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第二章  かくて戦姫は大望を抱く  その①



 今日も一日、なんとか生き延びることができた……。

 

 陽が沈み、かわって天空そらの主役に躍りでた星月を見るたびに、【彼】の胸には祈りにも似た感謝の思いがこみあがってくるのだ。

 

 そうはいっても、別に【彼】は人生の終幕が降りかけている老人でもなければ、不治の病をかかえて明日をしれぬ重病人でもなく、最近王国内で増加している亜大陸伝来のデウスなる神を崇めている【神教徒キリシタン】というわけでもない。この年まだ十七歳になったばかりの、英気あふれる若者なのである。

 

 ただそんな若さや元気も、半年ほど前からお仕えしている「困ったちゃん」な主君のおかげで、年齢とは裏腹に涸渇気味であることは否定できないところだが。


「さてと、そろそろ寝ようかな」

 

 まもなく未の後刻(午後九時)になろうかという時分。

 

 それまで城内にある自分の執務室で毎日義務づけている日記を書いていた【彼】は、疲労と睡魔を感じていたこともあったので、時間的には少々早いが就寝することにした。

 

 今日はめずらしく仕事も忙しくなかったし、こんな日くらいは早めに仕事を切りあげて就寝しても罰はあたるまいと【彼】は思う。


 なにしろ忙しいときは、あの女王にそれこそ「殺人的」と称するにたる、デタラメな量の仕事を押しつけられているのだから。

 

 それら諸々の理由から【彼】は愛用の羽根つきペンを机の抽斗にしまいこみ、執務室の奥に敷設されている寝所へと向かったのだが、その足はわずか十歩ほどで止まることとなった。

 

 突然、部屋に備えつけの呼び鈴の音が鼓膜を打ったのだ。


「……まさか?」

 

 チンチンと小うるさく鳴り続ける呼び鈴の音に、とっさに不吉なものを感じとった【彼】は眉をしかめずにいられなかった。

 

 一瞬、寝たフリを決めこんで無視しようという考えも脳裏をよぎったのだが、万が一にも訪問者があの女王ひとの使いであったら……。

 

 それを考えるとやはり無視を決めこむわけにもいかず、【彼】はしかたなしに踵を返して扉の前にまで歩を進め、誰何すいかの声を発した。


「こんな夜分に誰か?」


「私です、ランマル卿。フォロスにございます」


「なんだ、フォロスか」

 

 そう応じてから【彼】が扉を開けると、銀色の髪をもつ小柄な中年の男が部屋に入ってきた。

 

 城勤めの侍従官の一人で名をフォロスという。銀色の髪と眠たそうな細い目が印象的な男である。

 

 そのフォロスは三人ほどいる次席侍従官の一人で、早い話が【彼】の部下なのだが、そうはいっても年齢はすでに五十近い。


 ただ他の部下たちも皆、三十代や四十代の者が多く、とくだんフォロスだけが年配者というわけではない。十七歳という年齢で主席侍従官の地位にある【彼】のほうが若すぎるのだ。


「それで何の用だ、フォロス?」


「ランマル卿。陛下が至急の用件でお召しにございます。ただちに陛下の執務室にまでお越しくださいませ」

 

(ほら、やっぱりね)


 嫌な予感が的中して【彼】は内心でため息をつき、ことのついでにぼやいた。


 まったくあの女王様は、どこまでも僕をこき使わないと気が済まないらしいな、と。


「それで、陛下のご用件とは?」


「さて、私は使いを頼まれただけですので詳しいことは」


「わかった。仕度を整えてから行く」

 

 フォロスが一礼して下がると、【彼】は服を変えるためにふたたび寝所に向かった。

 

 それにしても【彼】が疑問だったのは、女王がこんな時間まで起きていていったいなにをしているのだろうかということだった。

 

 普段であれば「夜更かしは美容によくないのよ」とかいって、夕食後はよほどのことがないかぎり湯浴みを済ませたら、寝酒と称してワインを一本干してさっさと寝台ベッドに潜りこんでいる人なのだが……。

 

 ともかく呼び出された以上はグズグズしていられない。

 

 基本、気の短い為人の女王なので、理由もなく遅くなったら叱責では済まないことを身をもって知っているだけに、【彼】――ランマル・モーリーウッドは急いでガウンを脱ぐと、藍色を基調とした侍従官服に着替えて執務室を出ていった……。


 ランマル・モーリーウッドはこの年十七歳。この国――オ・ワーリ王国の女王フランソワーズ一世のもとで主席侍従官を務めている「少年」官吏である。

 

 主席侍従官とは、文字どおり五十人ほどいる城勤めの侍従官たちを統べる侍従官職のトップであり、城勤めの官吏の序列としては、侍従官長と女官長に次ぐ序列三位の地位にある。それほどの要職にランマルは今から半年前、わずか十七歳という年齢で女王によって抜擢されたのである。

 

 この人事が女王の口から告げられた当初。当然のことながら城の中は騒然となり、さまざまな憶測が人々の口から漏れた。

 

 いわく「子爵家の出身だからか?」「王立学院を二年で卒業した英才だからか?」「ひょっとして前国王のご落胤で女王の腹違いの弟なのか?」と、三度の飯より根拠のない噂話が好きな城内の雀たちは無責任に囁きあっていたのだが、結局のところ誰も本当の理由を知る者はいなかった。

 

 ただ彼が年齢やその柔弱そうな外見とは裏腹に、気力と体力、そしてなにより忍耐力に長けた【エリート】であることは疑いなかった。

 

 なにしろ早い者では、一週間とたたずに極度の過労と精神的重圧に精根尽き果ててしまうあの女王の側近職を、すでに半年も続けているのだから……

 

 そのランマルが城の最上階にある女王の執務室についたとき、数人の衛兵が彼の到来を待っていた。

 

 彼らの敬礼をうけて部屋の扉の前に立つと、ランマルは軽くいずまいを正し、声調を整えてからその扉を軽く叩いた。


「ランマルにございます、陛下。お召しにより参上いたしました」


「お入り」

  

 端的というよりはそっけない声が返ってきたので、ランマルは衛兵に扉を開けさせて執務室に足を踏み入れた。

 

 室内に入ると、ランマルは十歩と歩かぬうちに目的の人物を視界にとらえた。

 

 絵画、彫像、陶器品などの豪奢な調度品に彩られた部屋のほぼ中央。厚手の黒いローブに肢体を包んだ長身の女性が一人、一度に大人十人が座れるであろう大型のソファーに半分横になった姿勢で彼を待っていたのだ。

 

 ジパング人の女性としては極めてめずらしい、百八十セントメイルになんなんとする身長。白すぎるほど白い白皙の肌。溶かした黄金で染めあげたような金色の髪。色調の深い青玉石サファイア色の瞳。しゃくれ気味のあご。そして、小ぶりのスイカが丸ごと一個埋めこまれているかのような巨大な乳房の所有者であるこの女性こそ、ランマルの主君にしてオ・ワーリ王国の女王であるフランソワーズ一世であった。

 

 女王フランソワーズ一世はこの年二十歳になる。本名はフランソワーズ・マリアンヌ・ド・ウル・ウォダー一世という。


 先の国王オーギュスト十四世の長女として生まれ、本来であれば内親王として王権や玉座とは無縁の人生を歩むはずであったのだが、今から一年ほど前に生じた国史に残る大事件によって、誰にとって幸か不幸か十五代目のウォダー王家当主、そしてオ・ワーリ王国初の女王に就いたのである。

 

 部屋に入ったランマルは女王が座るソファーのもとまで歩を進めると、そこでうやうやしく一礼をほどこした。


「それで、ご用件は何でございましょうか、陛下?」


「とりあえず楽にしなさい。それと、飲み物はワインにする? それとも紅茶?」


「ありがとうございます。では紅茶を」

 

 そう答えてからランマルがソファーに腰をおろしたのとほぼ同時。


 一人の女官が隣の部屋からあらわれ、紅茶を持ってくるように命じられると、一礼してふたたび隣の部屋に消えていった。


 女官が去ったのをみからい、ランマルはフランソワーズに問うた。




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