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第七章  かくて戦姫は絆を断つ  その⑧




 すべてを失って没落した貴族たちの悲哀と、なにより自分の努力と苦労というものをすこしでも知ってもらいたかったからだが、しかし当のフランソワーズはというと、貴族の悲哀にも側近の苦労にもたいして感銘をうけた様子もなく、「胸が痛むわねえ」とか「大変だったわねえ」といった、なんとも空疎な一語であっさり片付けられてしまった。


 もっと言うべきことがあるんじゃないのと、ランマルは胸の中で噛みつかずにはいられなかったが、それでも抵抗した貴族たちを咎めることなく解放したことについては、「お前の判断を尊重するわ」と言ってくれたので、差し引きよしとするかとランマルは思った。


「それでランマル。貴族たちから没収した財産のことだけど、具体的にはどの程度になったのかしら?」


 これ問われることをあらかじめ予測していたランマルは、声調を整えてから応じた。


「はい。土地や建物、さらに絵画などの美術品の類をのぞいた没収財産の合計は、金貨換算にしましてざっと百万枚ほどになります」


 ランマルの報告に、フランソワーズは興がったように小さく口笛を吹き、


「ずいぶん貯めこんでいたものね」


「なにしろ諸侯だけでも二十人以上。その他の貴族や将軍クラスの騎士たちを含めますと、処罰の対象者は百人を超えましたから。それと同様に没収した彼らの領地ですが、こちらのほうはしめて三十領となります」


「すると、王家の直轄領はどのくらいになるのかしら?」


「没収した領地を加算しました天領の合計はちょうど五十領。これはオ・ワーリ国内全領地の六割を占めることになります」


「けっこう、けっこう」


 と、フランソワーズはますます上機嫌である。


 そりゃそうだろうとランマルも思う。今までは各地の領主から二割ほどが上納されていた年貢が、これからはまるまる王家のものになるのだ。先の没収した財産を含め、王家に転がりこんでくる財貨は莫大なものとなる。それこそ先の戦いで費やした戦費など「子供の駄賃」としか思えないほどの。


 だからであろう。紅茶を口にしつつフランソワーズはあいかわらずのニコニコ顔で、


「ま、私の化粧代になると思えば、彼らも没収されて本望でしょう」


 などと、都合のいいことをのたまう始末である。


 あいかわらずの気分屋ぶりに、ランマルは心の中で舌を出しつつも声にだしてはこう「ヨイショ」してみせた。


「おそれながら陛下の美貌の前には、化粧品などは無用ものと私には思えますが」


「ランマル。そういうことは面と向かって言うものではなくてよ」


 困った子ねえ。そう言いたげな口調でランマルをたしなめるフランソワーズであったが、本気でたしなめるつもりなどないことはランマルにはわかる。


 だって目もと口もとがユルユルじゃん、ユルユル!


「失礼いたしました。しかしながら陛下。財産もそうですが、領地まで完全に取り上げてしまいますと貴族らが困窮し、ひいては今後、自暴自棄に駆られて同様の事件を起こす懸念がありますが……」


「ほんと、胸が痛むわ」


 と、なんとも空々しい態で応じたフランソワーズはそのまま黙して考えこんだが、それもごく短時間のことだった。


「そうね……じゃあ一割だけ残してやりなさい。それで十分でしょう。一割だけでも庶民からしたらとんでもない大金なのだからね」


「かしこまりました。では、そのように手配いたします」


 先の「ヨイショ」が奏功したのかどうかはわからないが、とにかく寛大な処置にランマルは内心で安堵した。


 なにしろ当初の一厘から百倍の一割に増えたのだ。以前までの贅沢な暮らしはむろん望むべくもないが、すくなくとも日々の生活に困窮することはないはずだ。


 あとは女王への恨みつらみをいっさい忘れて忠誠を誓い、穏やかに国都で暮らしてくれることをランマルとしては祈るばかりである。


 貴族らへの仕置きに関する話が一段落したところで、ランマルは別の話題を口にした。


「ところで陛下。ダイトン将軍らの件なのですが……」


「ダイトン将軍? 連中のことなら今、国軍と憲兵隊を総動員して捜させているわよ。どうあがいたところでこの国からは逃げられっこないのに、ほんと愚かな連中よね」


 応じたフランソワーズの声には、隠しきれない不快と怒りの響きがあった。表情にいたっては絵に描いたような渋顔で、今の今まで面上にあった上機嫌の笑顔などどこかに吹き飛んでしまっている。


 そんなフランソワーズの態度に「ま、無理もないわな」と、ランマルは内心で首肯したものである。


 ランマルが国都を離れている間にも、アーセン城に立て籠もっていたダイトン将軍一党のほうにも動きがあった。


 当初からフランソワーズが言及していたとおり、籠城したものの一月と経たないうちに食糧と水が尽きて飢えかけていた将軍と部下たちは、座して死を待つくらいならと意を決したのだろう。籠城していたアーセン城に火を放ち、包囲する兵士らの注意が向いている隙に城から逃げだしたのである。


 一党の大半は城から逃げ出たところですぐに捕まえることができたが、肝心のダイトン将軍はわずかな部下とともにまんまと逃げおおせ、現在も行方知れずである。


 その日のうちに隣国へと続く山道や街道筋はすべて封鎖したため、フランソワーズの言うとおり早晩、国内のいずこかで捕縛されることは間違いないであろう。


 ほんと往生際の悪いおっさんだよと、内心でコキおろしながらランマルが紅茶をすすっていると、一人の衛兵が何やら慌てた様子で二人のいる四阿に駆けこんできた。


「おそれながら女王陛下にご報告申しあげます!」


「何事かえ?」


「はっ。たった今、憲兵隊の急使が城に到着いたしました。先般より逃亡中の身であったダイトン将軍とその一党が憲兵隊によって捕縛され、現在、国都への移送の途についているとのことにございます」


「なに、ダイトン将軍が捕まったのか!?」


 驚いて衛兵に訊き返したのはランマルであり、傍らのフランソワーズはというと将軍捕縛の一報にも特に態度も表情も変えることなく、黙したまま紅茶を飲んでいる。


 そんなフランソワーズにかわり、ランマルはさらに衛兵に質した。


「それで、将軍らはどこで捕縛されたのだ?」


「報告によれば、東の隣国ミカワン王国と国境を接する東部ラルゴ領内とのことで、その地の民家に潜伏していたところを発見し、捕縛にいたったとのことにございます」


「潜伏していたというと、住人が匿っていたのか?」


「いえ、それがどうやら将軍らが民家に押し入り、住人を脅して居座っていた模様です」


「民家に押し入った……?」


「はっ。民家に潜みながら捜索の手がゆるむのを待ち、隣国ミカワン王国に逃れようと計画していたようですが、それより早く住人が機転を利かして将軍らへの食事に眠り薬を入れ、寝こんだところを見計らい代官所に駆けこんで通報し、将軍らの所在があきらかになったとのこと。憲兵隊が駆けつけたときにはまだ将軍らは眠りこんでいたこともあり、たいした混乱もなく無事捕縛にいたり……」


 ……衛兵の報告を聞いているうちに、他人事ながらランマルは侘びしい気分になった。


 たしかに「無恥」「無能」「無節操」と三拍子そろった度しがたい人間ではあるが、それでも代々国軍の将軍を幾人も輩出してきた武門の名家出身にして、自身も大将軍にまでなった名誉ある王国騎士である。


 そんな人間がいくら捕まりたくないからといって、こともあろうに一党を引き連れて民家に押し入り、住人を脅迫して潜みつつ追っ手の目をかわそうとするとは、やっていることはほとんど押しこみ強盗ではないか。


 きっとダイトン家のご先祖様たちも、家名に泥を塗りまくる不肖の子孫に今頃草葉の陰で号泣していることだろうと、ランマルは心から同情せずにはいられない。


 衛兵が四阿から去ったのを見計らい、ランマルはフランソワーズに声を向けた。


「お聞きのとおりにございます、陛下。これでわがオ・ワーリ王国もようやく平穏を取り戻すことでしょう。なにはともあれ祝着至極に存じあげます」


「そうであってほしいわねえ。でないと、いつまでたっても【天下布武】に乗りだすことができやしないわ。すでにミノー王国を最初のターゲットと決めていろいろ考えているのに……」


(まだ言ってるよ、このネーチャン……)


 真顔でぼやくフランソワーズを見て、ランマルは心底から呆れずにはいられなかった。


 それも当然であろう。なにしろ今回の謀反とそれに続く内戦のそもそもの発端は、例の黒狼団討伐の会議の席で発したフランソワーズの発言にあるのだから。


 あの席で漏らした【天下布武構想】が、ダイトン将軍や他の不平貴族らに謀反を決意させたことは、彼らへの取り調べからも明らかになっているのだ。


 むろん、そのことはランマルもフランソワーズに報告している。にもかかわらず、騒動を引き起こした自らの軽挙な言動を反省するどころか、あいかわらず実現不可能な誇大妄想に執着しているのだから、「ええかげんにせえよ、ワレ!」とランマルが胸の内で毒づくのも無理なからぬことであろう。


 一人、苦々しい思いに駆られていたランマルがふと気づいたとき。そのフランソワーズは女官らをひきつれて四阿を出ていったので、ランマルは慌てて声を投げた。


「へ、陛下。どちらへ?」


「決まっているでしょう。城の中に戻るのよ」


「なるほど。重臣の方々を集めて将軍への対応を協議されるのですね?」


「違うわよ、夕食をとるのよ。だいたい協議なんてする必要ないでしょう。国都に連行されしだい、あのヒゲはこれなんだから」


 そう言ってフランソワーズは、自分の首もとで手首を真一文字に振ってみせた。ギロチンにかけて首を刎ねる、という意味である。この種の非情で容赦のないことをごく自然体でさらりと言えるあたりが、この美貌の女王の真骨頂であろう。


 カルマン大公や謀反貴族らに見せた温情の一面と、ダイトン将軍や蜂起農民らに対する非情の一面。対照的なふたつの「顔」を目の当たりにして、いったいどちらが女王の「素顔」なんだろうかという疑問がランマルの脳裏をかすめたが、仕えてまだ一年にも満たない自分には、その答えを見いだすことはできないように思われた……。


 ひとつ息を吐いてから四阿を出ると、ランマルはなぜともなく頭上を見あげた。


 暮色に染まった空が果てしない広がりを見せ、太陽が今まさに一日の役割を終えて退場しようとしている。ごく見慣れた日常の光景であるにもかかわらず、なぜかランマルには現在のオ・ワーリ王国を象徴するものに思えた。


 その日の役割を終えた太陽が沈み、翌日にはまた新たな太陽が空に昇るように、それまで権力の座にあったダイトン将軍ら旧支配層がその座から追われ、女王を戴く自分たち新たな支配層が取ってかわった昨今の国内情勢は、ある意味、神が定めたもう人の世の摂理にも思える。いずれ自分たちも旧支配層となり、いまだ見ぬ新たな支配層によって権力の座から追われる日が来るのだろうか、と……。


 ――ランマルにはとても想像できなかった。


 否、自分などはともかく、あの政戦両略に長けた女王に落日の日が訪れるなど、どれほど想像力の翼を広げても考えられなかったのだ。あるいは自身、考えたくないだけなのかもしれないが……。


 茜色の空をぼんやりと眺めながら、一人そんな情緒的な思いに駆られていると、情緒とは無縁の苛立った調子の声がランマルの鼓膜をうった。


「ちょっと、ランマル。いつまでそんなとこに突っ立っているのよ。ヘソを曲げているエマにかわってお前に食事の伴をしてもらうんだから、さっさと来なさい!」


「は、はい、ただいま!」


 厳しい声に鞭打たれて思考の縁から脱したランマルは、ててフランソワーズの後を追ってその場から駆けだしていった。



 

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