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2人で一緒に大通りの方へ出る。夜も更けてきたがまだまだ街は賑わっていた。
「ところでボウズ、こんな夜中に何やってるんだ?」
男がそう聞いてきたのでここぞとばかりに尋ねる。
「駅に行きたくて…。どうしても早く家に帰りたいんです…。」
「駅ぃ?!こっからだと随分と遠いが…。お前さん、出稼ぎに来たのか?」
「はっはいそうです!」
男の話にとりあえず同意する。地方から王都に出稼ぎに来るのは何も珍しい話ではないので怪しまれにくいだろう。
「父が怪我をした報せが入って、わ…僕が居ないと家業が回らないので早く帰りたいんです。それに幼い妹もいて…。」
即興で話を作る。多少粗はあるが初対面の人突っ込んでくる人はそうそういないはずだ。
「そうか、なら早く帰ってやらねぇとな。こっから駅まではちょいと遠いからバス使った方が速ぇな。」
「バス?えっと僕朝までには王都を出たいんですけど…。」
「大丈夫だ。夜間バスがはしってる。というかこっから駅までバスで行くのは常識だぞ?まさかお前さん、歩いていこうとしてたのか?」
「…なるべく費用を浮かせたくて。」
嘘だ。単純に知らなかっただけである。
でもそんなこと言ったらおかしなことになるからそれっぽく誤魔化した。
「急いでるんだったら速さを金で買うのもありだぞ。こっから最寄りのバス乗り場までは…」
男がそう言いかけた時、ぐぅぅぅと情けない音がなった。
男が私のお腹を凝視する。
ば、ばれた…恥ずかしい…。
さっきの音は私のお腹の音だ。晩御飯が少なすぎた。男は豪快に笑った。
「っとその前に腹ごしらえだな。ここであったのも何かの縁だ。奢ってやるよ。俺はダナ。ボウズ、お前さんは?」
「わ…僕はリオです。」
適当な偽名を名乗った。男はダナと言うそう。
いい人だ。
ダナさんに連れられて街を歩く。その間ダナさんは色々なことを教えてくれた。
この辺りはハンターが立ち寄るため夜でも明るいこと。でも治安はあまり良くないこと。
だからダナさんは私を窘めるように言った。
「ボウズの身の上じゃあ仕方ないかもしれんがあんま1人で歩くんじゃねえぞ。またさっきみたいに襲われたらかなわねぇからな。」
「すみません。ありがとうございました。でも、なんでダナさんはあそこにいたんですか?」
「俺は近くで魔道具店やってんだ。ちょうど店じまいしてたのさ。んでお前さんが襲われてるのを見たってわけ。」
そうだったのか。ダナさんが助けに入ってくれなければ夜の街中で魔法をぶっぱなすところだったよ。それに魔道具店か。いいな。
魔道具の設計したり魔法式を書いたりしてるので魔道具店と聞けばテンションが上がる。
「魔道具店ってことはダナさんは魔道具士なんですか?」
「お、よくわかったな。」
「魔道具が好きなので。」
魔道具士はその名の通り魔道具を作る人のことだ。設計図通りに魔道具を作り、人によっては魔法式を付与する所までやる。
でも珍しいな。民間の魔道具士なんて。私が会ったことがあるのはみんな王宮勤めだったから。
「あの、もしかしてギルド所属の魔道具士もいたりします?」
「いるけど、どうした?」
「もしかしたらダナさんもギルド所属なのかなって。」
私の質問の意図はこれだけじゃない。もしギルドに魔道具士がいたら、私の設計図と魔法式が売れるということだ。
もう一度魔道具に関われるかもしれない。
「俺はギルド所属じゃねぇよ。ただの民間人だ。…けど昔は王宮勤めだったんだがな。」
「そうだったんですか…?」
「ああ、でもあいつらは……ってお前さんのような子供にする話じゃあなかったな。」
ダナさんは慌てて笑みを浮かべた。その笑みはなんだか悲しそうだった。
…王宮なんていい場所じゃないよね。
「っとほらついた。ここだよ。」
ダナさんが差した場所は賑やかそうな食堂だった。看板にはバルア食堂と書かれている。
「ここはハンターに人気なんだ。遅くまでやってる。酒も飲めるぞ。」
ダナさんが扉を開けると沢山の人の笑い声が聞こえた。店内には結構な数の人がいて、お酒を片手に話している。
「いらっしゃい。何名だい?」
食堂の女将さんらしき人がやってくる。ダナさんが2名だと言うと奥の席へ案内された。
「これがメニューだよ。それにしてもダナ、珍しいじゃないかい。人を連れてるなんて。」
差し出されたメニューを受け取ってダナさんは答える。
「親戚の子をちょいと預かっててね。」
「そうかい。まあここは飯は上手いからいっぱい食べていきな。」
人好きのする笑みを浮かべて女将さんは私たちの座るテーブルを後にした。ダナさんは私にメニューを差し出す。
「ほら好きなのたのみな。」
とりあえず受け取ったはいいもののそこに書かれている料理のほとんどを知らない。困った末に私はダナさんに尋ねた。
「ここのお店のおすすめはなんですか?」
「そうだな…。」
ダナさんは顎に手を当てて真剣に悩む。その間に私は飲み物を選んだ。
「ここのお店の看板メニューの肉串はどうだ?」
「肉串?それって屋台で売ってるような…。」
それなら私も見たことがある。けれどダナさんは私の言葉に心外だと言わんばかりだった。
「屋台で売ってるのとは比べ物にならねぇよ。確かにあれも美味しいが、ここのは肉の太さが違ぇんだ。とにかく食べてみな。」
ダナさんは店員を呼ぶと肉串とお酒とツマミにチーズとハムとオレンジジュースを頼んだ。
先にお酒とツマミとオレンジジュースが来る。ダナさんに促されたのでチーズを食べてオレンジジュースを飲みながら肉串を待った。
チーズは燻製されているようでほのかに香ばしく美味しかった。
しばらく待っていると奥の方からいい香りが漂ってくる。ジュージューと音を立てながら肉串が運ばれてきた。
「ほらよ。肉串だ。」
女将さんが私の目の前に置いてくれる。眼前には思っていた何倍も大きなお肉が鉄の串に刺さっていた。ソースの甘辛い匂いが漂って来る。
「食べな。」
ダナさんがそう言ってくれたので恐る恐る鉄の串に触る。あまり熱くなかったのでそのまま手で持ってがぶりついた。
「〜〜!!」
噛んだ瞬間肉汁が口いっぱいに広がる。ソースが肉に良く染み込んでいて噛めば噛むほど美味しさが増した。肉も程よい硬さで食べごたえがある。
美味しい…!!
本当に久しぶりにそう思った。
私の食べっぷりにダナさんがしてやったりといった顔をしている。
「ダナさんは食べないんですか?」
私がそう聞くとダナさんは眉を下げて答えた。
「いいや、もうお腹いっぱいだ。」
こんなに美味しいのに勿体ないとぼそっと呟くと、俺が勧めたんだぞと苦笑される。
「お、そこのボウズ、いい食べっぷりだな。」
隣に座っていたハンターらしき人が声をかけてきた。
「良かったらこれも食べな。」
そう言って骨付き肉をくれる。
「ありがとうございます。」
素直に受け取ってそれも食べた。パリッとした川に程よい塩味がきいている。
これも美味しい。
思わず笑顔になる。すると何故か他の人からも次々と食べ物を差し出された。
最初のうちは有難く受け取っていたがだんだんお腹いっぱいになってくる。うっぷうっぷしている私を見かねたダナさんが止めてくれて事なきを得た。
「うぅ…お腹いっぱい…。」
お腹を擦りながら言うとダナさんに笑われる。
「笑わないでくださいよ…。」
私がそう言うともっと笑みを深めた。呆れた私はそんなダナさんを放っておいて近くに居た女将さんに声をかける。
「なんで僕にこんなにくれたんですかね。これが普通なんですか。」
「あぁ、それはあんたが美味しそうに食べてたからさ。」
私が?そんなに美味しそうに食べてたかな。
私の疑問は顔に出てたらしく女将さんは得意げな顔で言った。
「もちろんさ。あんたはほんとに美味しそうに食べてた。あたしも嬉しかったよ。」
女将さんは私の頭をポンポンと撫でる。
「食は人を繋ぐんだよ。飯ってのはみんなで美味しく食べるもんだからね。だからあんたも寂しくなったらここに来るといいよ。」
ニカッと清々しい笑みを浮かべて女将さんは言った。
お酒のジョッキが空になったのでそろそろお暇することにする。席を立ってお会計をしようとするとダナさんがすっと前に立った。
「奢るって言っただろ。」
「ありがとうございます。」
頭を下げてお礼を言うとダナさんは困ったように頬をかいた。お会計を済ませて外に出る。夜も深くなり歩いている人もまばらになってきた。
「さて、バス乗り場まで行くとするか。こっから近いんだ。」
ダナさんの言う通りあまり歩かないうちにバス乗り場についた。小さな小屋みたいな建物と屋根がついたベンチがぽつんとある。
「あそこにいるやつに駅まで行くバスに乗りたいって言えばいい。今からだと半時後くらいだな。」
「ありがとうございます。」
「いいってことよ。これも何かの縁だからな。」
達者でなと手を振ってダナさんは帰って行った。私はぺこりと一礼をして彼が見えなくなるまで彼の背中を見つめる。
彼の姿が豆粒程の大きさになると私は言われた通り小さな建物の前に行った。
ガラスで仕切られた奥を覗き込むと確かに人が居る。寝てるみたい。
数度窓を叩くと飛び起きてこちらをみる。
「っあぁ…客か…。どちらまで?」
気だるそうに聞いてくる彼に駅まで行きたい旨を伝えると発車時刻と切符の値段を教えてくれた。
料金を払い切符を買う。私に切符を渡すとすぐに彼は寝始めた。
もう夜だもんね。
切符を握りしめてベンチに座りバスを待つ。
「ねぇお嬢さん。駅までかい?」
突然話しかけられて驚いた。心臓がバクバクしている。っていうか隣に人居たんだ。
隣を見ると艶やかな栗色の髪に暗い緑色の瞳をした女性が座っていた。
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