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Ⅵ.緋い黒幕

ジャンカルロがロゼッタにシャーリーを任せた理由は、女性が嫌いだというもの以外にもう一つ在った。

否其は女性嫌いの延長線上にあるに過ぎないかも知れないが―――ジャンカルロに協力を申し出た、緋髪緑眼の同志の事である。


少女がジャンカルロの前に現れたのは、シャーリーを車の中に詰め込んで発進させた直後であった。


厳重に鍵を締め、()じ開けるのは大変な苦労になる(はず)だった。併し、鍵を抉じ開けた形跡も何処かを破壊して投げ入れた形跡も見つからなかった。車を離れたのはほんの1,2分、破損せずとも、車の周辺70cmに近づけば腕に巻いたキーが作動し光るよう設定されていた。結果、キーは光っていない。

にも(かかわ)らず、彼が車を発進させた途端、或るテープが流れ始めたのだ。



『・・・こほん。えー。・・・もしもし?』



「っ!?」


ジャンカルロは思わず運転操作を誤りそうになった。かなりのスピードで北へ向かっている。事故れば理想は永遠に果されない。



『あなたが女性を誘拐する一連の動き・・・・・“()て”いましたよ?』



声の主は女、(しか)も子供の様だった。マナーのなっていない子供の身の程知らずな悪戯か。一気に殺意が膨らむが、その心さえも見透かしている様なリアル‐タイムな声、普通の子供ならばそもそも繰り返しテープを設置できずに狩られて終りである事から衝動を思いとどめる。


「・・・・・・誰だね?」


ジャンカルロは尋ねる。少女の声色と彼の返事を期待する()から、テープは盗聴器であり電話であると彼は判断した。後で解体すれば判るが、テープの中身は其相応の部品が入っている事であろう。

景色が回転している様に見える。其は矢張(やは)り気が動転していると謂うべきなのだろうか。

車窓から360度を可能な限り見渡し、高層ビルをも見上げたが、ドーナツ化現象の中心に当るメリディアニに夜の人影は無い。


・・・・・・空が緋い。



『私はあなたの味方です』



抗えない空の下。小さな(テープ)の中に居る、自分より弱い筈の小人は何処かの地面で協力を願い出た。無論、ジャンカルロはその言葉を信用した訳では無い。女性なんて大人も子供も同じだ。揶揄しているのなら、裏切る様であればトランクの令嬢と同じ様にしてしまえばよい。之は男女差別ではない。真理だ。そして個人が集団に負けるのも、人間が自然に負けるのも、真理―――

ジャンカルロにとって、何処の者とも知れぬ女性の味方が増える事は、単に狩りを視野に入れる対象が増える事に他ならなかった。




彼にはシャーロット=メイアンの他にもう一人、調査すべき対象が存在する。




少女は『オポチュニティ』のコード‐ネームで呼ばれる事を望んだ。




『この仕事が成功したら、火星という星総てが手に入りますからね。あなたも、オデッセイとかエクスプレスとか、壮大なコード‐ネームをつけたらどうですか?』


少女はベールで肌をすっぽり覆い隠し、上からは体格が判らない様にローブを羽織っていた。杖を持たせれば魔法使いの様だ。


パサッ。細い指が軽く頭を被うベールを払うと、声相応に幼い顔が姿を現した。



『!』



ジャンカルロは驚きと共に、少女が自分を裏切る事は無いだろう事を知った。彼がシャーリーを誘拐するつい1ヶ月程前の事である。少女をメディアの中で見たのは。


まるでこの火星の空を一身に背負う様な緋色(ひしょく)の髪に、(かつ)て火星にも存在した鮮やかな森色の瞳。どちらもジャンカルロとは少し異なる色だが、数少ない虚弱な仲間。併し瞳に宿る意思は強く、其でも凛と澄ましてみてもどこか冷たさを感じない甘みを残し、配慮の無い質問ばかりを繰り出す報道陣を睨みつけていた。


報道陣に向けていた敵対の視線は、ジャンカルロに対しては向けられていない。公然となったその素顔に彼のみに見せるあどけない笑顔を浮べて、冗談めいた軽口を叩いた。


世間を総なめにした少女が本当にこの娘なら、相当に頭が切れるに違い無い。ここまで琴線に触れてしまった以上、味方に引き入れるか始末するかしなければ、計画をめちゃめちゃにされるだろう。かといって殺せば警察が動き、何処でシャーリー誘拐の事実と結びつくか判らない。

・・・・・・其に、分が悪いのは明らかにオポチュニティと名乗る少女の方だ。彼女には寧ろ選択権が無い。たとえ命が無事であっても、天才が犯罪の手に堕ちたと面白可笑しく書き立てられ、その後の人生は惨めなものになるに違い無い。

彼女は最早、ジャンカルロの言う事を利くしか無いのだ。

その点に考えがいかないというのが、まだまだ子供であるという証か。マス‐ゴミを切り捨てられなかった表情と同じで。

『その年で星の事を考えるなんて、天才少女は遣る事が違うね』

ジャンカルロは自分より3回りも4回りも小さい同士を称賛する。併し


『でも、やっぱり甘い。甘々だねぇ。アナタが熱意を叫んだところで、ワタシが信用するとでも?特にアナタみたいに小賢しい子供を。役に立たなければその時点で斬り捨てる。大人の世界とはそういうものだよ?』


ジャンカルロは犯罪歴の少ない少女を見下ろした。併し、少女は臆せずにやりと笑って




『私は一流のスパイですよ?』




と、言った。



『マーズ=ジャンカルロ=ジャッカル。あなたにもやっぱりコード‐ネームが必要ですね。あなたは一匹狼のテロリストで、実際のところ人手が足りてないのではないですか?マーズ=ゴーリスト=メイアンが動き出さなければ更なる威嚇が必要ですし、そうするには今もまだ車のトランクに監禁中のオジョウサマが邪魔になってきますよね。だから、私がゴーリスト=メイアンの動向や、もう一人のオジョウサマの周辺について偵察してきましょうと言ってるんですよ』



ジャンカルロは唖然とした。ここまで知っているなら上等である。彼女の言う通り単独犯であるジャンカルロの動向を知る者は、今回の計画に関係する仲介人のロゼッタやメイアン家使用人くらいだ。ロゼッタを好いてはいないものの、この二人が口を割るという風にはとても考えられなかった。


オポチュニティと名乗るスパイは、彼の情報のみならず彼の計画を左右する更なる有益で重要な情報を齎した。


『其に・・・あなたみたいな正攻法では、二度目はなかなか難しいと思いますよ。相手はマーズ=コネチカット=マーシャルという火星世界の表も裏も知り尽した人間に今回の事件を依頼してます。外に全くその情報が洩れないのは、其をマーシャルが得意としている分野だからですよ。ゴーリスト=メイアンとコネチカット=マーシャルは旧知の中で、大っぴらには出来ないから警察に頼まず彼に頼んだ様ですね』


―――マーズ=コネチカット=マーシャル。意外にも全く聞いた事の無い名であった。暴力を以て革命を目指す彼等を追うのは、国家警察の中でも自白や武器の使用が認められている軍事部であるが、軍事部・刑事警察の他に大きなバックが在るという事をジャンカルロは知らなかった。護衛のメンバーもシャーリーの使用人を通じて控えてあるが、名が無かったという事は其に該当する立場では無いという事か。


『そのコネチカット=マーシャルとやらに依頼をしたという事は、()の御方は政権に戻られない心算なのか・・・!?』

『そこまでは判りません』

早合点して先走りそうになるジャンカルロを引き止める様にオポチュニティは口を挿んだ。


『でも、早く知りたいでしょう?』


併し、好奇心を刺激された様に弾んだ口調で、彼女は無邪気に質問をしてきた。



『私の能力は解って貰えたと思います。之からももっとあなたに有利に働く情報を提供できると思いますよ。私は之からメイアンの邸内に潜入し、もう一人のお嬢様のマーズ=シャーロット=メイアンに近づきます。そして邸内部の動向―――・・・シャーロットを誘拐するのに良いタイミングやマーシャルの態勢について、あなたに定期的に報告します。そうすれば、向うが行動に移す前に事前に察知して、先手を打つ事が出来るでしょう』



ジャンカルロはオポチュニティを仲間に迎え入れた。完全に信用した訳ではないが、その専門性の高さ、その経歴、そして未だ明かされぬ彼女の目的・本心に、非常に興味をそそられる。



少女は再びベールを被り、帰りの足が無くしてもすぐに荒涼とした大地から消えた。以来、彼女とは声のみの遣り取りとなる。




「此方がシャーリーお姉様。まるで此の世のものとは思えない程美しいでしょう!わたくし、之程美しい人は今迄(いままで)出逢った事がありませんわ!」


シャーロットが興奮し、アルバムを抱えた侭ベッドのスプリングを上下させる。御蔭(おかげ)で、肝心のオネエサマがぶれて見えないんですが。


まさかまさか、夜くらいはぐっすり眠れるかと思ったが、その考えは非常に甘かった。


触法少年を持て成す部屋など無いと言われれば確かにそうだし、じゃあ雑魚寝でお願いします!という程度の覚悟とプライドの無さは持ち合わせている。大邸宅の床なんて木張りの床にお布団のアパートと比べると、其の侭でも柔かくて暖かい。

併し、そういう訳ではなく姉妹でこのベッドに寄り添って眠る習慣があって、その流れでシャーロットは今夜も一緒に眠る心算らしい。どれだけ仲が宜しいのこの姉妹。

詰る所、スピリットはシャーリーの代りをしてくれるお人形さんなのである。


スピリットはシャーリーの写った写真を覗き込んだ。


シャーリーはシャーロットとはあまり似ていない。というのも、まずはシャーリーとシャーロットが10近く年が離れているのが一つ。併し、シャーリーの過去の写真を見ても、気の強そうなつり目や固く結んだ口許の紅い直線(ライン)等、共通点はあったが似ている様には思わなかった。


「―――お姉様はわたくしと違って、いつも大統領令嬢である事を意識していましたわ。お父様が大統領の地位から退いた後でも、レッスンを欠かした事はありませんし、恋愛を禁止している様な古風なところもありましたのよ。男性は只々お姉様を遠くから見ているばかり。ある意味小悪魔ですわよね♪」


「くだんないですね」

・・・スピリットはぷいと背を向けて布団の中に潜り込んだ。急に冷たくされて、シャーロットは眼を大きくして彼女の背を見下ろす。

―――(やが)て、意地悪そうににんまりと笑い

「そうですわね」

もぞもぞと自分も布団の中に潜って、温かいですわ~♪とスピリットを抱しめた。

「!?んんーーっ、なっ、な!?」

「貴女、お姉様みたいなタイプですのね♪」

「な、何言ってんですか、このっ、ヘンタイっっ」

「貴女が胸を触ってくるよりも遙かにましだと思いますわ・・・」

「!」

マジレスされて地味に傷つくスピリット。腹癒せに振り返って胸を一揉みして遣ると、シャーロットはきゃっと叫び、ベッドの端まで飛び退いた。スピリットは自身で却って心の傷を広げる。


・・・二人の間にもう一人入る程の距離が出来る。シャーロットは端に居た侭俯せになり、顔だけを此方に向け、囁く様な低い声で話し掛けた。



「・・・貴女は、お昼に2階から転落した時に助けられた黒髪のSPに惹かれていますのね」



―――スピリットは顔を真紅(まっか)にし、頭まですっぽり布団を被った。内側からそ・・・っ、そんな訳無いじゃないですか!!と抗議するがくぐもっていて何と言っているのか聞き取り難い。


「いいじゃないですの。今迄見た貴女の中で今が一番可愛らしいですわよ。胸がきゅんとしている時、其が女性を最も素敵に魅せる瞬間でしてよ」

さあさ、あのSPのどこに惹かれたのか教えてくださいな♪わたくしが目利きして差し上げますわ♪

つんつんとちょっかいを出してくるシャーロットが恥かしいやらしつこいやらで、スピリットは愈々(いよいよ)耐えられなくなってがばっと布団を捲り上げた。

「うるさいうるさいうるさい!!明日学校なのに寝られたもんじゃないじゃないですか・・・て、え」

スピリットはシャーロットを見て呆然とした。


「・・・・・・・すぅ,すぅ・・・・・・」


「・・・・・・・。寝てる・・・・・・」


スピリットはすっかり気が抜けてしまい、もぞもぞと叉布団に入る。なかなか寝かせて貰えないと覚悟したが、まさかののび太くん並みの寝つきの良さだ。


スピリットは、無防備に眠るお嬢様の顔をまじまじと見つめた。


シャーロットは、シャーリーが帰って来ない事についてどう思っているのだろうか―――?


その事については何か聞いているのだろうか。(いず)れにしても11歳の少女が感づく程に、彼女は周囲を異質なものに取り囲まれている。大人達はシャーロットが日頃と変らない事に安心している様だが、子供から見ればシャーロットのブレの無い態度は異質に映る。


―――彼女は何故、突如現れた犯罪者をシャーリーの位置に受け容れる事が出来るのか

何故そんなに、無防備になれる


「・・・・・・・」

スピリットは、シャーロットの頬に軽く触れる。其でも目覚める気配が無く、立てる寝息は本物だ。

「・・・・・・解りませんねぇ・・・・・・」

・・・・・・スピリットはか細く呟く。


そんな彼女の心の声を、寝室の外で聞いている影が在った。

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