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忌剥  作者: 工場長
10/12

イキバナ(生き花)

サブタイトルの名前。

毎回、カタカナが先か、漢字が先かを確認してる気がする。


「どうだ、驚いたか」

「だからくれてやったろ。で、何に使う?」

「なにに使うと思う?」


 試験管の中身は高濃度の山神の力。まだ何も調査してないが、あれ一本で色々なことができそうだ。

 例えば、枯れ木に花を咲かせたり、とか。


「さぁ?俺が思いつくようなことじゃないのは確かだろ」

「つまらんヤツめ……これはな、山神の力が液体になったものだ、それはわかるか?」

「まぁ、職業柄(しょくぎょうがら)そういうものだろうとは思っていたが」

「さすが……」


 言いながら、ぽんっと気の抜けた音を立てて、桜は試験管の栓を抜いた。

 しばらくすると、あの甘ったるい匂いが(ただよ)ってくる。


「……んっ」

「あ、おい」


 傾けられた試験管の中身が、桜の口の中へと消えていく。

 飲んだのだ。


「どうなっても知らんぞ」

「大丈夫だ、これは私に必要なものなんだよ」

「なんでだ」

「これを抑えておくため」


 桜は自分の後ろを指さす。そこには先ほど、桜の身を守った黒いモヤが漂っていた。今は特に襲ってくるようには見えない。


「この子は夜間(やかん)に力が強くなって、こういう姿になってしまう」

「こういう姿になってしまうって……もしかしてそれは」

「あぁ、私の可愛い娘だよ。夜間のこの子はかなりタチの悪い力を持っててね、私の神騙(かみかた)りとしての力と山神の力を使わないと、どうにも出来ないんだ」


 流石、神騙りの娘。あの幼さでそれほどとは、末恐(すえおそ)ろしい話だ。


「ちなみに、父親についてだが、聞いてもいいか?」

「あぁ、それは山神だ」

「……」

「でまぁ、この子を抑えておくために、夜間は染み出ていた山神の力を全て吸っているわけでな、少量でも持ち出されると困るんだよ」

「ちょっと待て、今さらっとすごいこと言っただろ」


 桜はなんでもないように話を続けたが、父親が山神だと言った。そして桜は娘だと言った。


「お前らみたいな忌が、山神と(つがい)を作るのか?」

「当たり前だろう、お前らとさして変わりはせんのだからな」

「嘘だろ……それで山神はどこにいる、何故お前たちを放置している」


 これが問題だ、そしてこの問題の答えを桜は知っているはずだ、何せ自分の娘の父親なのだから。


「お前は神騙りがどういう状況で発生するか、知っているか?」

「……山神の世代交代の時に現れ、後に山神の代行をすると資料では見た」

「半分は正解だな」

「もう半分はハズレだと?」


 桜はナツナに目を合わせたまま小さく頷いた。


「正確には世代交代の時に現れるのでは無い、世代交代によって産まれるのだ」

「俺には同じように聞こえるがね」

「……お前は世代交代を果たした山神はどうなると思う?」


 それを言われたナツナはハッとした。不思議なことに、考えたこともなかったのだ。資料でも書いているのを見た事がない。山神の、その終わりなど聞いたこともなかった。

 何故だろうか、重要なことのはずだ。ナツナでなくとも、誰か一人くらいは疑問に思ってもおかしくないのに。

 誰も、ナツナも。今目の前にいる桜に言われるまで、考えたことがなかったのだ。


「……考えたこともなかったな」


 桜は、ナツナの答えを知っていたかのように『だろうな』、と言ってその訳を口にする。


「晴れて世代交代を果たした山神は、山神としての役目を終える、そして……徐々に体が溶けていく」

「っ?!」

「体が溶けて、流れて……存在が薄れていく、消えていく」


 そういうことか。存在が薄れていく、それはつまり、人々から忘れられていくということだ。それも瞬時に忘れるわけではなく、本当に忘れていくように、記憶から少しずつ、少しずつ溶け出ていく。


「その過程で産まれるのが、これだ」

「それが……」


 桜は、飲み干して(から)になった試験管を左右に振る。

 あの金色の液体の正体、それこそがナツナが今日一日探し回ったもの。


「山神の力、正確には山神そのもの」

「だとすると、もう山神は世代交代を果たしたのか?」

「それは違う」

「なら何故」


 今の桜の話を聞けば、そうだと考えるのが普通だし、そうなっていなければあの液体は発生しないはずだ。


「死ぬ寸前からこの現象は始まるのさ、そもそも世代交代をするのは、山神の余命がもうほとんどないからだしな」

「じゃあ、山神はもういないのか」

「まぁ、残りカスみたいなものだ、山の管理が出来ないほどに弱ってしまっている」

「……」

「世代交代、も難しいな、今の彼は依代(よりしろ)に宿って眠ってしまっていてね」


 困った、心底困ってしまう。この事態を(おさ)めるのには山神の存在は不可欠。

 神格のある者もいない、いてもその()が壊れてしまっている。

 どうしようもない、詰みだな。だからといって諦めるには犠牲が多すぎる。困った困った。


「して依代とは?」

「お前、私の正体を知っていたということは、マサキに会ったのだろう?」


 マサキには、多少誤差はあったものの、様々な手がかりを教えてもらった。

 木の上にいた少女の名前が桜であること、そして桜が神騙りという面倒な忌かもしれないということ。

 マサキに会っていなければ、手がかりを貰っていなければ。ナツナは明日から山の中を、ぐるぐると歩き回る羽目になっていたはずだ。


「あぁ、お前が桜という名前だということも聞いた」

「……そうか」

「まさか、マサキが依代なのか?」

「そうだよ、彼の中には山神が宿っている」

「起こすことはできないのか?」

「無理だ、どうしようもない事だよ、これに関しては。……さて話を戻そうか、神騙りが世代交代によってなぜ生まれるのか」


 そういえば、元はそういう話から展開されていったような気がする。正直それ以降の話が、ナツナにとって衝撃的すぎて忘れていた。


「溶けて液体となってしまった古い山神は、新たな山神に吸収されていき、その一部となる。が、ごくごく少量はそのまま山を流れていき、いずれは海までたどり着く」

「……」

「まぁ実際は、周辺の大地に染み込んでいくんだが、問題なのはその染み込んだ力の行き先だ」

「染み込んだ力……」

「染み込んで、山の草木がそれを吸って、木の実や山菜になり、人が食べる」

「……あぁ、そういう」


 山から海へ、そして雨となり山へ。力は自然に循環していく。だが、その道理から外れた多くの力は、人々……特に山の近くの人間に溜まっていくと考えれば、この話の答えが見えてくる。

 何故神騙りが生まれるのか、それはどこからやってくるのか。

 ナツナはほとんど分かりきった答えを、桜の口から聞くことにした。


「力は人に蓄積していく、少量ずつだが確実に。そしてその力は子供に受け継がれ、また蓄積していく……それを何度も何度も繰り返し、繰り返していく」

「結果、山神の力が多く蓄えられた人間が、神騙りになる、か?」

「その通りだ、付け加えるなら、神騙りに変異するのに必要な力を蓄える時間と、山神の寿命がちょうど同じくらいということくらいか」


 なるほど、だから山神の世代交代の時に発生するのか。


「そして神騙りとして生まれ落ちてしまった私は、村の人間から迫害を受け、今に至る。という訳だ」


 まるで他人のことを語るような、自嘲と諦めの混じった声。不快な話し方だとナツナは思った。

 決して、桜に対する不快感ではない。桜がこういう、諦めたことと割り切ることしかできない状況に対する不快感だ。


「人間に戻る……なりたいとは思わなかったのか?」


 迫害を受けたと言うからには、相当厳しい環境だったに違いない。そうなれば馬鹿でも自分に宿った力を呪うだろう。

 こんな力要らなかった、人間として生まれたかった。そういった呪いの言葉や思いがいくつも溢れてくるはずだ。

 それでも桜は、忌として生きていくことに決めたのだ。いや、諦めてしまった。


「忌なら、まだ方法は見つかってないが剥ぐことだってできるはずだ」


 そう、今回は相手の正体を見誤り、『剥ぐ』ことではなく、『払う』ことを優先してしまったが。本来、忌剥とは、文字通り忌を剥ぎ、取り除くことを主としているのだ。

 あくまでも払うのは最終手段、悪手(あくしゅ)邪道(じゃどう)と言ってもいい。

 神騙りを剥ぐ方法は見つかってないが、忌である以上方法はあるはず、そしてそれを見つけるのも忌剥の仕事だ。

 だから先ほどの桜の話し方には不快感を感じたのだ。焦りや歯がゆさ、手の届く場所にあるのに何もできないような無力感。そういう様々な感情が、不快感としてナツナに覆いかぶさっていた。

 

生き花 イキバナ

生花を簪にすると、寿命が縮むと聞く。

これは自然の花の枝を手折り、髪に挿す者が尋常家庭の生活をしていない女性であったことの名残らしい。

また、自然の花は女神が転化したもので、手折ることで神の祟りに触れてしまった、という言い伝えもある。

忌まるる行為であり、様々な忌を刺激しかねないので、造花の簪を利用する方が良い。

生花は活かすのではなく、生かさなければならない。

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