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忌剥  作者: 工場長
11/12

サカワラ(逆藁)

「……ふむ」


 桜は、ナツナの問いかけに考え込む。いやそれよりももっと難しいような、正確には思い出しているように見えた。

 それはつまり、桜にとって人間に戻りたいという考えは、思い出さなければならないほどの事であるのを意味していた。


「最初は……特に物心ついた時には普通になりたいと思ったな」


 そりゃそうだとナツナは思った。迫害(はくがい)を受けた村の人間というモノの中には、恐らく自らの家族も入っていたはずだ。

 山の中にある集落、その閉鎖性(へいさせい)と物事の伝達速度は恐ろしいものだ。

 人々がそれらを作り出し、自らが作り出すものに人々は怯える。

 その怯えの前には家族愛など、芥子粒(けしつぶ)にも劣るだろう。

 結果、迫害や差別という形で目の前に現れる。桜は物心ついたとき、それを一身(いっしん)に受けてしまったのだろう。そして今の彼女が出来上がった。(あきら)めと自嘲(じちょう)(まと)った、まるで焼け焦げたかのような痛々しい態度。

 だが不思議と、トゲトゲしさは感じなかった。落ち着いた、静けさがあった。

 どこか危うささえ感じるそれが、ナツナを余計に不快にさせる。生きている人間にしては静かすぎるのだ。


「まともに生きることさえ許されなかった、昼か夜かもわからない真っ暗な(くら)に閉じ込められ、食べ物を食べることも、(よご)れた体を拭くことも許されない。涙の意味すら分からない子供の頃から、ずっと」

「なんてことを……」


 そんな残酷なことを、幼い子供に強いるなんて尋常(じんじょう)ではない。人間の、恐ろしい部分だけしか感じることの出来ない暮らしとは、一体、子供にとってどれほど苦痛だったのだろうか。


「それも仕方のないことかもしれない、私はお前さんの言う通り忌だったからな、その時でも枯れた花くらいなら(よみがえ)らせることが出来てしまった」


 望んでいない力によって、周りから向けられる奇異(きい)の視線、対応。

 桜が無意識的にできてしまうことが、周りの人間にはできない。理解もできない。


「そして、そんな生活をしていても私は死ななかった、私の持つ力が、全て私の望まない方に向いてしまっていた」

「不死者……か」


 別に不思議なことでは無い、山神の力は山の力であり、山の力とは生命力だ。そういうものが桜の体の中に、想像もできないほど巡っている。

 人間の基準では、簡単に死ねないだろう。ナツナがそう考えつくのに、さほど時間はかからなかった。


「そう……(うえ)えようが、()られようが、()されようが、焼かれようが、私は結局生きていた」

「それは……(つら)いな」


 不死を求める者にとって、この苦しみは理解できないだろう。

 死にたくても死ねない。陳腐(ちんぷ)な言葉だが、実際にその立場に立ってみると、絶望しかない。

 崖から突き落とされても、地面が全く近づいてこないような感覚。地面は近づいてこないが、明確な不安や恐怖、痛みが常に体へと、風のごとく吹き付けてくるのだ。

 そして願う、地面はまだかと。絶対に近づいてこないそれを求めるようになる。それが不死というものだ。死ねないということだ。


「……お前はやったことがあるか?」

「え?」

「飢えをしのぐために、自分の手足の肉を、自分の歯で骨から削ぎ落とすようなことを」


 不幸自慢には聞こえなかった、ただ桜にとっての日常を語った。異常な日常を。


「……俺はまだないな」


 桜の苦しみや痛みに共感することはできない、だがナツナも全くの無知では無い。その苦痛がどれほどのものかは知っていた。


「経験することがないようにするんだな、気持ちのいいものでは無い」

「だろうな、気をつけるよ」

「……すまない、誰かと話すのは久しくてね、愚痴ばかり出てしまう」

「いや、貴重な話だったよ」


 実際、資料に載ってないことをいくつも知ることが出来た。


「私の(いみ)は、剥げそうかい?」


 桜が幸薄そうな微笑みを向け、ナツナに問う。そこに期待は宿っていなかった。


「それは……」


 それに対してできると言いたいのだが、その一言がすらりと出てこなかった。桜の苦痛を知るナツナにとって、その言葉の持つ意味と責任が大きすぎたからだ。


「……変な期待をさせたくない」


 行き着いたのが、そういう曖昧(あいまい)な返答。

 どん(ぞこ)にいる者にとって、中途半端な希望を持たせるほど残酷なことは無い。代わりにナツナは、何一つ桜に希望を与えられなかった。

 これ程の無力感は久しぶりだった。目の前にいる者を、自分と似た苦しみを持つ者を救うことが出来ないなんて。

 あまりの無力感に、ナツナは歯を思いっきり食いしばった。

 諦めを抱いてしまった自分の目を覚まさせるために、(いまし)めるために。

 忌を前にして、忌剥(いみはぎ)が諦めるわけにはいかないのだ。


「やはり、無理だろうな」

「いや、やらせてくれ。約束する、絶対にお前を人間にしてみせる」

「いや別にいいさ、この暮らしももう二十年だ、ほとんどの時を忌として暮らした私にとってはこっちの方が」

「嘘つくなよ、ほんとにいいのか?」


 ナツナは静かに、だが確信を持って桜の言っていることは嘘であると突きつけた。


「あぁ……本心からそう言っている」

「……」

「……」


 ナツナはただ桜の目を見つめた、(はた)から見れば(にら)みつけているように見えるかもしない。

 そうして二人の間に沈黙が(おとず)れた。

 ぶわっと風が吹き抜け、木々がざわつく音が広場に響き渡る。

 ナツナと桜の意地の我慢対決。決して弱い相手では無い、相手は二十年間も諦めて我慢してきた、神様気取りだ。

 どちらも負けるわけにはいかなかった。負ければこれまでの自分を否定してしまうから。

 完全に拮抗(きっこう)し、膠着(こうちゃく)した戦いの勝者は、ナツナだった。


「……ほんとか?」


 桜にとっては、ほんの少しの(ほころ)びだったと思う。耐えようと思えば耐えられたはずだ。それでも、(わず)かにささくれ立った綻びは広がっていって、


「ほんとに私は、人間になれるのか?」


 涙と、弱音が溢れ出す。

 口をついて出てしまった弱音と、無自覚的に流れ出る涙に、感情に、体が追いついておらず、桜の顔は無表情に近しいものだったが。何故か、それが()き物が取れたように見えた。

逆藁 サカワラ


藁を逆さにして屋を葺くこと。これは神の仮宿にむしろ多く見られる。

これを忌とするのは神の誤認を防ぐためや、要らぬ祟りを防ぐためでもある

極々少数ではあるが、忌がすべて凶礼とは限らない。

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