メイシ(目石)
ナツナは山を出る途中で、一つの灯りを見つけた。人の作り出した、ロウソクや、提灯に似た淡い灯り。この山に人間は一人しかいない。マサキだ。
ナツナは、灯りを頼りに真っ暗闇を一直線に進み、マサキに声を掛けようとしたが、先にマサキの方がこちらに気がついた。どうやら、枝を踏み折る音が注意を引いたようだ。草木をかけ分けてこちらへと歩み寄ってきた。
「ったく、どんだけ奥まで行ってんだよ、だいぶ探したぞ」
早々に文句が飛んでくる。見れば、マサキの額には汗がかなり浮かんでおり、着物の裾は酷く汚れていた。随分と荒っぽい道を辿ってきたようだ。
「悪い、野暮用でな」
「こんな時間にか?明日でも良かったんじゃないか」
「気になったら、解決しないと気が済まないんだよ」
実際のところ、問題は全く解決はしていない。
あの後ナツナは、桜が泣き止むまでその場で見守ってやり、それからいくつか一緒に解決策を考えてみたが、進展は無し。
「感情的になったのは久しぶりだから、力の制御がしにくい」と、桜は何故かナツナのことを睨みながら言ってきた。力の制御が上手く出来ないと、あの黒いモヤが面倒事を起こすのは明白だったので、今日のところは互いに休むことにしたのだ。
そして今に至る。
「お前、無茶苦茶するなぁ」
「そっくりそのままお返しするよ」
灯り一つで真夜中の山に入ってくるマサキも、相当無茶だと思う。
「もう腹減ったし帰ろう」
「誰のせいでこうなったと思ってんだよ」
「悪い」
「おせぇよ」
まるで、昔からの友人のように軽口を叩きながら、二人で山を下っていく。
本当に、マサキに山神が宿っているのだろうか。
ふと疑問に思ってしまう。こうやって間近に見ても気配や、力は感じられない。やはりそれだけ山神が弱っているということだろうか。
「んだよ、そんなじろじろ見て」
急にそんなことを言ってくる。少しばかり視線を向けすぎたようだ。
「ん?あーいや、結構美人だったなぁって」
ナツナは、とりあえず適当に誤魔化しておくことにした。
「誰が?」
「お前の初恋の女」
「は?」
全く予想していなかった言葉に、飛び上がるかのような声をあげる。
「えなに、会ったのか?マジで?」
「嘘ついてどうすんだよ、マジにこれまで見てきた中で一番って言えるくらい美人だったぞ」
「マジかー」
「……信じるのか?」
嘘を言っている訳では無い、ただ普通の人間は信じないだろう。さっき聞いたばかりの、二十年前にお前が出会った初恋の相手に会ったぞ、なんて言われても。
「いや、お前がそう言うってことはそうなんだろ」
まだ数時間しか話していない相手に対して、これだけの信頼を置けるのは少し無用心にも思えるが、それがマサキを良い奴たらしめる一つの要因なのかもしれない。
もしかすると、山神もこういう一面に惹かれ、依代にしたのかもしれない。
「お前は嫌なやつだ」
「なんでそうなるんだよ」
「良い奴すぎる」
そう言うとマサキは面食らったような顔をして、
「なんだそりゃ」
と、笑いながら言い放った。
対して、ナツナはというと、正直かなり厄介な状況にいた。
問題が何一つ片付いていない。山神の件、それに追加で桜の件と問題は増えた。
後者に関してはまだ余裕はありそうだが、前者は余裕がない。山神に関しての手がかりはいくつか見つけたが、上手くいくかどうかは別だ。
どうにかして、マサキの中にいる山神を叩き起さなければならない。
「……腹減った」
面倒事は置いておいて、とにかく今は体を休めよう、心からそう思えた。
「だな」
ただの独り言だったのだが、マサキが応える。
ふらっと立ち寄っただけなのに、本当に厄介なことになってしまった。
「難しそうな顔してんなー、どうせ何も解決してねぇんだろ」
「おっしゃる通りで」
どうやら顔に出ていたようで、そこをマサキに突かれてしまう。
「……あのさ、なんか変わったか?」
突然足を止めて、マサキがそう聞いてきた。
まぁ色々なことがあったが、劇的な変化は自覚していなかった。
「なにがだよ」
「なんか流れ出てる気配が変だ」
「失敬な奴だな」
「良いやつとか、嫌な奴とか、お前のなかで俺の評価どうなってんのよ」
まぁ気のせいかと言って、再び歩き出す。
「で、これからどうすんの?」
「まぁ、同じことの繰り返しだな」
「解決するまでか?」
「だろうなぁ……」
時間はあまりないが、焦ってうろついても仕方がない。昼にはあの面霊気、夜は桜に会いに行くしかないのだ。
「食料大量に採ってきて良かったよ」
マサキは、呆れ半分、嬉しさ半分といった感じでそう言った。
目石 メイシ
赤色の小さな石。山で見つけたこの色の石を、家に持って帰ってはいけないと聞く。
なぜならそれは神の所有物であり、みだりに持ち出そうものなら、即座にその目を潰されるからである。
剥ぐ方法としては、まず手放す。その後、忌剥を確実にするならば山に戻すのみである。
潰されるのは、視力を失うという概念的なものではなく。物理的に目が潰れてしまうので、潰れてからでは手の施しようがない。




