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Ⅶ.学校生活

非常に規則正しく目覚め、8時間睡眠を(しっか)り摂ったスピリットは、大きな欠伸をした後にあからさまにしまったという顔をし、慌てて窓の外を見た。


・・・・・・すっかり夜が明けている。


スピリット的には思いっ切り寝過ぎだ。シャーロットは・・・寝室にはもう居ない。寝室を飛び出す前に、鏡を探してスピリットは覗き込んだ。(カッパー)の瞳は、今日も他人を信用せずにぎらぎらと攻撃的な光を放っている。


エクステンションを装着し、念入りに髪を整えた後、寝室を出る。すると、入口のすぐ横に帽子を目深に被ったSPが居り、スピリットを大いに愕かせた。



「・・・!おはようございますっ」



「おはよう」


スピリットはつい顔を伏せる。昨晩のシャーロットとの会話を思い出すと直視できない。顔が紅くなっていても之だけ深く目を蔽っていれば相手も表情に気がつかぬだろうが。

「? シャルルって何処です?」

「お嬢様は隣の部屋で朝のお茶(モーニング‐ティー)を飲んでいる。準備は出来た?」

スピリットは首を傾げた。このSPはシャーロットの護衛として雇われているのではないのか?その人が何故自分を待っている?

「後・・・着替え・・・位ですかね」

「では、着替えが終ったら1階へ行こう。其処で朝食らしい」

SPが更衣室を指し示す。今日から毎日着る新しい制服を身につけ乍ら、スピリットは学校生活について想いを馳せていた。



「・・・・・・」

1階の食堂(ダイニング‐ルーム)に辿り着いて、スピリットとSPは信じられない光景に出くわした。

食卓(テーブル)の上には完成した料理どころか、材料さえも全く!用意されていないのだが。


(何の嫌がらせ・・・・・・!?)


スピリットの新生活に於ける希望はいじめに対する絶望へ()(かわ)りそうになる。

「シャルルお嬢様はもうすぐでお出掛けになりますが、スピリット様は?」

「んなっ!」

「嘘つけ!さっきが朝のお茶(モーニング‐ティー)だっただろうっ!!」

SPは冷蔵庫から7ツ道具の如く昨日の夕食の原型を取り出すと、手早くフライ‐パンに油を敷き昨日とは違うメニューの料理を次々と作り出していく。フランス料理の要領で、オードブルから出して逐一コースに該当する様な物を出来た順から出してゆく。いい時間になる頃には全てのコースが終り、お腹も八分目でいい感じになっていた。でも

(味が微妙・・・・・・!手際はいいのに!!)

「ほう・・・()りますね。10分」

「おい」

懐中時計を手に取って時間を計るラヴェルにSPはキレそうになる。


「仕度は整いました?スピリット」


シャーロットが女中(メイド)を引き連れて、食事会の(ファミリー・ダイニングルーム)の様子を見に来た。

「お嬢様」「シャルルっ!」

・・・・・・SPは挨拶する余裕も無くぷるぷる震える拳を後片づけの皿にぶつけている。

「どういう事ですかっ、これはっ」

「あらあら、貴女とSPの親睦を深める為にラヴェルと画策したんですのよ。お近づきになるには()ず、お互いの手料理を食べると良いと聞き及んでおりますわ」

「人生にもあのヒトの手料理にも軽く幻滅したんですけどね・・・・・・?」

天然なのか浸透し切った腹黒なのか、シャーロットは何の悪びれた様子も無い。故にスピリットは二の句も継げなかった。が。

SPも皿を洗う手を止めて振り返る。


((ラヴェル(使用人)は100%腹黒だ・・・・・・!!!))


SPとスピリットは両側からラヴェルを挟んで睨みつける。ラヴェルはシャーロットとは逆に腹黒さを隠す気も無く取り澄ましている。

「お出掛けの時間です、シャルルお嬢様」

「まあまあ。行きましょう、スピリット」

「えっと、はい」

シャーロットに手を引かれて食堂を出て行くスピリット。もごもごと口が勝手に動き、頬がぴくぴくして高揚した。入口で足が止る。



「あっ、あああのっ、ゴチソウサマデシタっ!!」



振り返り、頬を紅くしてSPに礼を言う。(こだま)する高い声を置いて、スピリットは逃げる様に走り去って()った。


「・・・・・・」

・・・・・・水の激しく流れる音だけが食堂に響く。

「・・・・・・後は私が」

ラヴェルがシンクに割って入り、SPからスポンジを取り上げる。

「なっ」

「貴方はシャルルお嬢様とスピリット様をお願いします」

ラヴェルは泡のついた皿に視線を宛てた侭、淡々とした口調でSPに言った。


「スピリット様を常に見張っておく事、其がこの邸での貴方の任務となっております」


・・・・・・SPは溜息をついて、椅子に掛けておいた制服の上着を羽織る。帽子の鐔を深く下ろし、ラヴェルを無視して出て行こうとした所


「早く行かなければ、EOS学院まで徒走する事になりますが?」


ぎん!と一瞥熱狂的な眼差しをラヴェルに呉れた後、慌しく廊下を滑り抜けて往った。

「・・・・・・からかい甲斐が有るな・・・・・・」

ラヴェルは意地悪な笑みを浮べる。軈て、其が思索に耽る表情に変り、水道の栓を止めると、己の手についた水を布巾で拭き取った。



「・・・さて、私(使用人)は、どうしましょうか・・・・・・!」




ジャンカルロ=ジャッカルは武器を各地に分散して売る途中で、メリディアニに寄った。少し(ばかり)、狩りの練習でもしようと思ったのだ。

ゴーリスト=メイアンからの音沙汰はまだ無く、マーシャルの動きも、()してやオポチュニティから連絡も一度も入っていなかった。少し時間が掛るという事は聞いており、音信不通になる事もそうは珍しくないとの事だった。

彼女も“一匹狼(ジャッカル)”と同じく単独行動を好み、自分の遣り方に一切口を挿ませなかった。()って、彼女が今何処に居るのか、ジャンカルロ自身にも判然としないのである。

―――併し、メイアンにもオポチュニティにも緊張感が足りないとジャンカルロは思っていた。マーシャルが拮抗しているからかは定かでないが、展開が非常に遅い様に感じる。大統領復帰の動きどころか、政治の話題さえ全く耳に入って来ないのは、物事に何も進展が無い証拠だ。

何か物事が変化した時、人は其を踏まえずに行動に移す事が出来る程強くない。無論隠す事は可能だが“(ジャッカル)”の耳に足音の変化は隠せない。

照準(スコープ)を十数階下の地面に合わせる。一台の高級車が其処に停まり、中から人が降りて来た。


「ラヴェルは今日は来てませんの?」

「先程の片づけがまだ済んでいなかったので代って貰いました。何でも、そちらが本業だそうで」


―――見慣れない制服。シャーリーの使用人から得ていた情報の制服を着ている者は居ない。ジャンカルロの胸は一瞬高くなった。

濃紺の儀礼服に身を包んだ男に続いて、EOS学院中等部の制服を着た少女の後ろ姿が眼に映った。くすんだ金髪に上品な赤いリボンが巻かれている。情報に聞くマーズ=シャーロット=メイアンの特徴だ。

・・・・・・ジャンカルロは照準を大きくし、少女がもっとよく見えるよう狙いを定めた。運良くも、少女は顔を横に向けて素顔を晒してくれる。長い髪を高い所で二つに分け、リボンで留めたその姿。気の強そうな瞳を具え、年相応の幼さと色めき始める大人の糊を目撃した時、ジャンカルロは殺意に駆られる。

「ふん・・・・・・」

・・・・・・自らその衝動を抑えるよう努めて、暫くし呟く。

「・・・・・・成程、こんな処に」




EOS学院は幼稚部から大学まで一貫したエスカレータ式の学術機関であるが、“教育”ではなく“学術”を謳っているだけあって様々なタイプの人間が雑多に紛れていた。其は義務教育年齢の中等部に()いても同じである・・・以上に、科学の発展・火星救済を促進する目的で現役生クラスとは別に設けてあるギフテッド・クラスでは顕著であった。


『ギフテッド(神からの贈り物)』と呼ばれるに相応しい高い潜在能力を持つ子供がこのクラスに所属し、特別コースの授業を受けながら研鑽を重ねる。義務教育の年齢では沢山の可能性が秘められており、EOSは比較的門戸を広く開いていた。

彼等は多感なこの時期を、研究で染める。だけではなく、其以外の部分は普通の子供達と変らず息抜きもする。違うのは、才能故に赦されてきたのか、其とも、才能故に奪われてきたのか、学力は高くも教育、詰りは先人の思想に染め上げられていない所であった。彼等は無垢で、何ものにも汚されず、生れた時から只管(ただ)真っ直ぐに育ってきた様だった。その方向は様々で、由って才能だけでなく性格も非常に雑多であった。


「・・・・・・」

スピリットは急に不安げな表情になり、シャーロットの後ろに隠れる様にして廊下を擦れ違う同級生達の視線から逃れる。・・・このクラスでは“常識”が通用しない気がした。

常識とは、初対面でも会話を成立させる為の重要なコミュニケーション‐ツールだ。無論、舞台が変れば常識も変るが・・・

「・・・・・・何か、異様だな」

SPがぽつりと呟いた。恐らく独り言だったのだろうが、スピリットは其に同意する。深刻な空気が流れる中で、世界的に有名な大統領令嬢の背後をぶすっとした顔でついていく制服ぶかぶかの幼女(では、ないが)と時代錯誤も甚だしい元帥みたいな服を着た彼の方が何倍も異様であって、周りの方こそ異様な視線で自分達を凝視しているという事実には多分気づいていないだろう。


「あ、あの」


ん。教員に呼ばれ、 スピリットとSPは我に返って顔を上げた。シャーロットはさっさと教室のドアを開けてぴしゃりと中へ消えてしまう。

SPははっと目を大きく開いて

「・・・では、保護者(わたし)は之で」

と照れくさそうに微笑みながら足早に去って往った。スピリットは少し心細くなる。

扉を一つ隔てた先には天才児達が待っている。

「あなたが、火星を護る新しい希望ね」

優しげな雰囲気を纏っているが、矢張(やは)り異様だなとスピリットは思った。何がって、我々から見れば当然だが先ず言い回しがである。担任のマーズ=スカウト=マーベルであった。

―――こんな褒められ方をしていては、歪んでしまいそうだ。

「あなたと同い年の子もこのクラスには何人もいるわ。仲良く出来るといいわね」

―――ずっとこんなあやしい環境の中のみで生きてきた、所謂(いわゆる)エリート・クラスの子供か。かわいそうだけど見ものだな。


「マーズ=エクスプロレーション=A=スピリットです」

流石(さすが)に学校でまで渾名(あだな)で通す訳にはいかないので、本名で自己紹介をしたところ、案の定希望の星達はざわめき始めた。

「エクスプロレーションって確か・・・」

「一瞬、エクスプロレーション=ローバーかと思った」

「あの人は大学の方だよ。年齢は同じ位かも知れないけどね」

・・・瞬間的な期待と長期的に続く落胆の声が小さくなると、一人の腕白そうな男の子が質問してきた。

「得意教科は何?」

スピリットはむっとした感情を隠さずに答えた。

「・・・・・・数学ですけど何か」

「マーズ=エクスプロレーション=ローバーは9歳でEOS(ここ)の大学数理学部数学科の純粋代数学クラス3次生(ゼミ生)として入学したんけどさ」

きもい!!その年で既に!!スピリットは最早(もはや)他人事でなくドン引きした。研究者は狭く深く追究するとは謂うけれど、之は限定的すぎて還元が効きません。

―――こんなのと一緒に勉強するのか。

「・・・其が何か?()く言うあなたも、エクスプロレーション=ローバーに先越されちゃいましたね?社会数学を遣ってるジャン=コンドルセさん?」

コンドルセは吃驚(びっくり)して自分の机の周辺を高速回転で見回す。社会数学の表紙の角が少しだけ机の引き出しから食み出し、名前の方は上履の甲の部分に確りと書かれてあった。後者に気づいたのはトイレに立った時であったが。

「私も社会数学()の本、読んでた頃があるんですよ」

見事な切り返しに、コンドルセはぽー・・・と顔の筋肉を弛ませた。スピリットはフンッとツイン‐テールを手で払って(なび)かせる。

「まあまあまあ素敵ですわスピリット!」

一緒に登校した仲だというのに転校生紹介に全く興味を示さず、机の上に乗せた腕に顔を埋めて傍から見てもシエスタ(まだ朝)する気満々だったシャーロットが、何と無く勧善懲悪的展開に身体を起して眼を輝かせた。

「えっと、スピリットさんの席は・・・」

マーベル先生空気。


「シャルルの隣がいい。」      「わたくしの隣にいらっしゃいな♪」


・・・・・・声がハモった。

すると、今度はシャーロットの周囲に座っていた女の子達を中心にざわめきが起る。

「シャルルさんと一体どんな関係なの?」

「今朝、シャルルさんのお車から一緒に降りて来た所を見たわよ。声をお掛けしたかったんだけど出来なかったのよね」

「はぁ?」

スピリットはツンツンした態度で彼女等と接する。如何やらシャーロットのファンらしい。或いはこの年頃の女子に有り勝ちな「グループ」ってやつか。

「勘違いしないで欲しいです。ああいう(コンドルセ)よりもシャルルの方がましだから。彼から一番離れた位置だし」

「まあまあまあ!そんなに照れなくてもいいんですのよ。さあさ、早く♪」

シャーロットがウィンクして迎え入れる。


「じゃあグルントさん、スピリットさんと席を替って。シャルルさんの後ろに3人で座って」


マーベル先生はそう言って、間隔を開けている2つの机の間に机を追加した。


マーズ=フォボス=グルントという名の少女は衛星を自分の名にもつだけあって、プライドが高そうで、持物から家庭にも恵まれている事が想像できたが、シャーロットには到底及ばない小物感が在った。

才能には溢れている子供達だが、彼等の年齢ではまだ其が権力や名誉、地位や金とは結びつかない。

―――このクラスで実質的に最も偉い位置にいるのは、如何やらその総てに恵まれたシャーロットの様だ。事実は没落しているものの。マーベル先生が率先してシャーロットやグルントにへこへこしている。


・・・スピリットは黙って、シャーロットの隣に座った。


シャーロットの周囲を軽く見廻すと、突如シャーロットの隣の座を掻っ攫った侵入者の登場に戸惑いの顔がずらりと並んでいた。

シャルルさまが択んだお友達という事で憧憬の視線を向ける女子も居れば、羨望の裏返しでスピリットを攻撃的な眼差しで見る女子も居た。

・・・・・・特に、シャーロットの隣の座を追われたグルントは、プライドを傷つけられた様な眼でスピリットを睨んでいた。

「ヨロシク」

いっそ周りよりも正々堂々と敵意を見せてくる清々しい程に悪役な彼女に、スピリットは挨拶をする。・・・其は、一種の何かの予感でぴんと張り詰めていたクラスの絆が決壊する引鉄を引き抜いた事に彼女自身気づかなかった。

この席の変化は、自分の立場をがらりと変える、文字通りの椅子取りゲームだったのである。

グルントは屈辱的な表情を浮べ、目を伏せた。




―――この奇妙な空気が流れる教室でシャーロットが更に不思議な立ち位置に居る事に、転校して其程(それほど)日数が経たずともスピリットはすぐに気づいた。


取巻きが多く声を掛けて来る者も多い為、友達もいるのかと思いきや、学校で過す大半の時間、シャーロットは独りでいた。


全く消極的な訳では無い。(むし)ろお嬢様という立場を遺憾無く発揮して、テニスはするし最早火星に十数頭しか存在しない乗馬はするし放課後は毎日現役クラスの様々な部活を渡り歩いて、体験入部みたいな事をさせて貰ったりもしている。すぐに厭きているが。

シャーロットの飾らない、と謂うか(こだわ)らない性格に、現役クラスも含めて拒絶する者は殆どいなかった。第一印象は他家の令嬢と違わず大抵良くないのだが、何か、こう・・・憎めない無知さとカリスマ性が15分後の認識を変えてしまうのだ。

本人には全くそんな意識は無いのだが。

シャーロットは教室では大抵、少ない日射の窓際の席で転寝(うたたね)をしているか、本を読んでいた。本のジャンルもバラバラで、而も其にもすぐ厭きて授業が始るまで休み時間の文字通りお休みしていた。

スピリットもあぶれていて、シャーロットの傍に居たのだが、邸に居る時とは違って気の向いた時しか見向きもしない。

独りの時間を持て余していると言うよりは、究極的にマイ‐ペースの一時を過している。


「ふゎぁ~・・・」


シャーロットは欠伸をして、肩を益々丸めて眠る。猫ですか・・・とスピリットは溜息を吐くが、其でも何故か憎めなかった。

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