プロローグ
いきなりの新作。
偉歴千九百年九月。
男は鬱蒼とした森を切り開くように歩き続ける。
男の名前はナツナ。彼はそこいらで拾った棒切れを振り回しながら山を進んでいた。
昨日まで世話になっていた宿を発ったとき、まだ空は暁闇に染まっていた。少しだけ肌寒いような、心地のいい僅かな風が彼の脇を吹き抜け、頬を撫でる。
彼は大勢の人に見送りをされるのだとか、自分のために行われる大層な行事的なものがあまり好きではなかった。なので旅立つ日付を宿の者には伝えず、準備も昨夜のうちに済ませていた。
「立つ鳥跡を濁さず••••••少し違うか」
そんな独り言を玄関先で呟く。だが、そうでもなかったようで、彼の真後ろにある戸の内側から草履を擦らせる音が聞こえた。どうやら誰か起きてきたみたいだ。
ガラッと音を立てて戸が開く。開いた戸から出てきたのは宿の主、道柳だった。ここでは何度も見た顔の男である。
道柳はこんな早朝なのにナツナの動きを察したのだろう、眠そうな顔をさせながらも、わざわざ見送りにきたのだ。
「見送りもさせないとは、薄情な奴だな。お前は」
「まぁ、朝っぱらから騒がしいのは苦手なんでな」
「そうかい。にしてもいい朝だな」
そう言って彼はナツナの横を通り過ぎて行き、大きく背を伸ばした。
「そうだな」
「たまには早起きしてみるもんだっ、と••••••で?次はどこへ行くんだ?」
「特に決めては無い、元々ブラブラ旅をしながら仕事してる根無し草だ」
「なるほど、な。それが忌剥のやり方ってわけか」
懐からタバコを取り出すと、道柳はそれを口にくわえた。
忌剥。ナツナが生業としているものの名前だ。
「しまった、火をくれ。••••••ふぅー、悪いな」
指先から火種を出してやると、道柳は続きを話し始めた。
「忌ねぇ、そんなもんがブラブラしながらでも見つかるとは、俺は生まれてから三十三年になるが一度しか見た事がないね」
「それはあんたが鈍感なだけだよ、案外そこら辺に転がってるもんだ。それと、タバコは勘弁してくれよ。せっかくの空気が台無しだ」
「おっさんから娯楽を奪うもんじゃねぇよ」
忌剥とは、文字通り忌を剥ぐこと。
そして忌とは古くからこの地に伝わる良くないもの、不吉なものの総称だ。時には悪魔、時には妖怪、時には祟りなんて呼ばれ方もしていた。
「それじゃあそろそろ行くよ」
「••••••おう」
そう言うと仕事道具の入った箱の肩紐に腕を通し、ナツナは話を切りあげる。そして前の方で気持ちよさそうにタバコを吹かしていた道柳の傍をすり抜け、門塀へと一直線に向かった。
そのまま出ていこうと歩みを進めていたが、二週間ほど世話になった宿を発つと思うと、感傷にも似た感情が湧き上がってしまって。いつの間にかナツナは立ち止まり、道柳の方へ振り返っていた。
「どうしたよ」
道柳は口にくわえていたタバコを指でつまみ取ると、どうしたのかと問うてきた。
「••••••いや、なんでもない。もう忌まれるんじゃねぇぞ」
道柳もまた忌に取りつかれていた者の一人だった。彼は少々厄介な忌に憑かれており、時間をかけてゆっくりと忌剥を行って、先日ようやく忌の気配がなくなったのだ。
「大丈夫だ、やり方は覚えた」
「忌剥は忌によってやり方を変えるからな、過信しすぎん事だ」
忌剥は呪い的なやり方から、忌そのものを物理的に叩き潰すやり方まで様々にある。そのうちのたったひとつを知ったからと言って、忌の全てを剥ぐことが出来る訳では無い。
道柳もそれを承知しているだろう、つまりはただの冗談だ。
「ほれ、さっさと行ってこい」
「まぁ、ぼちぼち行くよ」
道柳の冗談のおかげだろうか、心持ちが少しだけ軽くなった。歩みも進めることが出来た。
なんてことは無い、生きている限り戻ってこられるのだ、難しくは無い。たとえ山を、谷を、川をいくつ越えようとそこにある限りは戻ってこられる。
次は噂になっている山にでも行ってみようか、ここからそう遠くない場所だ。
なんの報告もなく、いきなり新作を放り出してしまい申し訳ありません。
うさ耳娘の方もちゃんと書いているのですが、なかなか納得のいく文章が書けず、投稿できるレベルには至っていません。そのうち出るかと思います。
さて、忌についてですが、これは本当に百年ほど前の日本に根付いていた文化というか、風習です。
一種の差別的なものに近しい存在で、そういった話題へ僕のような若輩が手を出していいものか迷ったのですが。こういったことに一度目を向けてみる機会にでもなればなぁと考えております。
面白ければ今後の励みになりますので評価の方をお願いします。
低評価でもいいんですよ。どこが悪かったか教えてくだされば、もっといいです。




