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「よしっ気を取り直してっと。」


トマがパンっと手を叩く。私も慌てて涙を拭った。そんな私にアリサがハンカチを差し出してくれる。


「もう…アリサがそれを使わなきゃ…。」


アリサの頬にも涙が伝っていた。私もハンカチを取り出してアリサに渡す。


「交換ね…!」


私はアリサのハンカチでアリサは私のハンカチで涙を拭うという不思議な空間が出来上がった。

ハンカチを返し合うとトマが私に言った。


「お嬢様、流石にその格好で帰るのはまずいですよ…。」


うん…私も思ってた。


「馬車の中で着替えてくるね…。」


そう言って私は馬車の中に1人入る。着心地のいいクリーム色のドレスを脱ぎ、元の着づらいドレスに着替えた。一応私はアリサの手助け無しでもフォーマルなドレスを着ることは出来る。


着替えている時ふと腕に巻かれた包帯が目に入った。

…いい人だったな。

私は包帯を巻いてくれた彼を思い出して笑みを浮かべる。思えば今日出会った人達は皆いい人だった。

自然と心が暖かくなる。着替え終わったので馬車から出るとアリサに預けておいた荷物がトマによって馬車の荷台に積まれていた。


「あ、お嬢様。」


私に気がついたトマが最後の荷物を置いて私に駆け寄る。


「お嬢様のお荷物後で俺がアリサさんに預けておくんでバレないようにアリサさんから受け取ってくださいね。」


どうやら私の荷物のことまで考えてくれてたらしい。トマは優秀だ。


「ありがとう。トマ。」


「いえいえ、お易い御用ですよ!あ、先程着ていたお洋服も乗せますね。」


私の手からさっき着ていた服を受け取りトマが荷台に積む。そしてトマに促され私とアリサは馬車に乗った。


しばらくしてガタガタと馬車が動き出す。王城から公爵家はそう遠くないのでアリサと談笑しているうちに到着した。


トマが扉を開けてくれたのでトマの手を取って降りる。ちらっとトマを見るとぱちんと片目を閉じられた。私も微笑み返す。


「「「おかえりなさいませ。お嬢様。」」」


エントランスにずらりと使用人達が並び出迎えてくれた。

ここからは戦場だ。


「お嬢様、ご夕食のご準備が出来ております。」


「ありがとう。」


執事のジョシュが私に話しかけてくる。私は公爵令嬢の仮面を被って応対した。アリサ以外の使用人はあまり信用出来ない。


「お嬢様、大変申し上げにくいのですが…」


「なに?」


「本日のご夕食は旦那様とご一緒です。」


父様が?!

驚いて一瞬立ちどまる。我に返って直ぐに歩き出したが頭の中は疑問でいっぱいだった。

あの偏屈で家族のことなんかかえりみない父様が私と一緒に食事?!

次から次へと出てくる疑問をひとまず飲み込んで部屋に帰り別のドレスに着替える。

アリサに髪を整えて貰ってダイニングへと向かった。


私が一番早く来たようだったので黙って席に着く。いつもは1人分しかない食器類が今日は3つもあった。

ん…?3つ…?まさか…。

一瞬嫌な予感がした。その時扉が開かれる。


「あれ〜?もう来てんじゃん。」


後ろから声が聞こえて振り返った。そして嫌な予感が的中したことを悟る。


兄様だ…。


兄様は私の2個上の15歳。父様と同じ灰色の髪で母様と同じ桃色の瞳をしている。

私と兄様は正直あまり関わったことがない。母様が生きていた時は仲が良かった気がするが、母様が亡くなってからは兄様はいつも父様と一緒にいてあまり会うことがなかった。


「お久しぶりです。兄様。」


私は立ち上がって礼をする。だが、兄様はそれを無視して私の向かいにドカッと座った。挙句の果てにこう言い放つ。


「あれ?お前なんで立ってんの?」


む、むかつく…!


言い返してやりたいがグッと堪えて席に座った。すると直ぐに兄様が話しかけてくる。


「ねぇ、お前まだそれ持ってるんだ?」


少し見下すような言い方で“それ”が何を指すのかすぐにわかった。私の髪を結っている白いリボン。きっとこれのことを言っている。


「哀れだねぇ、お前も。まだそんなのに縋ってるなんて。早く捨てればいいのに。」


「…。」


「あ、もしかして捨てられない?じゃあ俺が変わりに捨ててやるよ。その母様の形見。」


にやにやと笑いながら言う兄様に内心反吐が出た。このリボンは元々母様のもので母様が生きている時に私にくれたもの。私の中でとても大切な思い出なのだ。

それを踏みにじられているようで悲しい。


「兄様は母様から貰ったものをどうされたんですか?」


そう聞くと兄様は眉を寄せて考えた。


「あれ…俺何か貰ってたっけ?」


「…貰ってましたよ。沢山。」


ぽつりと呟いた言葉は残念ながら兄様には届いていなかったようだ。でも私はこの目でちゃんと見ている。母様は兄様にも私と同じくらい沢山のものをあげていた。目に見えるものも見えないものも。


「まあいいや。そういやお前…。」


兄様が何か言いかけた時扉が開いて父様が入ってきた。一気に空気が張りつめる。私たち2人は立ち上がって礼をした。

父様が座ると頭を上げ2人とも席に着く。そうして食事が始まった。


カチャカチャとカトラリーを動かす音が聞こえるだけで3人の間に会話は無い。さっきの兄様の軽薄な雰囲気が嘘のようだ。


…味がしない。


さっきからずっと食べものを口に運ぶ作業をしている。父様との食事はいつもそうだった。

何かで機嫌を損ねると手がつけられなくなるから食卓では常に父様の顔色を伺っていた。


「リリアンナ。」


突然名前を呼ばれて内心驚く。


「なんでしょうか。父様。」


「変わり無かったか。」


その一言からは父様の意図がいまいち読めない。まさか父様が私が王都にいた事知ってるわけじゃないよね?


「ええ。でも今日は早く終わったので城の図書室で本を読んでいました。」


事実も混じえて当たり障りのないことを言葉にする。


「そうか。」


父様はそう一言だけ言うと食事に戻った。


え、それだけ?


どうやら乗り越えたらしい。

その後会話らしい会話もないまま食事を終える。

父様は真っ先に席を立った。続いて兄様もいなくなる。最後に私は給仕をしてくれた使用人に礼を言い部屋へと戻った。

読んで頂きありがとうございました

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