カミカタリ(神騙り)
今回のサブタイトルは忌詞ではなく、作品オリジナルの造語です。
完全な設定なので悪しからず。
次回より、神道的な用語が頻発すると思われるので、先に補完しておきます。
神籬
本来祭祀が可能ではない場所で祭祀を行う際に、神の依り代として利用される物。
神威(かむい、しんい)
神の絶対的力、存在感。
幣束
儀式で使用される道具、巫女さんのお祓い棒についてる紙です。
また次回にも補完しますんで、いま覚える必要はないです。
思いのままに駆け出したはいいものの、周りは真っ暗だ。何も見えはしない。
月明かりが出てはいたが、山の中でありがたみを感じるのは難しい、正直、マサキの所へ戻って、明かりになるものを借りても良かったが、あのマサキという男は多分、「俺も行く」なんて言い出しかねない。出会ってまだ少ししか話していない男だが、そういうやつに違いないのは分かる。つまりは良い奴なのだ。
仕方が無いので最終手段だ、火を出すしかない。
いつか、道柳の煙草に火をつけたように指先に力を込める、すると火花がぱちぱちと弾け始めた。火花はやがて勢いを失っていき、代わりに優しい炎がゆらゆらと煌めき始める。
これは妖術や魔法、呪いの一種で、以前に世話になった魔法の師が、夜間に好んで使っていたものだ。蝋燭なんかの明かりを一切使わない、少し変わった人だったが、魔法と忌剥に対する知識と腕は確かなものだったのを覚えている。その弟子になるのにもかなり苦労した。
「気をつけないと、俺がこの山を不毛の地にしちまう……」
優しい炎ではあるが、炎は炎だ。草木に燃え移れば、そのまま山火事になりかねない。
とはいえ、余程のことがない限りは大丈夫だとは思うが。気をつけるに越したことはない。
このまま斜面を登れば、あの桜がそびえる広場に着く。さて、このまま行っていいものか、悩みどころだ。
あの精霊を自称しているものは、恐らく本物の桜の精霊では無い。多分あれは神騙りという、タチの悪い忌の一種だろう。
神騙りとは山神等の、低度の神格の忌に匹敵する力を持つが、神格は無い。神に似て非なるもの、それで神騙り。
大抵は山神の世代交代の時に、候補として紛れ込んで山神を代理するが、神騙りに神格は無い。
神格というのは、文字通り神としての格。それは恐れ敬うに値する者としての格、つまりは絶対的な存在感や魅力だけの話では無い。その土地の管理者としての格でもある。
要するに土地の管理をするために必要な鍵なのだ。それが無ければ何も出来はしない。そのままズルズルと何も変わらずに時が過ぎていき。
結果、その土地は死ぬ。
「神騙りが相手となると、準備無しじゃ心もとないな」
やはり、相手は曲がりなりにも神に匹敵する力を持つ忌。素手で勝てるような相手では無い。
そう思ったナツナは、広場を避けるように斜面を登り、そのまま山頂を目指した。
あれから二時間、三時間だろうか。とにかく結構な時間が過ぎたように思える。
どうにか山頂にたどり着くことが出来たナツナは、日中と同じように、道具箱が立てかけてある倒木に腰を下ろした。
秋の夜、そしてここは視界が開けた山頂だ。吹き抜ける風は、日中よりも幾分か冷たく感じる。
ナツナはもう少しこのままで居たい気持ちを引き剥がすように、倒木から腰をあげると道具箱の蓋を開け、中を探りだす。使い慣れた箱だ、真っ暗闇の中でも、的確に必要な物だけを取り出していくことが出来た。
「さて、必要なものは準備出来たし、そろそろ行くか」
道具箱の肩紐に腕を通して担ぎ上げたナツナは、登ってきた斜面を今度は下っていく。
「確か、こっちの方向だったな……」
日中に通った道を思い出しながら、斜面を下る。一歩ずつ一歩ずつ、滑り落ちないように。道を思い出している途中で、ナツナはあることに気がついた。
そういえば、あの香りがしない。むせ返るような、あの甘い香りだ。
「……」
一度立ち止まって、今度はしっかりと鼻をスンスンと鳴らしてみるが、やはり何も匂いはしない。これは何の変哲もない自然の山の匂いだ。あれほどキツい芳香を放っていたのに、今は一切しない。
異変は香りだけでは無い、それ以外の草木もだ。全て落ち着いている。あれほど生気に満ちていた山が、今はなんてことは無い普通の秋の山に感じた。
安心感すら覚える自然体、一体どうしたのだろうか。
近くにあった杉の木に素手で触れてみる。感触は硬く、ひんやりしていて少しカサついている。満ちていた湿気も、暑苦しくさえ感じた温もりも完全に失われていた。
疑問は絶えないが、立ち止まっていても仕方がない、先に進もう。
流石に夜の山、その斜面を降りていくのは登るよりも難しく険しいもので、何度も滑落しそうになる。
それでもどうにか広場の手前までたどり着くことが出来た。
いくつかの木々の向こう側にその広場がある。広場には月明かりを遮る枝葉が全くないので、比較的周囲より明るく見える。そしてその中心に例の桜が見て取れた。
ナツナはできるだけ足音が鳴らないように、慎重に歩いていく。
広場に出ると、風が木々を吹き抜け広場へと流れて行った。木々が騒がしく揺れる、まるで山がざわついているかのように……。
広場に出たナツナは一直線に、中央にある桜へと進んだ。
これだけ近づいてもなんの香りもしない。ただ美しく立派な桜だ。
「……いるな」
まだ少しばかり桜まで距離はあるが、精霊、いや神騙りの脚らしきものが見える。そのまま桜との距離をどんどん、どんどんと縮めていく。すると徐々にその姿の全体が見え始めた。
そして、完全にその姿を捉えた瞬間、全身に緊張が走り、手に汗が滲んだ。
「嘘、だろ……」
ナツナが想定していた対象とは大きくかけ離れる存在が、そこにはいた。
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