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Ⅸ.点と線

「シャーロットが狙撃された―――・・・だと―――!?」



いつもマーシャル達実働部を迎えるイエロー・オーバル‐ルームから場所を移したマップ‐ルーム(戦況報告室)で、マーズ=ゴーリスト=メイアンは我慢を出来ずについ声を荒らげた。

儀礼服に身を固めて彼の護衛官として動いていたマーズ=ボロ=マーシャルは、声を落せ、外に洩れる。と忠告すると手袋と帽子を外してビリヤード台に(ほう)った。

「―――シャーロット嬢に怪我は無い。囮としている娘が頭に銃弾を受けているが、其も掠り傷だ。

―――感謝するんだな、あの娘に。あの娘が飛び出して来なければ確実にシャーロット嬢に命中していたとあの部下は言っている」


スピリットとシャーロットは現在、邸宅内のクリニックで傷の手当てを受けている。銃弾を受けた傷は大した事は無いと言えど、細かな擦り傷や打撲は互いに負い、メイアンが最も危惧していた“シャーロットに事件の存在を知られる事”は御破算に戻ったに等しい。

心に傷を負った事、其はもう、抗いようの無い宿命であると考えるしか無い。


「―――如何する心算(つもり)だ?」

マーシャルはいつまで経っても結論を出せない落伍した末路の大統領に苛立ちを隠せずにいた。ゴーリスト=メイアンというこの男の決断力の無さが、使わなくてよい駒を用意させ、犠牲へと追い込んでいる。

「今回はEOS学院中学で何名もの人間が銃声を聞いている。別件で白煙が発生したという騒ぎも起っている。犯人を特定する遺留品もまだ現場に置いた侭だ。我々が何も言わなくとも、警察(シェリフ)は捜査に乗り出して来る事だと思うが」

ここまで来れば警察に通報していようがしていまいが結果は同じだ。犯人を矢鱈(やたら)に刺激してしまい、警察に介入されても最早(もはや)仕方が無い。

「遺留品だと!?何故取りに行かぬのだ、マーシャルよ!刑事部に先に奪われては」

「人手が足りんと言ってるでしょう!」

マーシャルは目的の視えぬ茶番劇に未だ興じようとするメイアンを怒鳴りつけた。こんな状況をまだ隠せると思っているのはこの男唯一人だ。ここまで明らかな敵意を向けられれば自分が狙われている事に気づく筈だし10歳程度の子供でも自分が盾にされている事位察する。身代りに仕立て上げられていると知ったスピリットという名の少女は、之からは何が何でもシャーロットから離れようとするだろう。

ならばスピリットは何故己の身を危険に晒してまでシャーロットを護ろうとしたのか、そこが合点がいかないが、目的がスピリットに知れた以上は表面だけでも彼女も含めて護衛しなければ、二人が分裂すれば其だけ隙が生れてしまう。


中和剤として護衛官を置かなければならない。詰り自分の部下は使えない―――マーシャルは怒り(なが)らも、冷静に分析を始めていた。


「私は貴方から離れる訳にはいかんのだ。部下も同様、之からはシャーロット嬢及びあの娘から離れないよう強化する。()って遺留品をマーシャルは取りに行けん。其だけ身に危険が迫っているものだと自覚しろ」

「では、我が邸の警備の者を」

「警備に頼む位なら刑事部(シェリフ)の方がまだましだ。マーシャルは警備を信用していない。抑々(そもそも)、邸内に敵が居るかも知れんのです。其に、狙撃を受ける可能性がある。犯人は高層ビルの屋上からシャーロット嬢に命中させる程の腕のある奴だ。害を(こうむ)るにしても応戦するにしても、警備よりは刑事部(シェリフ)の方がまだ人間の無駄が無い」

理想主義者のメイアンにとって、また大統領を辞した後でもコネチカットの様に常に満面の笑みで“はい”とのみ答え裏で何を遣っているのか判らない様な輩しか周囲にいなかった中で生きてきて、マーシャルのシビアで現実的な言い種は衝撃であったが、“無駄”を“犠牲”と置き換えると願いとしているものは同じだ。


只、メイアンは人間を数で割り切る様な偽善に理想をとどめない。


「―――メイアンがそなたの足手纏いとなっているのなら、メイアンも現場に赴こう。案内(あない)してくれ」

は!?嫌煙家であるメイアンに合わせて禁煙を続け、淋しい口に手を当てて考え事をしていたマーシャルはイライラを爆発させ、相手が元大統領であるに(かかわ)らず暴言を吐いた。

莫迦(ばか)か貴様は!!狙撃の可能性があると言ってるだろうが!!死にたいのか!!」

「狙撃手の狙いはメイアンの筈。マーシャル、そなたの見立てではシャーリーを誘拐した犯人に、メイアンへの殺意は無いと」

「・・・・・・銃を撃ってきた相手にそんな事を言うか?どこまでめでたい頭してんだ」

熱烈な信奉者の犯行の可能性があるとは言ったが、信奉されているからといって殺される心配が無いなどとは決して()えない。かの有名な、マーシャルの父親の時代に活躍したミュージシャンであるマーズ=ジョン=ジェイも、熱烈なファンに拠って殺害されている。


わざわざ危険な地に赴く様な無茶をしてでも警察の介入を防ぎたい何かがあるのかと、マーシャルは少し勘ぐった。


「―――いいでしょう。但し、貴方には変装して貰います。身分を偽る必要は無い。只見目を変えればいい。寧ろメイアンの名を利用してEOSの教師を募り、その中に我々も紛れましょう。流石(さすが)にぱっとしない服を着た教師の集団を狙う愚か者もいないでしょうし、現場検証の(つい)でに教師の聴取も出来る最も自然な流れだ。事件が之だけ大きくなっている今、子供の身を心配する親も多いでしょうしな」

「そなたも変装するのか」

「当然です。通常の一般人は大抵護衛など付けずに歩いている。後、貴方は演技はしなくていいが、私は余程の事が無い限り身分を明かさないのでくれぐれも邪魔をしないで貰いたい。あの手の輩は警察を疎ましがって真実を話さない傾向がありますし、刑事部(シェリフ)は何れにしろ来るでしょう。その時に『警察は先程既に来た』などと話されては一巻の終りですからな」

そうと決れば、しゅるっとごてごてした制服のネク‐タイをさっさと外すマーシャル。更なる説得が必要かと踏んでいたメイアンは、彼が意外にも柔軟に己の主張を受け入れたので気が抜けた。


―――マーシャル、とつい感嘆の声が漏れる。



「?何です「―――そなたの兄は、そなたの内に脈々と受け継がれているのだな」



・・・・・・! マーシャルは言葉を失い、数秒であるが険しい眼でメイアンを睨んだ。


「・・・・・・シャワー室をお借りする。貴方も、如何にも教師然とした格好でお願いしますよ。いいですか、くれぐれも勝手な行動は慎む様に。私はコネチカットと違ってそう気の長い方ではありませんのでな」

ガチャリ。マーシャルは外した装身具を掻き集め、マップ‐ルームから出て行った。


マーシャルにはメイアンの考えている事が、全く以て理解できなかった。彼の眼には嘗て火星の凡てを(ほしいまま)にしていた世界的指導者が、過去に縛られ、想い出に夢見、歩みを止めてしまった様にしか見えない。成長する事の無い、過去の残滓の加工に依って生かされている者の代表例を知る彼にとって、其は人々の安楽ではなく死に等しかった。

・・・・・・その点では、心を遠くに置き忘れてしまったカウンティも同義である。




―――あどけなさの残る人懐こそうな笑顔の写真と、眉を吊り上げた気の強そうな表情の写真。

片方は正面を向いたマグ‐ショット、もう片方は上空からの俯瞰写真である。


表情や正面撮りである他に、前髪を切り揃え下ろしている事もあってか前者の方が幼く見える。世にも珍しげな淡い苺の色を感じさせる金髪に、幻想的な其を引き立てる深緑の瞳。白い肌を被う幾重にも纏ったベールの胸元に『Opportunity』と付箋が貼りつけてあった。

対して、前髪を長く伸ばし真中から分け額を出した拡大写真は、間違い無くスピリットであった。EOSの中等部制服を着ている事が決定打である。胸元にも矢張り『Spirit』と走り書きの付箋が在る。

『Spirit(精神)』と『Opportunity(好機)』―――・・・どちらもそれぞれの人物に合う名前だが、名前も名前の持主も、凡てが正反対すぎて結びつかない。



ガッ!!



だが、ジャンカルロはその2枚とも短剣で突き刺すと、ロッジの壁ごと十字に裂いて破り棄てた。


ビリッ! グシャッ ガンッ!!



「あの小娘・・・・・・!絶対に許さない・・・・・・!!」



写真は見るに無残な姿となり果て、壁には生々しい刀創が刻まれている。

SPに撃たれた傷を癒すべく泣く泣くアジトへ戻った炎髪翠玉の眼の色の男は、精神的に非常に恐慌情態にあった。

「身の程知らずな・・・・・・!」

「帰って来るなり騒がしいねぇ」

ナイト‐キャップを頭に被りネグリジェに身を包んだロゼッタは、どっからどう見ても寝る準備万端だった。其どころか、目許(めもと)を見ればもうおやすみだったのかも知れない。

「あの小娘が裏切った。狙撃手がワタシを撃った」

「落ち着きなはれ。自分のセリフを振り返ってごらん、頭脳は切れても所詮は小娘。小娘が狙撃手を派遣する事が可能かえ?」

ロゼッタは自分の息子程に年の離れたこの男を宥める様に言った。併し、男の怒りは治まらない。

「マーシャルとやらに我々の情報を売ったに違い無い!そうでなければあの都会に狙撃手が潜み、ワタシのみを狙うなど在り得ない」

「・・・マーシャル?」

と、ロゼッタは初めて聞いた様な顔をするが

「でも、大の大人(しか)も其だけ大きな組織さまが子供の言う事をいちいち信じて狙撃手まで用意するなんて正気の沙汰とは思えんよ」

と言って、髪の色・長さ・眼の色・眼の形・大きさに至る迄、(すべ)てがばらばらに引き裂かれた写真の断片を(つま)み上げる。

「大体、この解像度だとこの娘とこの娘のどこが似ているかだなんてあたしには判らんね。この娘がマーシャルに利用されているだけかも知れんよ?」


プライドを散々に痛めつけられ頭に血が上っていたジャンカルロは、ここにきて(ようや)く冷静さを取り戻しつつあった。


「そういえば、我が同士(オポチュニティ)()(かた)の邸へ潜入した際は、既にマーシャルは邸内の警備を敷いていたと言っていた。どちらが先だったのかは知らないが、シャーロット=メイアンに接近していた(スピリット)とマーシャルは知り合っていたと」


緋色の髪の同士からその報告を直に聞いたのは、シャーリーを誘拐して5日目の晩であった。か細い灯の下での面会であったが、同士は自らの髪を照らしてくれた。

「オポチュニティの方は、もう一人のお嬢様と一緒にアジト(こっち)へ還る予定やろう?」

ロゼッタは完全に覚醒した様で、ふんふんと(うなず)き質問してくる。そういえば、隣の部屋がやけに静かだ。シャーリーを一人にしておいて大丈夫であろうか。ロゼッタに訊くと、薬を嗅がせて繋いであるから平気だと言った。

「その心算(つもり)でいる。最終的には邸を襲撃し、其に紛れて同士と帰還し彼の御方との交渉を望む」

ここで謂う“同士”とは、オポチュニティのみならずメイアン邸にてシャーリー誘拐に協力してくれた志を同じくする総ての者を指す。ジャンカルロが話を続けると、ロゼッタはしたり顔で・・・なら丁度いい。と(わら)った。



「思いついたんだよ。オポチュニティとスピリットが同一人物であるかを確められて、尚且つマーシャルの注意を逸らせてもう一人のお嬢様を掻っ攫える一石三鳥の方法がね」

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