表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忌剥  作者: 工場長
5/12

イワズノトリ(不言鳥)


主様(ぬしさま)はとても優しい方だ。ただの桜だった私にこのような姿形(すがたかたち)を与えて下さり、それからもよく可愛がってくれた」


 精霊は昨日今日に起こった出来事のようにポツポツと語り始めた。


「あの方は桜の私をとても気に入ったようで、度々根元に腰掛け、私と他愛ない話をしてくださった、とても楽しそうに話すあの方を見て、私も心が安らいだ」


 精霊は桜の根元、恐らく山神がよく腰掛けていた場所だろう。そこを愛おしそうに眺めながら話は続いていく。


「毎日、毎日……山で見てきた全てを話し尽くすかのように」


 だが、それも長くは続かなく。精霊の視線は木の根元から外れ、ナツナに向く。

 真正面から見える不気味な雑面(ぞうめん)。その奥にある精霊の瞳が(わず)かに(うる)んでいるように思えて。今度はナツナが精霊から視線を外してしまった。そういうのは嫌いだ。

 咄嗟(とっさ)に視線を向けた先にあったのは、桜の花。季節外れだが、とても美しい。この山の神ですら愛したほどの美しさ。


「彼女もこの桜を見たんだろうな」


 精霊はまだ何か語り始めそうな雰囲気だったが、泣き出しそうな感じがしたので、こちらから話を振ってみる。


「……?」


 精霊は分からないと言った顔をしてナツナの視線を追った。

 その瞳に映るのは、純白に、淡い桃色が走った5枚の花びら。


「山神のことだよ。羨ましいなぁ、こんな綺麗なのを独り占めできるなんてさ、俺には無理だ」

「待て」

「なんだよ、照れてんのか?」


 ナツナは茶化したが、精霊は何やら言いたげな、疑問を抱いたような感じだ。


「主様は、男だったぞ?」

「は?」


 思いもよらぬ精霊からの回答に、ナツナは素っ頓狂な声を上げた。




 山神は原則として「女性神」いわゆる女神だ。

 ナツナは忌剥(いみはぎ)として活動する際の学習で、山神に関する文献(ぶんけん)伝承(でんしょう)、果ては民話(みんわ)まで。あらゆる面での研究結果に目を通した。

 結果はどれを見ても女神。男性神は確認できなかった。それはこの山も同じだった。

 事実、九十年ほど前に女性の山神として、忌剥に観測されているとの情報をナツナは事前に持っていた。

 山神の世代交代を(かんが)みても、あと三百年は当時観測された山神がいるはず。


「ほんとに男性神だったのか?」

「あ、あぁ。実際に服を脱いでもらったわけじゃないが、少なくとも見た目は男だったぞ!」

「なに赤くなってんだ」


 ナツナの指摘に、面の上から顔を手で覆って「なぁっ、見えてないだろう?!」と言っていたが、残念ながら顔は隠せても真っ赤になった耳までは隠せていない。

 だがそれが真実ならば、世代交代が行われたということだ。三百年も早く。

 もしくは

(いみ)、ねぇ」

 忌かもしれないなと、ナツナは精霊が山神と呼ぶ存在に、忌の気を感じていた。

「なにか言ったか?」

「いや、なんでも、聞きたいことは聞けたし、そろそろ失礼させてもらうからな」


 しかし、どうしたものか。新しい山神であるならば全く問題はない。山の状態は少し問題だが山神がいるのならどうにかなる。

 だが問題は、正体が山神と(かた)っているものだった場合だ。もしそうならこの山全体がいずれは力尽き。不毛(ふもう)の土地になってしまう。山は枯れ果てて、水源は死んでいく。山崩れなんかの災害も起こるだろう。

 そうなれば周辺の人里(ひとざと)にも影響する。おそらく千に届くほどの人命が失われるだろう。

 物見遊山(ものみゆさん)で踏み入ったナツナだが、これはさすがに予想すらしていなかった。


「で?お前はどうするんだ?」

「まぁ人里に行って調査するよ、少々興味が出てきたからな」

「ふん、好きにしろ、どれ確か人里を探しているみたいだったな」


 精霊は「ほれ」と指をさす。その先はこの山の谷のほうだった。


「向こうだ」

「お前は?山神をここで待つのか?」

「決まっているだろう、そもそも私はこの桜だ、そう簡単に動けはせん」

「さすが、精霊の(かがみ)

「馬鹿にしてるだろう!」

「するかよ、そうだ最後に」


 あることを思い出したナツナは精霊の方を向く。


「なんだ?」

「名前は?」

「……下劣(げれつ)な人間に教える名などない」

「下劣な人間、ねぇ……なるほ、ど」


 やはり、多少親切にはしてくれるが人間は嫌っているようだ、人間は。


「じゃあ……面霊気(めんれいき)だな、じゃあな面霊気」

「面霊気?……やっぱり馬鹿にしているな!?」


 と、それからもなにやら怒鳴(どな)る声が後ろの方から聞こえたが、ありがたく無視して谷へとナツナは歩みを進めた。

不言鳥 イワズノトリ

南方のある地域では、雉のことを不言鳥と言って、決してキジとは呼ばなかった。

つまりはいわゆる忌詞で、これはその地域の土着神として神格を得た人間が、雉の羽を矧いだ矢にて射殺されたからだそうだ。

ゆえにこの地域にキジは生息しておらず、またその名を言っただけで腹がせいてしまうのだという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ