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Ⅲ.交じり合う箱庭の砂

―――無論、メイアン大統領の功績を讃える者ばかりではない。(むし)ろ、弊害というものは辞任して何年と経ってからじりじりと現れる。


(しか)し、後釜が存在しないメイアン大統領の功罪は誰が見てもはっきりと、そして急速に、罪の方は蝕んでいった。


その罪の一人が目の前にも居る。所謂(いわゆる)ゾンビ事業と言われるものである。名を変え形を変え、マーシャルを含んだ警察や軍人、宇宙技術等、敵のいない組織が蘇った。

政治家がいなくなった御蔭(おかげ)で、己の利益追求の為だけに好き放題に()り始める。格差社会を無くす為に無政府としたのが、豊かな者はより豊かに、貧しい者はより下層に墜ちていった。特に、政治家・公的機関といった要職に着く将来有望の安定職に居た人間の中には、着の身着の侭明日の身も知れぬ路頭に迷う者も出てきた。

まるで野生の弱肉強食と、人類の社会化の進化を一から見ている様であった。

―――故に、こう想う者も出てくる筈なのだ




“何故私だけが!稼ぎを全て注ぎ込み希望を掴み掛けていた私だけが!この様な夢も希望も無い怠け者共と同等扱いなのだ!


資産家の言う利益追求に、人民が見られる夢はあるのか!


大業を成し遂げる為には其形(それなり)のリスクを乗り越える権威と権利が必要なのだ!″




権利と権威を死守する為に。之以上格差を拡大させない為に。人民の夢を守る為に。

ゴーリスト=メイアン政権、果ては政治体制を組み直させる事が犯人の目的と謂えよう。


―――熱烈なゴーリスト信者の可能性も考えられる。


「御息女は勿論だが、貴兄にも気をつけて貰わなければなりませんな。犯人の思惑に乗って無闇に外で演説されれば、ジャン=ジャック元大統領の二の舞になり兼ねん。貴兄が幾ら否定しようとも、メイアンは最後の大統領家だ。貴兄の尻拭いをする者が在ない事を自覚していたならば、今回の事件は阻止できたでしょうな」

マーシャルは帽子を再び着し、影となった暗い視線で椅子に座ったメイアンを見下ろした。まるで脱帽の価値も掲揚する価値も見限った様に痺れを切らした声だった。


「―――(たの)む。事件(これ)を全世界に向けて発信する訳にいかぬのだ。この事件の認知が広まれば、火星規模で政治的暴動が起る。シャーリーの捜索とシャーロットの護衛、両方を国家刑事警察機構実働部マーシャル、そなたに極秘で依頼したい」

メイアンは緩慢に立ち上がり、土下座をする様に机の前方に両手を着いた。急激な痩せと顔の細さで目立たなかったが、その身体は背中が大きく、鷹揚な動きののちに来るピタリとした止めは軍人らしさを感じさせた。185は超える身長のマーシャルが見上げる程の、長身痩躯の大男であった。


「―――マーシャルも現在、人手が不足している。コネチカットの(よしみ)でも、実際問題としてどちらかが精々だ。シャーリー嬢の捜索の方はシェリフに捜索願を出したが効率的だが」

「警察は信用ならぬのだ・・・・・口が軽い奴が多すぎる。この事件がコンスタブルに知れる事となれば・・・・・・」

メイアン家は喰われるだろうな、確実に。太陽高原でコネチカットと引き換えに相当な痛手を与えたのは確かだが、軍人はサイコパス共の集団だ。本体を叩いても、昆虫の神経節の如く他がいい様に動き回る。

「警察を信用できないのなら、ボディ‐ガードを雇う事ですな。そうすればシャーリー嬢の捜索はマーシャルが」

「シャーリーが誘拐された事は、シャーロットには言っていない。言えば卒倒して仕舞う」

注文が多いなこのアスパラガス!!マーシャルは元大統領であっても御多分に洩れず、ああ言えばこう言う相手にイライラしてきた。

「・・・・・・そなたはコネチカットと異なって、思った事が直ぐ顔に出る。先にもこのメイアンに説教の様な事を」

「済みませんな!」

マーシャルは顎を引いて帽子の鐔を更に下ろした。コネチカットと違って自分は、立場が上だからといって演技をして遣る気など更々無い。・・・その度量が無いだけかも知れないが。

「良いのだ。寧ろその方が()い。・・・コネチカットは、結局はメイアン(大統領)に、メイアン(ゴーリスト)が嫌う“警察(マーシャル)”としての態度しか取って()れなかったからな」

・・・マーシャルは不審な眼をしたが、そのぎらつきを例の如く帽子の鐔で抑えた。コネチカットに対する評価の内容が珍しかった。

殺気さえも死ぬ程に冷め切った兄の気配が、自身に向けられた事は一度とて無い。

「出来る事ならばコネチカットの御令嬢に、シャーロットと共に居て欲しい。歳が近い方が猶良いが、女性同士というだけで護衛に対する疑念は低まるであろう。あの娘だけは自然な情態で、平和な日常を送らせたいのだ」

「・・・・・・カウンティを(よこ)せと?」

―――残酷な要求に、マーシャルの声は低く響いた。・・・と、いうのも、マーシャルも勲章ある三大警察の一、プライドで以て任務は必ず遂行する。大切な者が死に至り、精神的ショックを負っていようとも、例外無く“総て”駆り出す―――併し、今回は事情が違っていた。

精神的ショックが肉体の限界を超えたのか、今のカウンティはとても駆り出せる情態に無い。本人にその意識が無いのが猶悪く、マーシャルは身内では解決できない問題を抱える事となってしまった。外部に頼ったところで、解決できる当ても無い。


・・・マーシャルは一つの要求から、厖大な思慮を巡らせる。之以上「無理」と言う訳にもいくまい。かといって答えに沈黙を挿む事はマーシャルに付け入る隙が未だ存在する事をばらしてしまう事に他ならなかった。

決断は迅速に下さなければならない。   と。


コンコン。応接間の扉を叩く音がする。誰だね? メイアンは椅子に再び座り、問うた。

「メイアン大統領。“ライカ”です。メイアン大統領と、其処のボロ=マーシャルにお伝えする事がありまして」

シュポ。我慢ならずにマーシャルはタバコとライターを出した。

「・・・・・・クソ部下だ」

かなり悪意を含んだ声に依って外の人物を判別できるのも如何だろう。マーシャルも悪意で以て吐き捨てた。

「むか。何だと?」

「そうか。ならば入ってよいぞ」

ライカが爆発する前にメイアンは許可を出した。併しライカは爆発はせずとも既にへそを曲げていた様で

「いえ。外から申し上げます」

と、あからさまに愛想のいい声で断った。その後、即座に鋭い声に切り替え、報連相を果した。




「―――・・・エクスプロレーションさまが」

内線を通じて、名指しでケインズより回線を受け取ったスティーブンスは、あまり言い慣れていない様に少女の名前を口にした。

{―――そう―――}

ラヴェルの声が機械化されて耳に当てた分のみ聴こえてくる。心なしか現実より低い。此方も声を潜め、あちらも声を潜める。


「貴方のお嬢様が我が(あるじ)()のメイアン・ローズを盗もうとしたのですよ」

ラヴェルはシャーロットの部屋の丁度裏で、今時珍しい木で出来た電話機を使ってニコルソン家の使用人と話をしていた。裏から聞える黄色い声が(うるさ)い。

{―――警察には通報致しますか}

()(まで)ニコルソンの体裁を優先させて訊くスティーブンス。ラヴェルは口許に扇子を当てて、暫し口を噤んだ。

「―――いえ。警察には通報しません。今は我が主家もこの様な状況ですからね・・・併し、我が主家の“家宝”を奪おうとした犯罪者を、やはり只で返す訳にはいきません」

ラヴェルが扇子を耳元に当てる。と、いうより開かぬ侭耳に差す。直後、背にある厚い壁を伝った開放的なドアの奥から


「ふっふふ・・・さあさあ請いなさい!跪いて請うのです、シャルル様、お赦しくださいと―――!!」


シャーロット嬢の甲高い声と共に、ドスンドスンと部屋を鈍い音が駆け巡る。

其は電話越しの執事にも聞えてくる様で、執事は

{―――エクスプロレーションさまは無事に還れるでしょうか}

と、呟く。ラヴェルは無責任にも

「・・・さぁ。どうでしょうね」

と、返事した。その適当加減というか、情けも何も掛けていないその貌がまるで誘拐時の身代金要求の電話をイメージさせた。




ラヴェルが電話を終えてシャーロット嬢の部屋へ戻って来た時、其処は深紅のカーペットを基調に(ちりば)められる白・黒・ピンク等様々なドレスが華開いていた。その隣でカーテンの如くだらんと床に着くレース、そしてその先にある開かれた侭のクローゼットに目を遣る。

「・・・シャルルお嬢様は、お着替え中ですか―――」

ラヴェルは呆けた顔をして立ち尽した。


「・・・何を遣っているのですか、貴方は」

・・・レースの手前で、軍隊帽の代りに少女(ロリータ)用のボンネットを被っているSPが不機嫌そうに立っていた。

「着けられたんだ!あんたの“お嬢様”にな!」

SPはSPらしくなくムキになってがみがみ騒いだ。

「どうせ“ご令嬢”だという事で、乳母も君も甘やかして育てたんだろう。躾ならまだ間に合うぞ!」

「気持ち悪いですよ」

「 う る さ い ! ! 」

SPは顔を紅くして叫んだ。


「まるで人形遊びですね」


ラヴェルがSPの反応を完全無視してお嬢様の居わす部屋の奥へと入って行った。お嬢さまは先程の清らかな制服から、彼女のイメージに合うフンワリとした可愛らしいドレスへ着替えていた。髪の毛も緩々に巻いて、控えめだったリボンも大きく派手になっている。


「まあ!お人形!発想豊かですわねラヴェル!そうですわね、この子をわたくしのお人形にしましょう」

・・・・・・少女の方はというと、お嬢さまのフリフリとは少し傾向の異なる、アクセントの効いた辛口のドレスへの変貌を遂げていた。こちらも不本意な中の変身だった様で、先程ドスドスと何やら騒がしかったのは、彼女をこの衣装にするのに相当な追い駆けっこを繰り広げていたからだろう。


「あら、髪をまだきちんとしていませんでしたわね。之では誘導尋問が出来ませんわ」

「「何でですか」」


髪と尋問に一体何の関係があるのか。誘導尋問と言った事に、全く相手の事情を聴く気が無いのねという疑問を差し置いて少女とラヴェルはツッコんだ。

「あら、何を言っておりますの?この最高に素晴しい施設で、この最高に美しいわたくしの手に依って、最高に麗しい遣り取りが行なわれようとしているんですのよ。被疑者にも最高になって貰わなくては絵になりませんわ!」

シャーロットがす・・・と少女の髪を掬いあげ、指先で弄ぶ様にくるんと編みあげてゆく。どちらかと謂えばそういう事より、遊び相手というか遊ぶ相手を見つけて楽しんでいる様に周囲には見えた。

「・・・貴女は、警察の取り調べがどういうものか知っているのですか?」

「ええ、勿論ですわ!ラヴェル、貴方は知っていまして?わたくしは将来、警官を目指しているんですのよ」

少女は、耳許(みみもと)をさわさわと揺れる蝶の髪飾りを気にした。・・・落ちそうなのだが。

だが、シャーロットが手を離すと、蝶は落ちる事無くふわりと舞った。

「ええよーく知っておりますとも。貴女の将来の夢は日に()って変るという事をですね」

「今度はもう変りませんわ!」

ラヴェルの皮肉にシャーロットは本気になる。

「国家刑事警察機構にだって顔を出しましたし!」

「其はお父様が大統領時代にされた視察のお話でしょう・・・まぁ、御蔭でコネはたっぷりですが」

少女は(わざ)とらしく銅の眼を見開いた。辛口の紅のロング‐ドレスの下にて足を一度、ぶらぶらさせる。唇を舐めた。


「待ってください・・・・!?」


堰を切った様に言った。



「お父さんが・・・・・・?大統領・・・・・・!?」



ラヴェルは反射的に眉根を寄せた。

「ええでも昔の話ですわ」

固まる少女が白々しい。一方、シャーロットは何て事の無い様に言うと、蔵書程に分厚い書籍を棚から出して、

「火星の薔薇なんて初めて見るでしょうし、メイアンももうメディアに出なくなって久しく経ちますものね・・・えぇと・・・刑法235条」

知らなくても仕方が無いかな、というニュアンスを含んでおきながら裁く気満々のお嬢さま。刑法235条『窃盗罪』の項を捲りつつ


「綺麗さの余り、何処のものかも判らず後先考えない侭に持って行ってしまった・・・・・・之はもう、子供のメルヘンですものね♪」


・・・・・・勝手に盗みの経緯を妄想している。少女はもう、シャーロットの妄想を正す事など始めから諦めた。

「14歳以下だから少年法適用しますからね!」

「触法少年だと主張しているのですわね。確かに逮捕は難しいのですけれど・・・失礼ですが貴女お幾つ?概ね12歳以上は少年院送致も可能でしてよ?」

「11です!」

少女は自信満々に答えた。其以前に処分を下すのは警察でない・・・というのは置いといて、花の乙女の御年頃の少女二人に可愛さの欠片も覗えないごつい会話だ。

「まあ、貴女飛び級為さってるのね!素晴しいですわ!わたくし、頭の固い方はキライなんですけれど、頭の良いコは大好きなんですの!ねえ、お名前は?学年は?何がお得意??」


んにゃろう・・・SPはレースの向うで耐えた。頭の固い方というのは、明かに彼への当てつけであった。どこまで根に持っている、喜んであんなの被る方がどうかしているだろうがと脳内をぐるぐるさせていたが、彼が一番根に持っていそうだ。



「御心配には及びません。お嬢様」



ラヴェルが不自然な笑みを浮べて間に割った。何が“御心配”なのか少女やSPには判らなかったが、(いず)れ解る事でもあった。


ラヴェルが少女の両肩に手を置く。



「彼女は法では裁けませんが、彼女の御実家と取り合って、お嬢様の御遊び相手となる事で警察や学校に届け出ないという交渉を致しました。

因みに彼女は、新学期からお嬢様のクラスへ転校する事になっております」

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