ヨトウバナ(夜盗花)
神道的な用語が頻発するので、先に補完しておきます。
神籬
本来祭祀が可能ではない場所で祭祀を行う際に、神の依り代として利用される物。
神威(かむい、しんい)
神の絶対的力、存在感。
幣束
儀式で使用される道具、巫女さんのお祓い棒についてる紙です。
そこにいたのは、日中に見た少女の姿ではなかった。少女というにはあまりにも大人びた、女だった。
「お前はなんだ、なんなんだ……」
「ん……ほう。お前は昼間の、忌剥か」
ナツナの声に反応し、木の上にいる存在がこちらを向く。
月明かりが反射して青白くなびく白髪。すらっと長くしなやかに伸びた手足。無地だが、貧相ではない、むしろ上品ささえ感じさせる鶯色の着物。
そして今、その顔を隠す不気味な雑面はなく、神騙りの素顔が露わになっていた。ナツナはほんの一瞬だが、その顔から目を反らすことが出来なかった。
凛とした、三日月のような目に、淡い鶯色の澄んだ瞳。
そんな目でナツナを見つめる表情は、興味があるのかないのか、退屈で気だるげな、大人びた色気を放っている。
「何を見とれている、馬鹿者め」
「いや……面を付けてた時と随分様変わりしてたもんでな、正直その点については否めん」
木の上にいるのでよく見えないが、かなり肉付きが良くなったように感じる。桜の間をすり抜ける月明かりによって、はだけた着物が照らし出され、首筋から胸元にかけての白い素肌が剥き出しになっていた。
魅力的にして煽情的。久しく忘れていた情欲を刺激するその姿態に、ナツナは目を奪われてしまったのだ。
「あれは私ではないが、まぁ良い。今夜は少しばかり暑くてな……こうして涼んでいたんだ」
「……」
「もすこし涼んでいたいのだが、ふむ。そうもできなさそうだな」
「こちらとしても、しばらく眺めていたいがな」
「忌晴らしの針を持っているくせに、ぬかしおる」
神騙り、桜の目線がナツナの目から外れると、その左手を見る。いまナツナの左手には、道具箱から取り出した忌剥道具が握られていた。
忌晴らしの針。長さ約四十センチ、まるで五寸釘のような太さの針だ。
これは、撫ぜの儀式に使われた幣束を転用し、針状に丸めたものだ。それもただの幣束ではない、神籬に使用された榊を加工したものだ。つまり神格者、及び神威に近しいものを持つ存在に対して格別の効果を発揮する道具である。
それを三本、左手の各指の間に挟むように持っていた。
「ふむ……では、一戦交えてみるか?私としては、もう少し会話をした方がいいとは思うがな」
「あまり気乗りはしないが、とっておきの道具まで出したんだ、やるしかないだろう」
「こんなことなら、半裸にでもなっておけばよかったか?」
「それは魅力的な話だ……なっ!」
ナツナの桜に対する距離は、木の上にいることを考慮しても、およそ11間ほど。その距離を、一瞬で駆け抜けるほどの速度でナツナは投擲した。
「やれやれ、避ける……とでも?」
ナツナは確実に当てるつもりで、三本の針を全て投げた。だが、桜はそれを避けようとはしなかった、避けなければ確実に払われてしまう程の忌剥道具であるにも関わらず、だ。
針の威力を見誤ったか?いや違う、分かっていて避けようとしていない。
「当たらないものを避けようとするほど、私は臆病ではない」
「なん、だそりゃ、どういう力だ……?」
一瞬、黒いモヤが桜の後ろから見えた気がした。
確実に当たるはずの進路を取っていた針は、当たらなかった。原因は一瞬見えた黒いモヤ、それに防がれてしまったものと考えられる。
防がれた針は弾き飛ばされ、暗闇の中に消えていく。
これは全くの想定外。正直いって、あの針は神祓いすら出来るほどの力を持っている、だからこの一手で決めるつもりで使ったのだ。
油断はしていなかった、だから一本で十分なものを三本も使った。だが、防がれた。ありえないことだ。
「言ったはずだ、昼間のあれは私では無いと……さて、どうする?」
「話を……聞こうか」
「素直でよろしい、では話そう」
今は素直に従った方が身のためだろう。あの針が効かなかった、つまりあの黒いモヤは神騙りを含む、神霊の類では無い。
ナツナの知らない新種である可能性が高い以上、性質を理解するまで剥ぐのは難しい。それに、神霊に効くものしかいまは装備していない。完全に詰んでいる。
「お前は、昼間に会った面霊気じゃないのか?」
「違う。……そうだな、アレの正体を明かす前に、ちょっとした遊戯でもせぬか?」
「なに?」
「これから私の言ったことに驚いたらお前さんの負け、驚かなかったら勝ちだ」
「で、どうせなにか掛けるんだろ?」
「物分りのいいヤツめ、私はそれが欲しいんだ」
そう言って、桜はナツナのある箇所を指さした。そこは腰の辺りだ。
「欲求不満か?」
「黙れ。よく見ろ、腰の鞄を」
「?……あぁ」
鞄。確か、昼間にこの桜の木から流れ出ていた、山神の力が液体化したものを採取したはずだ。
三本の試験管のうち、二本は一杯になるまで注いである。
「こんなもんが欲しいのか?何に使う」
「それはこれからの話で分かるさね。ほら掛けるか、掛けないか」
「まぁ、少し惜しい気もするが。いいさ、掛けるよ」
「じゃあ驚けよ?」
もったいぶった様子で、桜は正体を話し始める。
「アレはな――」
余程のことなのか、桜の口は重い。これは、もったいぶっているのでは無いのだ。桜にとって、言い難いなにかなのだろう。その証拠に、その表情は少しだけ暗い。
「アレは……ふぅ、アレは私の娘だよ」
「……」
一つため息を吐いて、言葉を吐き出した。
その内容を聞いたナツナは、とりあえず一本、無言で試験管を桜に投げ渡した。
夜盗花 ヨトウバナ
この花を摘み取ると、夜間に盗賊に入られる。




