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Ⅱ.初恋の花 メイアン・ローズ

ザッ

マーズ=シャーリー=メイアン失踪の通達を受け、遂に警察が動き始めた・・・とは()え、本部が動き出した訳ではない。

(むし)ろ、世間で認知されている“警察本部”という組織は、この令嬢が行方不明の事実を知らないだろう。

(これ)は、その一家から直接依頼された“極秘任務”で、この事件について捜査を既に始めている事は警察に決して知られてはならない。ならば、彼等は探偵か?否、立派な警察の一組織である。併し、一般で言われている様な「通常の犯罪を取り締る」刑事警察(シェリフ)とは隔絶している。独立した専門機関で、ただ単に個人の都合で人を殺したり少々快楽的な猟奇事件を起こしたり等の犯罪者でさえも、その機関の存在を知る事は生涯の内に無い。




カッ


―――少女が降って来たのは、メイアン家の使用人・ラヴェルに案内されて室内に入った直後の事だった。


「あっ・・・あっ・・・貴女―――!!あああの、時価数十億にも上る『メイアン・ローズ』を―――!!どうしてくださいますの!?貴女のその貧相な身体で以てしても払える額ではございませんわっっ!!」

「オカネモチのくせに言ってる事は何処ぞの売買組織ですねっ!其に、之はスレンダーって謂うんです!貴女がたの様に好きなだけ食べてこんな発育いい胸つくれる人なんて一握りなんですよっっ!!」

「ちょ・・・!貴女に触らせる胸なんてありませんわ!ぺたぺた触れないでくださいまし!この・・・・・・ひ ん に ゅ う !!」

「ーーーっうるさいうるさいうるさいっっ!!まだ成長過程だもん!!」


「「・・・・・・・・・」」


恰好だけは文句の要らない美少女が、醜い争いを繰り広げながら落下して来ている。

「・・・・・・お嬢様」

「まじか」

重苦しい制服に、目深に帽子を被ったSPらしき者が半ば素に戻ってげんなりする。


揉み合う少女達は、交互に互いを下敷きにしつつくるくると落下していたが、硬い地面が迫って来るとなると情況が変った。


どんっ


「!ちょ・・・っ!」

シャーロットが勢いか何か、少女を空中で突き飛ばす。うつ伏せの形になっていた体躯は、反動で体勢が整った。

対する少女は益々(ますます)体勢を崩し、地面に近づく速度と時間が更に早まった。

少女は身体を捻り、保護する様に頭を押えた。自分から地面に飛び込む様に、足を下にして身を構えた。



どさっ



「まあまあまあ!こんな処に居ましたのねラヴェル!見て御覧なさい!わたくし、捕まえましてよ!」

「今回の破傷風菌は毒素の廻りが早い様だ。兎に角脚を出しなさい。後々痣になっても驚かない様に」

うまい事足から着地したシャーロット嬢は、衝撃でかくんと跪き、その際に膝を擦り剥いた以外には之といった怪我は無かった。


ラヴェルが包帯や消毒液といった救急道具を手早く手許に用意しつつ、早足でシャーロットの許へ向かう。スカートから覗く擦り剥いた膝の裏に手を掛けると、たおやかなスカートが横に広がり、膝から上に紅い華が咲いた。


「か・・・っ、掠り傷ですわこの程度っ!ななな、何ですの、このサービス‐ショット・・・・・・」


令嬢がスカートを押えて慌てふためく。ラヴェルは動かない、痩せ我慢しない。と呪文の如く唱えて手早く応急処置をする。情け溢れる手を動かしつつも、言葉は

「本当に毒の廻りが速い」

と、釘を打つ事を忘れなかった。

「ラ・・・ラヴェル」

シャーロットは借りてきた猫の様に急に大人しくなり、頬を紅くして己の足を使用人が持ち上げるのを只々見つめていた。

・・・如何やらこの大統領令嬢、異性との事に関してはかなり初心な精神を持っているらしい。

恥しがって腰を浮かせようとする令嬢と其を落ち着かせる使用人のペアは中々にいい絵で、自分の背に膝を着き手当てをする自然な流れに逆らう事も忘れかけていた。が



「「・・・・・・重いんですケド。他所で()って貰えません?」」



シャーロットとラヴェルの下には、彼女より早く地面に降り立った少女とSPが敷かれている。



「・・・・・・!」

・・・少女には、体勢を立て直し切る前に身体を引き込まれる感覚が()った。御蔭で、身体全体が地面に叩きつけられる結果となったが不思議な事に、決して柔かくはないもののふわりと全身を包む温かさを感じた。


ラヴェルと共に入って来た制服の者が正面から抱き留めていたのである。


SPの被っていた帽子が、移動の風と倒れ込む衝撃で上空に取り残され・・・・・・

―――さら・・・と、前髪の無い黒い横髪が流れて、するすると耳の後ろに落ちていった。細面の輪郭が明瞭(はっきり)と視え、繊細に整ったサバ(東洋)系の顔立ちが現れる。冒頭にて少女が受け取った写真の人物そのものだ。

・・・併し、モノクロ写真で塗り潰されていた黒い瞳は、実際は(かつ)てこの火星にも存在した深海の如く暗い灰色(グレー)であり、瞳孔はサバ人と違って視えないのではなく、光の反射に由って水面が揺らぐかの様に散って視える。まるで、深海魚が移動している様だ。


この少女もこの人物を二度見する。このSPは、少女とは叉違ったところでアンバランスさが見えた。


二十は超えている筈なのだが、性徴期を経ずに突然大人になった様な、中性的な貌。遠くから見れば其程屈強にも背がある様にも感じられないが、しがみつくと―――其でも人並ではあった。併し、筋肉と謂うよりはもっと無機物的な感じがする。

細部(ディテール)まで眼の行き易い女性や数学者が気になる様な、美形と謂うより端整な(マスク)に少女はぽーっとしていた。


・・・・・・SPの方も、大人の前には隠せない子供の悪戯をしている様な、幼さが未だ残るアンバランスの少女を見つめる。


そんな矢先


「まあまあまあ!何て失礼な椅子なのでしょう!暗に太っていると言っている様なものですわ!わたくしそんなに太ってはおりませんのに!!」

「貴女の重さで椅子が吃驚(びっくり)して己の意思に目覚めてしまったのでしょう。そんなにお気になさらずともカロリー・チェックは毎日シェフが致しております」


「「おい」」


彼等が物扱いされる事は最早(もはや)当然の事として話は進んでいる。彼等は自分達が、お嬢様と執事というイマドキ流行りの設定を引き立てるだけの物扱いにされている事を知った。

「・・・あぁ、之は失礼致しました“ライカ”様」

「ちょ・・・ちょっとラヴェル!」

ラヴェルがシャーロットをひょいとお姫さま抱っこして退かす。物凄い立場の有効活用だ。シャーロットは完全に固まってしまい、腰から上を直立させてラヴェルの腕に背を預けないよう頑張っていた。

その少女趣味的なロマンスは、実際のお年頃の少女には少々刺激が強すぎる様だが―――


むず。


「―――」

少女は突然襟首を掴まれて声を出す間も無く大人しくなった。猫の場合、この部分の痛点が鈍化しており、大人しくなるらしい。親猫が子猫を運ぶ時に咥えるらしいが、少女の襟首をこの時掴んでいたのは、SP―――ライカと呼ばれた、詰るところ大統領家の護衛官であった。

「・・・()()れ。早速変なモノを捕まえた」

さて、事情を聴こうか。悪意さえ感じる端整な笑顔を浮べつつ、叉ぶらんぶらんと前後に少女を揺らしつつ、ラヴェルについて行く。お姫さま抱っこの大統領令嬢に、小脇で宙ぶらりんの非行少女。この扱いの差に、先程のドキドキよりもトキドキしか訪れない待遇の良さにもう抵抗する気さえ起らなかった。




「一番大変な時期に―――・・・済まぬな」


―――随分と憔悴した嗄れた声と、信頼ある者しか通さない無防備で壮大な造りの部屋がボロ=マーシャルを迎えた。


マーシャルは先程の護衛官よりも少し装飾が派手なだけの帽子を外すと帽子を持った手を其の侭腰刀(サーベル)を差した反対側の肚に持って行き、最高礼の挨拶をした。垂れた(こうべ)に伴う黒髪は、ポマードでがちがちに固めており、90度に角度を曲げようとも一本も落ちて来る事は無い。



御初(おはつ)御目(おめ)に掛ります―――が、電話では何度か御話し致しましたな?


マーズ=ゴーリスト=メイアン元大統領―――・・・」



―――メイアンは痩せた余りに窪んで頬骨に埋れて小さく見える眼を大きく見開いて、暫く黙っていた。マーシャルが頭を上げ、その目鼻立ち、体格、特に眼の鋭さや殺伐とした雰囲気を見ると、背凭(せもた)れに背を預ける事さえ躊躇(ためら)った。


―――そして


「―――之は驚いた」


・・・・・・緊張の糸がふつりと切れた様に背凭れに倒れ掛ると


「・・・一瞬、本当にコネチカットかと思ったぞ」


と、呟いた。


「―――コネチカットは先の太陽高原事件で殉職致しました。報告が遅れて申し訳無い」

マーシャルは素っ気無く答えた。


「コネチカットにも生前、言ったが、そう余所余所しくしてくれるな。メイアンはもう大統領の職から退いている。そなたの兄とは国会議員時代から交流がある。(もっと)も、その(よしみ)で相談に乗って貰っていたから、今のメイアンではその資格はもう無いのかも知れぬが」

「マーシャルは警察です。偉い者の味方では無く“市民”の味方だ」

マーシャルは他にも言いたい事が有りそうだったが、訂正はその一点にとどめた。


「・・・・・・今のところ、犯人から連絡は」

「―――昨夜、シャーリーの使用人のヴァールが電話を取った。次は二女のシャーロットを狙うと言われたそうだ」

「ふむ。きょうだい構成はシャーリー嬢とシャーロット嬢の御二人だけか」

「ああそうだ―――」

マーシャルはその場に佇んだ侭、形ばかりの聴取を執った。メモをせずとも頭に残る程度の、軽い聴取を。


「誘拐の目的については」



「“メイアンがもう一度大統領の座に着く事”」



マーズ=ゴーリスト=メイアン大統領は、我々が火星に生きていれば必ず試験に出される様な、歴史的に名の残る大業を成し遂げた。


その名も“火星大統領、最後の政策”―――


―――“解散宣言”と呼ばれる其は、無政府主義者(アナキスト)であるゴーリスト=メイアンの政治の集大成であり、究極の自由の追求であった。国家や権威の存在を廃し、凡てを平等・自己決定とするその思想は当事万人に魅力的に映った。


国家刑事警察機構もメイアン政権上は一度廃されている。ゼロからの自然状態に戻ったと考えて頂ければよい。メイアン政権では、財産や金銭は権利に結びつかないとし、権利は利益に結びつかないとした。国を民営化し、民を個人にしたのもこの大統領である。


メイアンの最終的な目標は、文字通り国を無くす事であった。個人にばらしてしまった後ならば、意見が通らぬのが日常茶飯事である様に、強大な権力が生れ横暴化する事は無い。この大統領は実に13年もの間君臨し、市民の不満が爆発する直前




『  解 散 』




・・・・・・この単語を放ったその時から、彼を最後にして、大統領という職は消え失せ、政治家は皆いなくなった。



有言実行という言葉が辞書に無い政界で、宣言通りに政を行ない、最後は自らも劇場(ポピュリズム)という舞台から飛び下りた事で、人々の人気を不動のものとした。




「よほど国民への借金に責任を感じているのか・・・」


其ともそんなに早々に責任逃れをしたかったのか―――ラヴェルはそこまで考えたが、敢て口には出さなかった。


政治に使用していた金を総て星の住人に返し、権力の城を崩して一般人へと帰したゴーリスト=メイアン大統領。一人頭800万以上に膨れ上がっていた負債を返せば、大抵の者は生活が出来た。一時集中豪雨で人口が激減した為、税金を納めていた者より返す宛の方が少なく捻出は予想ほど大変ではなかった。併し其でも全てを未だ返済できていないという点で、この星はやはり破綻していた。

「例の解散で万国皆私人となってしまいましたので・・・シークレット‐サービスは廃してしまいましたし、其だけでも隙は出来易いのに護衛も幾人か解雇してしまっている状態ですね」

{・・・大丈夫かぁ?ラヴェル}

之からのメイアン家を案じる声がラヴェルの耳に届く。メイアン家の事情を知る数少ない一人の様だ。


ラヴェルは・・・何とも、ですね。と慎重に答えると

「時に、ケインズ」

声からして恐らく同期であろう使用人に対しても慇懃に

「―――スティーブンス執事に代って戴いても?」

と、スマートに交代を望んだ。

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