように認識阻害魔法をかけていたのだった。

 その精度はリシタニア王国が誇る最高の魔法使いですらも見抜けないほどのものだ。


 儀式は滞りなく進行していく。最後になって、リーデルシア公爵の長子、アリシア・リーデルシアの名前が呼び上げられる。宮殿内が緊張に包まれた。全員が彼女に注目する。レオンもまた中央を歩いていく少女に目を向ける。実を言うと、レオンは少しだけ興味があった。さて、憎き勇者の末裔はどんな奴かな。


 レオンの身体に別の意味で緊張が走る。金色に輝く髪に、すべてを見透かすかのような碧い瞳。アリシア・リーデルシアは一瞬見ただけでは勇者がいる、そうとしか思えないほど、かつて自分を倒した男に似た面影を持っていた。実際よく見るとそこまで顔が似ているわけではないが、それでも苦い記憶を思い出し歯噛みをする。

 レオンは思わず解読魔法を使用する。得られた情報は、公爵家にふさわしい魔力量と、光、闇を除く全属性への適正だった。


 しかしそれ以上にレオンを驚かせたのは隠されたスキルだった。

 それは――勇者の証。

 魔王がこの世に出た時に発動し、勇者のみが扱える光属性の適正を得られるというものだ。


 散々自分を苦しめた勇者がそこにいる。しかもまだ無力で無防備な状態で。攻撃魔法を使用しようか。そこまで考えて、レオンは一つのことに気づく。

 勇者の力はまだ覚醒していない。そしてそれは魔王がこの世に出た時に覚醒すると。今までの記憶を思い出してみる。確かに勇者は毎回、世界を支配するのにあと少しというところで現れては邪魔をしてきた。

 だったら、魔王にならず人間のまま平和に世界を征服すればいいんじゃないのか。そうすれば勇者が現れることもない。そう考えると、自然と先ほどまでの気持ちの昂ぶりが鎮まっていく。


 魔王にならない。すなわち、闇属性の魔法を使わない。そして誰も傷つけない。

 これがレオン・ディ・ガーランドの人生の目標が決まった瞬間だった。

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