カワキノヤマイ(カワキの病)
「このあたりじゃ、金色の髪をした奴なんていないからさ、ずいぶん深く記憶に刻まれたよ」
マサキは例の精霊に出会ったときのことを少しずつ語り始めた。
「彼女は、桜の木の上にいたんだ、綺麗な金髪をなびかせながら」
「で、それから?」
「待てよ、昔のことなんでな。あーそうだ、こう言ってきたんだ、嘘みたいに綺麗な顔をさせて『小僧、名前は?』ってな」
あの精霊、二十年もあんな態度なのか。山神にはどんな態度で接していたのか、俄然気になってきた。
「んで、俺が素直に名乗ったら、あの子は自分の名前を言ってきたんだ」
「ほう?何て名前だ」
それは少し意外だ、ナツナの知っている精霊は素直に自分の名前を話すような奴ではなかった。
「さくら……桜って言っていた」
「桜、そのまんまだな」
桜の木に住み着いてる。いや桜の木の精霊、名前は桜だったのか。
「だな、そのあとはまぁほとんど覚えてないな、中身のない会話だったんだろう。すまんね面白味も、オチもなくて」
「いや、いい話だったよ、他人の恋の話なんてそう聞けるものじゃない」
マサキからもらった情報は精霊と会話するのに十分役立ちそうだ。
「そういやそんな話だったな、そろそろ夕飯作るか、手伝ってくれよ?」
「そりゃもう、ただで居座るほど図太くない」
出来上がったのは山菜の味噌汁に、山菜のてんぷら、ほかにも山菜、山菜、山菜。
「作ってる時に薄々勘づいてはいたが、秋には絶対食えないものばかり」
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ。いわゆる春の七草が目の前にある。他にもタケノコやコシアブラ、ツクシまで。
「それに、随分と豪勢だな。なんかいいことあったか?」
「いや、冗談みたいな量を独り占めできるもんで、気づいたら取りすぎててな、処理に困ってたんだよ」
「そりゃ、この山を独り占め出来るんなら、贅沢なんかし放題か」
「なーんか嫌な言い方だな、おい」
言いながら、マサキは楽しそうに笑っていた。
確かに、食材に困ることは無いだろうが、人との関わりは一切無くなったようなものだ。マサキは孤独に2ヶ月を過ごしていたのだ。
とりあえず、囲炉裏の周りに並べられたお膳の前に座る。
「なぁ、調査ってどうするんだ?一言で忌剥って言っても全く聞いた事のない職だし」
「ん?あぁやること自体は簡単さ、まずは山神の生死を確認して、生きているなら連れ戻す。死んでるなら山神の代わりを見つける。これは言うのもやるのも簡単だ」
「山神ってそんな簡単に見つかるのか、俺は一度も見たことないのに……」
「そりゃな、忌のほとんどは通常の人間には見えないもんだ」
むしろ、目に見えてしまう物の方がタチが悪い。
あれは見えているのではなく、見せているのだ。しかも明確な悪意を持って。
「ん?」
「?どうし」
何か、何か引っかかる。ナツナはここ十分程の話をいくつか反芻する。
マサキは言っていた、二十年前に見えた精霊のことを、もっとも精霊としてではなく、人間として認識していたが。だがその事は今は重要じゃない、重要なのは視認出来ていたことだ。
「お前、二十年前のやつ!」
「えなんだ急にでかい声だすなって、金髪の子のことか?」
「そうだ、お前見えてたんだな?」
「当たり前だろ、もう食っていいか?お前も遠慮せず食えよ、手伝ってくれたし」
これは、まずいかもしれない。意外な形で今回の問題が解決するかもしれない。その実感に、空腹に軋んでいた体が僅かに引き締まるのを感じる。
こうしてはいられない、すぐにでもあの精霊のところに行かなければ、桜の木の元へ行かなければ。
そこからは早かった、脱いだ上着を羽織ると囲炉裏の前から立ち上がる。
「あ、おい!どこいくんだよ!」
家の引き戸が、外れるんじゃないかと思うほど、ガラッと全力で開けると、真っ暗闇の山に駆け出した。その後ろからマサキが顔を出して、「飯はどうすんだよ!俺食えねぇぞ!」と叫ぶ。
「悪い、山に行ってくる!後で絶対に食べるから!」
マサキには悪いが、今は確認しないと休まらないことがあるのだ。そう、色々と確かめたいのだが、ナツナは重要なことを思い出した。
「あと……仕事道具、山頂に置き忘れてるしな」
仕事道具の入った箱を、山頂に置き去りにしていることに。
カワキの病 カワキノヤマイ
切った爪を火にくべるとこの病にかかると聞く。
曰く、いくら食べても腹が空くそうな。
忌ではあるが、剥ぐ方法は未だに不明だ。




