ごめんな
ドンドン、ドンドンドン——
扉が勢いよく叩かれる音で目が覚める。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。壁にもたれかかっている状態で体は動かない。
扉を叩く音が速くなる。そんな速くなる音に呼応するかのように鼓動も速くなる。
「終わったな。腹を括るしかないか。ごめんなフタバ 、こんな僕のせいで。いや、こんなことを言う資格もないか……」
尚響いてる扉を叩く衝撃。まるで終わりを告げるカウントダウンのようだ。僕は持っていた銃を自分のこめかみに当てた。
ガチャン、と勢いよくドアが開く。
「やっぱり、思った通り……」
フタバは息を切らしながら言う。
「やっぱり、私のせいだよね。私がいたからこんなことになっちゃったんだよね」
フタバの予感は嫌な程よく当たる。それも悲しいほど正確に。何度この特技に精神を蝕まれたことだろう。その度に死ぬことを考えた。
しかし、今日まで生きてこられたのは彼のおかげだ。
「いつも私ばっかり助けられて。一回くらい私にもかっこつけさせてよ」
現状は残酷に伝える。頭では理解するのを拒んでも意味がないくらいに。フタバはいつの間にかその場に膝から崩れ落ちてしまっていた。全身に力が入らない。
ふと浮かぶ、彼と初めて出会ったときのこと。
「君は言うなれば赤鼻のトナカイだ。自分が嫌だと思っていてもそれで助かる誰かがいる。そのことを君がまだ知らないだけで。君の嫌な予感の未来は変えられないかもしれない。でも結末は変えられる。僕はそう信じてるし僕が絶対にそうする」
そう言った彼は変なこと言っちゃたなと少し恥ずかしそうに笑った。
彼とフタバが出会ったのは一年前。それからフタバの世界は拡がった。この一年はフタバにとって今までと比べものにならないくらい早かった。
——そうだ。私はちゃんと笑えるようになっただろうか。泣き虫だったあの頃から変われただろうか。私がこんな風になれたのは大好きなあなたのおかげだと笑顔で伝えたい。 しかし、どう訴えてもどう頑張っても大好きな彼からの返答はこない。いつの間にか視界が滲んでしまっていた。ぼやけて見える彼の姿。嗚咽。否応なく突きつけられる。何度も何度も。
もう、糸は切れている、と。
固まりかけている血の海の中、見つける、残った唯一の光になった銃。しっかりと左手に握られている。これは彼が好んで使っていたリボルバー。弾丸を込めるときの感触が好きでずっと使っていると言っていた。
少し視界が戻ってきたフタバは近くではっきりと見てしまう。最終宣告をされる。
これは紛れもない事実である、と。
彼が握る銃に徐に手を伸ばす。冷たく紅くなっている。手元に視線を落とす。手に取った銃が紅いのか銃を取った手が紅いのかわからない。彼の物、彼の体を流れていたもの。胸元で握りしめると温かく感じる。まだ生きている。
それから、フタバは銃をこめかみに近づけた。彼と同じく左のこめかみに。
たくさんの恐怖とたくさんの希望。
「痛いのかな。やっぱり怖いな。そんなこと感じる暇もないのかな。ううん、待っててねカズマ」
指にゆっくりと力を込める。手が震えるから両手で抑え、引き金を引いた。
カチッカチッ——
弾は出ない。瞬間にフタバ体は硬直する。そして、脳内は黒い蟠りが包み込まれた。
カチッカチッ——
指だけは何度も引き金を引く。何度も何度も。しかし、軽い音だけがあたりに響く。やはり弾は入っていない。銃は手から零れる。
「バカ……なんでいなくなってもかっこいいの……あなたは何でも全部一人で……。いや違う。いつも私を置いていく。私も連れて行ってよ。今までのやさしさみたいなのは嘘だったの? ねえ、私のこの苦しみを終わらせてよ‼︎ ねえ‼︎」
瞬間、何か鋭い痛みがフタバの背中から巡る。それが何かを確認しないまま、なぜ起こったのかを考えないまま、彼の方へと倒れ込む。フタバの意思とは関係なく。
彼に触れられたからだろうか、彼と同じ体温に近づく感覚を幸福に感じる。今、フタバの心は暖かいだろう。もう目の前に彼はいないが。
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