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「違うって言ってるでしょう!!」
「…っすみません、」
パシンと鞭で頬をはたかれる。もう何をミスしたのか分からないから謝る。もう5度目だけどまだ慣れない。
「もういいわ。そこに這いつくばりなさい。」
「…はい。」
言われた通りに頭を地面につける。歯を食いしばって降り注ぐ鞭の雨に耐えた。
「こんなんじゃっ!あたくしの息子に釣り合わないっ!お前がこんな無能だからっ!あたくしが攻められるのよっ!」
鞭で私を叩きながら王妃殿下が叫ぶ。私はただ謝ることしかできない。
「すみません…すみません…。」
王妃殿下が私の髪をがっと掴む。
「そうやって謝っていても、この現状がどうにかなるわけじゃないのよ!分かっているのならさっさとあたくしの息子の権威を取り戻してちょうだい!」
そんなことを言ったって、私に何か力があるわけじゃないのに。
5度の人生で何回も似たようなことを言われた。私の価値は父様の娘であることで私自身が特別な訳では無い。だから私はどうすることも出来ない。
ただ小さな声で謝るだけだ。
その時突然ガチャっと扉があいた。この部屋を知る人なんて少ないはずなのに。誰だろう。
そう思って扉の方を見るとそこには王太子殿下がアリウス様が立っていた。
彼が私の方を見る。そしてにっこり笑った。
「やあリリアンナ。遊びに来てたのか。」
え…。
私の困惑を無視してアリウス様は王妃殿下に話しかけた。
「母上。リリアンナが来ていたのなら教えてください。」
王妃殿下は鞭を放ってアリウス様の方へと近づく。
「ああ、私の可愛いアリウス。ごめんなさいね。母は忘れていたわ。」
「いえ母上を責めている訳では無いです。リリアンナと話がしたい。」
「ええ、いいわよ。今日の授業はもう終わりだから。」
「そうですか!リリアンナ、君に話したいことがあるんだ!」
アリウス様は私を見て微笑む。王妃殿下は私をちらっと見ると言った。
「この姿では見苦しいから着替えてらっしゃい。今日はもう終わりです。」
「じゃあ俺は先に行ってる!いつものところだからな!」
アリウス様はそう言って走っていった。私は口元から垂れた血を拭い落ちた白いリボンを拾って立ち上がった。
そして王妃殿下に礼をして部屋を出る。部屋の外ではメイドが待機していて、そのまま彼女たちに別の部屋へ案内される。乱れた服と髪を整え、そのままアリウス様が待つ温室へと向かった。
それにしても今までの王妃教育で誰かが入ってくるなんてなかったのに。アリウス様はあの部屋を知っていたのかしら。
小さな疑問を飲み込んで温室の扉を開ける。
アリウス様はお茶とお菓子が用意された席に座っていた。
「リリアンナ!久しぶりだな!」
「ええ、お久しぶりです。」
言いながら席に座る。さっき叩かれた傷がじんじん傷んだ。
「わたくしに聞かせたいお話とは何ですか?」
「ああ、そうだ!これはな、最近聞いた噂話なんだけど…」
そう言ってアリウス様は話し出す。私は笑みを張りつけたままそれに耳を傾けた。
ーーーーーー
「ふぅ、やっと終わった…。」
王城から出てきてぐっと伸びをした。結局アリウス様の話はとっても面白くなかった。もう何を話していたのか覚えていない。
にしても今日は早く王妃教育が終わったな。日が昇っているうちに外に出れたのは久しぶりだ。
…そうだ、今のうちにやりたいことを終わらせよう。
私の脱出計画にはお金が必須だ。だからといって公爵家の財産に手を出すのは違う。なので私の私的な貯金をおろそうと思う。そのためには銀行に行く必要があった。
未来のことを考えて自然と足取りが軽くなる。
王妃教育は夜までなので馬車は1度公爵家に帰り、時間になれば再度王城へ向かう。
でも今日は早く終わって時間がある。つまりいつも王妃教育が終わる時間まで自由ということだ。
よしこの時間で銀行に行こう。
そうやって意気揚々と歩き出したはいいものの私は5度の人生超がつくほど箱入り娘だったのだ。王城から銀行までの行き道なんて分かるわけない。
とりあえず勘で歩いてみる。護衛も付けずに歩くなんて初めてだ。街へと続く大きな道を鼻歌を歌いステップを踏みながら進む。こうしているとただの少女になった気分だ。
歩いているうちに徐々に建物が増え人通りも増えてくる。キョロキョロと辺りを見回すと数人の人と目が合った。
なんか見られてるような…?
そう思ってふと気がつく。私王城に行く為のドレス着てるんだった。
周りを見てみてもみんなカジュアルな服装だ。街ゆく淑女はくるぶしが出る位のドレスに身を包み素敵な帽子をかぶっている。膝丈くらいのドレスを着ている若い令嬢も多い。
私の格好はこの場では場違いだ。
…どうしようもないし気にしないでおこう。
観光気分で街の中を歩く。うっかり本来の目的を忘れそうだ。
公園に着いたので置いてあったベンチで一休みする。ヒールのついたパンプスを脱ぎ捨て足をぶらぶら揺らした。
こんなことするのは初めてなので少し悪いことをしている気分になってくる。
噴水の音を聞きながら街をぼんやりと眺める。まるで夢みたいだ。歌を口ずさみながらしばらくそうしているとだんだん楽しくなってくる。徐々に歌声も大きくなった。はっと辺りを見回すと人がちらほらと集まってきている。恥ずかしいな。
いたたまれなくなりふと公園の時計を見ると時刻はもう15の時を刻もうとしていた。
そろそろ行こう。
靴を履き直して立ち上がる。ぐっと伸びをすると気持ちよかった。
でもこのまま宛もなくうろうろしても一生見つからない気がする。こうなれば人に聞くしかないかもな…。
「あの、すみません。」
私が考えていると後ろの方から誰かが声をかけてきた。振り向くと2人の可愛らしい令嬢が立っている。
「何かお探しですか?」
あまりにも私が挙動不審すぎたのだろう。気を使ってくれたみたいだ。
せっかくなのでご好意に甘える。
「あの、銀行に行きたくて…。」
それを聞くと令嬢のうちの一人、亜麻色の髪をした子がにっこりと微笑んで答えた。
「ああ、それでしたらそこの道を真っ直ぐ行って3つ目の角を右に曲がるとありますよ。」
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げる。するともう1人の令嬢、栗色の髪の子が口を開いた。
「よろしければそこまでご案内致しましょうか?」
「いいんですか?!」
願ったり叶ったりな話だ。初めての場所で口頭の説明だけでは辿り着くのも難しい。
私の様子に2人は顔を見合わせにっこり笑った。
「いいですよ。」
彼女達が先立って歩き出す。私はその半歩後ろをついて行った。
歩きながら改めて彼女達の姿を見てみる。2人ともひざ丈のドレスを着てドレスに合わせた帽子をかぶっている。少し肌寒くなってきたからなのか亜麻色の髪の子はカーディガンを羽織っていた。そして2人ともたくさんの紙袋を持っている。
あ、買い物してたのか…。
ちょうど衣替えの季節だから服を買ったのかな。
そう思って話しかける。
「あの、おふたりはお買い物ですか?」
「ええそうです。」
2人は笑って答える。
「そろそろ寒くなってくるからコートを買いたくて。」
亜麻色の髪の子がそう言うと栗色の髪の子がからかうように言った。
「そう言ってコート以外も買ってたじゃない。」
「それは…可愛いのがあったから…。そういうあなたこそ靴買うつもりないって言ってなかった?」
「うっ…。それもそうね。」
栗色の髪の子が図星をつかれたような顔をする。そしてお互い顔を見合わせるとぷっと吹き出した。
楽しそうだな〜。
ひとしきり笑ったあと栗色の髪の子はくるっと私の方を向いた。
「ねぇそういう貴女は何をしてるの?」
「えっと…お金を下ろしに行こうと思ってました…。」
しどろもどろにそう答える。馬鹿正直に王妃教育が早く終わったので遊びに来ました!なんて言えるわけない。
「それはわかってるわよぉ。そのあとの話!見たところ貴女ここの人じゃないみたいだし。」
亜麻色の髪の子がそう言う。言われてみれば銀行行ったあとのこと考えてなかったな。
「何かおすすめのお店とかありますか?」
「うーん。何がしたいかによるわね。」
亜麻色の髪の子が人差し指を口に当てる。
「服が欲しいです。出来れば直ぐに着替えられるような。」
私がそう言うと栗色の髪の子の顔が輝いた。
「それならおすすめのお店があるわ!ここからとっても近いの。マダム・ケリーのお店よ!」
「そこいいわね!とっても素敵なお店だもの!」
亜麻色の髪の子も喜んで同意する。
「銀行の向かい側の通りで3個目のお店よ。そこなら買ったお洋服にすぐに着替えられるわ。」
亜麻色の髪の子がそう言うと立ち止まる。
目の前には大きな白い建物がそびえ立っていた。どうやらここが銀行らしい。
「着いたわ。ここが中央銀行よ。」
中央銀行。この国で1番大きな銀行だ。初めて口座を作る時は大抵ここでつくる。私も例外じゃない。
「ありがとうございます。案内していただいて。」
改めて感謝の意を伝える。
「いいのよ。お役に立てたようでよかったわ。それじゃあ私たちはこれで。いい一日を過ごしてね。」
「本当にありがとうございます。そちらこそいい一日をお過ごしください。」
なんか堅苦しい言い方になってしまったが彼女達とは手を振って別れる。
私は銀行の重い扉をあけて中に入った。
読んで頂きありがとうございました