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毎度遅れてすみません。

…やってしまった。

本を読み終わって外に出ると真っ暗だった。いつの間にか隣にいた人たちも帰っている。急いでカフェの時計を見るともう8の時を過ぎていた。

早く戻らなきゃ…。


荷物を抱えて暗くなった街を走る。通り過ぎる人は私の焦った顔に驚いて振り返るが私はそれを気にする暇はなかった。


必死で走っていると見知った馬車が見えた。

良かった、あった。

馬車の隣ではアリサが不安そうに当たりを見回していた。


「アリサ!!」


名前を呼ぶと弾かれたようにこちらを見る。そして安堵の表情を浮かべた。


「お嬢様…良かったです……あら…?」


アリサは私の装いを見て首を傾げる。見るからに朝とは違っているから当たり前だ。


「あれ?お嬢様。朝とお洋服が変わってません?」


いつの間にかアリサの隣に来ていた御者のトマが聞いてきた。それにアリサも同意を示す。


「お嬢様…もしかしてどこかに行かれてました?」


走ってきた方向もお城とは真逆の方向だ。バレるのは時間の問題だっただろう。

いや、まぁ隠しては無いんだけど…。


私は2人に今日あった出来事を簡単に話した。


「まぁ!早く終わっていらしたのなら連絡くだされば良かったものを!」


アリサは叱るような口調で言った。私は直ぐに謝る。


「ごめんなさい。でもアリサもトマもそれぞれ仕事があると思ったから…。」


「お嬢様のお呼びとあらばいつでも駆けつけますよ。」


へへっとおどけてトマが言う。つられて私も笑ってしまった。その様子をみてアリサは眉を下げて微笑む。


「お嬢様が無事なのでしたらそれでいいです。」


そこで会話が途切れだ。静寂が訪れる。少しの間それを心地よく思っていたが意を決して口を開いた。


「今までずっとありがとう。アリサ。トマ。」


私は2人に礼を言う。いつもとは違う言葉に2人は少し戸惑っていた。

きっと気がついたのだろう。私が変わったことに。


だから私は微笑んでその言葉を口にした。


「私、公爵家を出ようと思うの。」


ふわりと風が頬を撫でる。私たちの間にしばらく沈黙が訪れた。


先に沈黙を破ったのはトマだった。


「いいんじゃないですか?それ。」


いつもと変わらない明るい笑顔でそう言う。


「お嬢様が幸せになれるのならそれが一番ですよ!」


トマの言葉は私をいつも元気づけてくれる。私より少し年上でいつも面白い話をしてくれた。泣いてばかりいる私に辛い時こそ笑顔だと教えてくれたのも彼だった。

トマの変わらない笑顔に泣きそうになる。でも私も笑みを返した。

そんな私たちの様子を見てアリサが口を開いた。


「…わたくしもそれがいいと思います。」


まさかの言葉に驚く。アリサには絶対に反対されると思っていた。


「お嬢様がお考えになった結果なのでしたらわたくしは尊重いたします。それにわたくしの目から見ても…公爵家からは離れた方が良さそうですから。」


「アリサ…。」


きっとアリサには沢山心配をかけていたのだろう。私を見るアリサの表情はどこか安堵したようなものだった。


「ありがとう…2人とも。」


私は再び礼を言う。この2人は私にとって公爵家での唯一の味方だと言っても過言ではなかった。


「こちらこそですよ!お嬢様!」


「ええ、そうですね。」


トマとアリサは私をずっと気にかけてくれていた。だから私は2人のこれからが気になる。


「あの、私が出ていったあと2人はどうする…?」


私の質問に2人はきょとんとする。


「あ、あの…私は2人を連れては行けないから…。」


私がそう言うと2人は顔を見合わせると納得して頷いた。


「わたくしどももお嬢様の世話になろうだなんて考えておりませんよ。」


「そーですよ!」


「そ、そうなの?」


でも問題なのはそこじゃない。正直に言うとアリサもトマも私の居ない公爵家で働く義理は無いはずだ。


「んー俺はやめよっかな。」


あっけらかんとトマが言う。


「え、そんなあっさり…?」


「何を驚いてるんですか?お嬢様。言ったでしょう俺は給料が高いからここで働いてるんだって。」


そうだった。昔トマは公爵家の高賃金目当てで入ってきたんだった。

今更ながら思い出した。


「この前求人見てたらもっと高待遇のとこ見つけたんでそこにします。もとより旦那様も俺の事嫌ってそうだし辞めやすいでしょう。」


トマは私を見つめてニカッと笑う。


「だから気にしなくていいですよ!」


本当にいい人だね。トマは。

トマの人の良さを改めて認識した。するとアリサもうんうんと頷く。


「そうですよ。お嬢様が気にするものではありません。ですがわたくしは公爵家に残ります。」


「え…。」


予想外の答えだった。アリサはてっきり辞めると思ってたのに。


「わたくしは坊っちゃまが心配ですから。坊っちゃまはああなってしまわれたけれど、マリアンネ様の、お嬢様のお母上の子供でいらっしゃいますもの。」


アリサは、マリアンネ、私の母様の侍女として母様が公爵家へ嫁ぐ時に共に着いてきていた。兄様が生まれると兄様の乳母を務め、母様が無くなると私の侍女を務めてくれた。

きっとアリサは兄様が心配なのだろう。その気持ちは何となくわかったので何も言わなかった。


「そっか…。分かった…。でも無理はしないでね。」


私はアリサが心配だった。そんな私を見かねてアリサが元気づけてくれる。


「大丈夫ですよ!わたくしはこんなに丈夫ですから。」


ふんっと力こぶをつくる仕草をする。それがなんだか昔を思い出させて泣きそうになった。


「…全然出来てない。」


自然と涙声になる。アリサはしょうがないなみたいな顔で私の頭を撫でてくれた。


「2人ともいつか絶対会いに行くから…。」


「楽しみにしてますよ。」


「ええ、そうですね。」


トマとアリサの目にも光るものがあった。しばらく3人で何を言うまでもなく泣いていた。

読んで頂きありがとうございました。

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