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部屋に入ると一気に気が抜けてへなへなと座り込む。相変わらずあの人たちは読めない。はぁっと1度ため息をついてパンっと頬を叩き気合を入れる。
今日のうちに公爵家を出たいから準備しなきゃ。
部屋の中には既に今日買ったものなどが運び込まれていた。ありがとうアリサ。
早速その中から肩掛けの鞄を取り出す。実は今日使い勝手の良さそうなものを雑貨屋さんで見繕ってきたのだ。
最初にアタッシュケースの中身のお金を中に入れる。それだけで鞄の半分くらいは埋まってしまった。その上に今日買ったドレスを2枚、下着を数枚入れる。そして今日買った本を2冊。最後に硬貨と数枚のお札が入った財布を入れた。
あとはあれだね。
机の引き出しを開けて杖を取りだす。これは私が開発した魔道具だ。
…正確にはその試作品なんだけど。
元来、人が魔法を使う時魔力の流れをスムーズにするために詠唱をする。魔力を扱うのが上手ければ上手いほど詠唱は短くなるがそれでも無詠唱で魔法を使えるのは、魔女や魔法士もしくはドラゴンくらいだ。
それにいくら詠唱をして魔力の流れをスムーズにしても魔力が余分に流れ出たりするのは止められない。
だから私は使う魔力が最小限で威力の高い魔法を打てる道具を考えた。それで出来上がったのがこの杖。この杖を使えば無詠唱かつ最小限の魔力で高威力の魔法を撃てる。
過去の5度の人生でもこの杖を作っていたけれど、どの人生でも杖の存在が王家にバレて王家が開発したという名目で発表され、手柄を奪われた。
さすがの私もショックで3日寝込んだ。
王家が発表した杖は魔法界に大きな発展をもたらして私が17歳になる頃には魔法を使う人達の殆どに普及していた。
そんな大きな発明ならば手離したくない。第一考えたのは私だ。それを誰にも奪われたくない。
ちょっと考えた末杖も持っていくことにした。
机の中に入っていた書きかけの魔法式や魔道具の図案と一緒に鞄に突っ込んで鞄を閉める。
ちょうどその時ノックの音が響いた。
「アリサです。お嬢様。」
「アリサ?どうぞ入って。」
ドアが開いてアリサが入ってくる。手には洋服と靴を持っていた。
「お嬢様。よろしければこちらを。」
アリサが手渡してくれたそれは男の子用の服と靴だった。
「ありがとう。でもどうしてこれを?」
「お嬢様、いくら治安が良くなりつつあるからと言っても、女の子1人で夜の街を歩くのは危険です。ですから、せめて格好だけは男の子のをと。」
確かにアリサの言う通りだ。私はその辺りをあまり考慮していなかった。
「…本当にありがとう。」
「いえ、それに全て新品のを身につけているのも目立つでしょう。」
…それもそうだね。全く違和感を覚えてなかった。
アリサの言葉で新たなことに気がつく。
アリサは荷造りが終わったのを見て寂しそうな表情を浮かべた。
「ほんとうに行ってしまわれるのですね。」
「うん…。決めたことだもの。」
「ええ、分かっております。ただ寂しくなるなと。」
私はたまらずアリサに抱きつく。アリサも私を抱きしめてくれた。それがなんだか昔を思い出させる。
小さい時もこうやっていつも抱きしめてくれてたな。
怖い夢を見た時、母様に会えなくて寂しかった時、悲しいお話を聞いた時、母様が亡くなった時。泣いている私をいつも抱きしめてくれた。
もうこの暖かい腕の中も優しい匂いも感じれなくなってしまう。
それが寂しくてまたちょっと泣いた。
名残惜しいけどそろそろ行かなきゃ。
時計を見ると針は23の時を指していた。
「アリサ、私もう…。」
「分かりました。」
アリサは私を離して、私の目を見た。私もアリサの目を見返す。その目には涙が浮かんでいた。
「お嬢様。お元気で。必ず幸せになってくださいね。」
アリサは私の大好きだった優しい笑顔を浮かべていた。
私もとびきりの笑顔を返す。
「もちろん。アリサも幸せになってね。」
アリサは最後に一礼すると部屋を出た。アリサの足音が遠ざかっていくのを待って、私はアリサがくれた服に着替えた。銀色の髪は目立つだろうから後ろでまとめて帽子で隠す。靴を履いて鞄を持って窓を開けた。
冷たい夜風が頬を撫でる。窓の縁に足をかけ一気に外へ飛び出した。
くるっと一回転して綺麗に着地する。ここは多分裏門の近くだ。
足音をあまり立てないように早足で歩く。確か裏門の近くには人が1人通れるくらいの穴が空いていたはずた。
あった。ここだ。
目的のものを見つける。張って進めば何とか通れそうだ。先に鞄を穴から外へ出し、腹ばいになって穴をくぐる。
少しずつ進みやっとの思いで外へ出た。
達成感を感じて深呼吸する。夜の澄んだ空気をいっぱい吸い込んだ。
でも安心しては行けない。朝私が部屋に居ないことに気がつけば直ぐに捜索されるだろう。夜のうちになんとしてでも王都を出たい。
私は街へ向かって走り出した。
昼間、書店へ寄った時に新聞を読んだ。そこには今日と明日の列車が書いてあった。王都の駅でサンミュッヘル行きの始発の列車に乗れば朝までに王都から出れる。
サンミュッヘルは港近くの街だ。サンミュッヘルからは隣国行きの船も出ているしギルドもある。ギルドでどうにかハンターになって海を渡ればそう簡単に捕まることは無いはずだ。
とにかく駅に行かなければ始まらない。閑静な住宅街をぬけて街へ入った。徐々に街灯の数も増え、歩いている人たちも増え出す。しばらく歩けば夜でも明るく賑やかな場所に来た。
ここで誰かに駅までの生き方を聞こう。
そう決めて優しそうな誰かを探しているとグッと腕を引っ張られた。
そのままドンッと放り投げられる。咄嗟に受身をとって顔を上げた。
目の前には2人の大柄な男が立っている。無造作に伸ばした髭にボサボサの髪、下卑た目でこちらを見ていた。
「なっ何…?」
あまりに突然のことで混乱していたが私の身が危ないことは分かる。
「よお、ガキ。随分大きな荷物だな。」
「ちょーっとオレたちに見せてくれよ。」
にやにや笑いながら近づいてくる。
どうする?こんな街中で魔法は使えない。一通り体術は習っているけれど、この小さい身体で2対1は正直厳しい。
私が考えている間にも男達との距離は縮まっており、男は大きく拳を振りかぶっていた。
これは杖を取り出す暇もないな。
魔法を撃とうと魔力の流れを手のひらに集中させたとしたその時ドカドカッと音がして目の前の男達が倒れた。
えっ…何が起こったの?
困惑していると上から声が降ってきた。
「ようボウズ、無事か?」
見上げると先程の男たちよりも一回り大きな男が立っていた。
た、助かった?
「ありがとうございます。」
男が差し出した手をとって立ち上がりお礼を言う。
「いいってことよ!」
ガハハと男は豪快に笑った。
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