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5度目

前連載してた作品を大幅修正したものです。登場人物の名前や設定は変わっていませんが性格が変わっているキャラもいます。ご了承ください。

「婚約破棄ですか?」


口をつけかけたティーカップを置いて聞き返す。久しぶりに会った婚約者からは聞きなれない言葉が出てきた。


「そ、そうだ…。」


目の前に座る幼なじみは居心地悪そうに目を逸らす。


「理由をお聞かせください。王太子殿下。」


いつもはアリウス様と呼ぶからか、かしこまった言い方をするとびくっと身体を震わせた。


「…た。」


「はい?」


「好きな人が出来たと言っている!!」


「それはようございました…?」


一世一代の告白と言わんばかりのその様子に少し呆れる。一国の王太子が好いた人が出来たからといって婚約破棄を申し出るとははっきりいって愚かだ。


「だから婚約破棄をと…。何をおっしゃるかと思えば。」


「…何がおかしいんだ。」


「いいですか、殿下。わたくしと殿下の婚約は国とわたくしの生家であるハリューア公爵家が結んだものです。わたくしと貴方の一存で決められるものではありません。」


「…。」


「好きなお方が出来たのであればわたくしとの結婚の後に側室に迎えられるという手もあるのですよ。婚約破棄など軽々しく言うものではないですわ。」


私がそう言い切ると殿下は何も言わずに俯いた。私は少し冷めてしまった紅茶を飲む。


しばらく殿下の様子を見守っていると急にガバッと顔を上げてこちらを指さした。


「…お前はそれでいいのか。」


「いい、とは?」


「お前はそれで満足なのかって言ってるんだ!お前が僕のことを好きじゃないことくらい知ってる!好きでもない男と結婚するなんてお前にとっては屈辱だろ?!」


殿下は一気に捲したてる。なにか言おうとしたが言葉が出てこなかった。


「何も言わないってことは図星だろう!?いつものように小言言ってみろよ!僕はお前のそういうところが嫌いだ!」


嫌い…か。


「いつもそうだ。僕よりも出来るくせに僕が至らないところばかりを言って…!僕達がなんて言われてるか知ってるか?!『白百合と雑草』だよ!!」


「…。」


「嫌いなら嫌いだと言えよ!!お前と一緒にいると自分がどんどん惨めになる…。」


「殿下…。」


私は殿下をまっすぐ見た。


「わたくしが貴方を嫌いでしたら王妃教育なんて耐えられませんでした。」


殿下はハッとした顔で私を見返す。


「わたくしが今まで王妃になるからという義務感だけで貴方の隣に居たと思っておられたのですね。」


ほんとうは泣きそうだった。けれど微笑む。


「殿下の気持ちは伝わりました。婚約破棄のお話、帰って父に相談してみますわね。」


「違う…待て…。」


引き留めようとするように殿下が手を伸ばす。それを避けて席を立った。


「申し訳ありません。少し気分が優れなくて。今日のところは帰ります。」


私はそのまま部屋を出た。泣き出しそうに歪んだ殿下の顔を見てももう何も思わなかった。



ーーー



供も付けずに1人で来た私を見ても侍女のアリサは何も言わなかった。

ただ馬車の隣に座って私が泣き止むまでずっと抱きしめて頭を撫でてくれていた。


大好きだった。殿下のことが。


初めて会った時比喩ではなく現実に白馬の王子様がいたんだと思った。それほど幼い私にとってはあの人は輝いていて一目で好きになった。

だから辛い王妃教育だって耐えられた。あの人を支えるためならどんなことだって頑張れた。例えあの人に嫌われたって、あの人が立派な王になって皆から慕われるようになるならそれで良かった。


見返りなんて求めてないと思っていたはずだった。なのにいつの間にかあの人にも同じ気持ちでいて欲しかった。

あの人を傷つけていたのになんて馬鹿らしい願いなのだろう。愚かなのは私だった。


ただ溢れ出る涙を拭わずにアリサの胸の中で泣いた。しばらくそうしていると落ち着いてきた。アリサに礼を言い、乱れた装いを整える。


そして家に帰った後の出来事を想像してため息を吐いた。


「父様にはなんて言おう…。」


「大丈夫です。何があっても私が守りますから。」


アリサはにっこり微笑んで私の手を勇気づけるように握る。それだけで元気が出た。

アリサは私の小さい頃からの侍女で両親とは滅多に会わない私にとっては親代わりだった。

いつの間にか私よりも小さくなった彼女に無理をさせる訳にはいかない。

私はアリサに微笑み返した。


突然馬車が止まった。急な馬車の揺れに私とアリサは顔を見合せる。


「どうしたの?」


外にいる御者に声をかける。御者は困惑した様子だった。


「すいません。お嬢様。俺も何が何だか…っうあああ」


御者が叫ぶ。不自然に御者の声が途切れた。


外で何か起こってる。


様子を見ようとするとアリサが慌てて止めてきた。


「お嬢様!おやめ下さい!危険です!」


アリサは私の見を案じている。それは分かっているが状況が分からないと何も出来ない。外に誰もいなかった時戦えるのは私だけなのだ。


そっと馬車の扉を開ける。周りを見渡しても誰もいない。ほっとしたその瞬間、銀色の瞳がこちらをみていることに気がついた。


思わず叫びそうになった。慌てて口を塞ぐ。不思議そうなアリサを後ろに庇い、その瞳を見つめる。


私たちに気づいている…の…?


分からなかった。でも目を逸らせない。

数十秒が何時間にも思える。


銀色が視界から消える。途端馬車が大きく揺れた。


その衝撃で私たちは外へ投げ出された。

身体が地面に叩きつけられる。痛みに耐えて身体を起こすとアリサの後ろで馬車が倒れそうになっているのが見えた。


「アリサ!!」


どうにか立ち上がる。だがすぐに崩れ落ちた。身体を支える足が無くなったからだ。


「え…。」


目の前の状況が理解出来ない。後ろで聞こえるアリサの声が遠くなっていく。


ドンッと大きな音で私の意識は戻された。


馬車が倒れている。下には慣れ親しんだあの暖かい手だけが伸びていた。


「あっ、あぁ…ああああああ」


言葉にならない音が口から漏れ出る。


間に合わなかった。私のせいでアリサが死んだ。


「いやっ、いやぁ…。」


せめて馬車だけはどかそうと這いずりながらアリサに近づく。生暖かい液体が身体についた。


手を伸ばしてアリサの手に触れる。


「ごめっなさ…。」


もう片方の手をかざして魔法を使う。杖がないから魔力の流れが大雑把で上手く魔法陣が展開出来ない。

無理やり魔力を流し、魔法陣を完成させる。身体に激痛が走った。


歪な魔法陣が発動して馬車がふわりと浮いた。朦朧とする意識の中馬車を移動させる。馬車の馬たちをどうにかする余裕はなかった。


ごめんね…。


するとぴくりとアリサの手が動いた。


「アリサ…。」


「お…じょ…さ、ま…。」


「アリサ…!」


うっすらと目を開けてアリサが微笑む。私もアリサの手を握って微笑んだ。


ぐんっと身体が引っ張られてアリサと手が離れる。ずるずると身体が引きずられてどんどんアリサと距離が空いていく。


どうにか振り向くとあの銀色と目が合った。


ああ…なんて綺麗なんだろう…。


状況にそぐわず私はその獣に見とれてしまった。真っ白な毛並みに銀色の瞳。この世のものとは思えなかった。


惚けていると獣の口がこちらに迫ってきた。何も出来ずにそのまま牙が私を貫く。


「ぅあ…」


激痛がはしる。その時私の頭の中に走馬灯のように記憶が駆け巡った。


リリアンナとしての4度の人生。どれも似通ったものだ。地獄のような王妃教育に耐え、王太子に婚約破棄を言い渡されて、その帰り道にあの獣に食われて死ぬ。


私…こんなつまらない人生を4度も送っていたのね…。


だとしたらなんて虚しいのだろう。もう二度とこんな人生は送りたくない。

薄れゆく意識の中で私はもう二度と繰り返さぬようにと願った。

読んでいただきありがとうございました

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