第七章 かくて戦姫は絆を断つ その④
強気一辺倒な態度を常に誇示し、ともすれば「他者の助力ぅ? そんなもの私には無用よ、はん!」と言わんばかりの姿勢をとり続けている女王に、常日頃からハラハラしているランマルなどは「あれやこれやと強気なこと言ってても、内心ではやっぱり不安だったんだなあ」と、フランソワーズがほんの少しだけ垣間見せた「人間らしい弱さ」に内心でほっこりしたものである。
そんなランマルであったが、恩賞の対象者はまだまだ列をなしていることを思いだし、気持ち口調を引き締めて次の対象者の名を呼んだ。
「クレイモア伯爵!」
ランマルの発声の後に、貴族の列の先頭に立っていたクレイモア伯爵が階の前に歩を進めてきた。
場に跪き、低頭する伯爵にフランソワーズが声を向ける。
「クレイモア伯爵。此度の内戦における貴方の功績は誠に大きいものがあります。反乱軍の結成をいち早く国都よりもたらしてくれたことは言うまでも無く、王城内における彼らの内部情報や動向を逐一送り続けてきてくれたおかげで、離れた地に居ながらこちらとしても様々な手立てを講じることができました。まさに戦勝の一翼を担ったと言ってもよいでしょう。女王としてお礼を言わせていただきます」
「ありがたきお言葉にございます。此度の反乱軍との戦いに、臣がわずかでも貢献することができたというのであらば、このクレイモア、ウォダー王家の廷臣としてこれほどの喜びはございません」
そう謝意を述べて頭を垂れたクレイモア伯爵であったが、その割には表情も口調もどこか淡々とした印象をランマルは受けたが、元々感情を露わにする人間ではないのであろうと深く考えることはしなかった。
そうしている間にも侍従官長から紙片を受け取ったフランソワーズがそれを読み上げた。
「クレイモア伯爵。此度の反乱軍討伐および戦勝の功績により、貴殿に東部ビヨン領およびボーヌ領を下賜し、合わせて侯爵号を授与するとともに新たに宮廷大臣に任命いたします」
直後、参列者の端々からグレーザー「伯爵」の時のものとはまた別種のざわめきが生じた。
それはおそらく加領や爵位の昇格に対してのものではなく、クレイモア「侯爵」が任命された宮廷大臣という「役職」に向けられた声であろうとランマルは推察した。
宮廷大臣はその名の示す通り宮廷――貴族社会を「貴族総代」として取り仕切る国の要職である。
その最たる主務は、女王を長とする王族との「仲介役」で、どんな大貴族であっても宮廷大臣の頭を飛び越えて、女王はもちろん他の王族とも一切の関係を築くことは出来ない。謁見するにしても必ず宮廷大臣の介在と許可が必要なのだ。
さらには王家主催の各種行事や儀式などに関する広範囲な決定権も持つ。
例えば今宵の戦勝式典。現在はその大臣職が空座ということもあり、一介の官吏でしかない侍従官職のランマルが、女王の意向を元に式の準備から進行内容を決めるなど一手に引き受けて(押しつけられて?)催されているが、本来であればそれらの業務と決定権は、すべて宮廷大臣に帰するものなのである。
だからであろう。クレイモア「侯爵」が新しい宮廷大臣に就くことになって、数多の参列者の中で最も歓喜と安堵の表情を浮かべたのは、任命された当のクレイモア「大臣」ではなくランマルであった。「これで仕事の量が減るぅぅぅ!」と、新任の大臣に向ける表情はそう主張していた。
ただそのランマルには一つ気になることがあった。
多くの参列者が要職に就いたクレイモア「侯爵」に羨望の眼差しを向けている中、一部の参列者が苦虫を噛み潰した、否、なにやら「怨み言」でもありそうな不穏な表情を浮かべていたことである。
見るからに不快そうに口端を歪め、なんとも忌々しそうな視線を階の前で片膝をついているクレイモア「侯爵」に向けているのだ。
ランマルは知らぬ事であったが、不穏な態度を見せるこの参列者たちは、実はワインの品評会を名目にクレイモア「侯爵」が密かに催していた、かの【女王糾弾会】の参加者たちであった。
会合に参加したといっても、ダイトン将軍やペニンシュラ侯爵のように女王に対して深刻な憎悪を持つ強硬派というわけではなく、「まあ、確かにそこそこ女王には不満もあるし、ワインも好きなので参加してみるかな」程度の軽い気持ちで糾弾会に参加した面々であった。
そんな彼らがクレイモア「侯爵」に嫌悪感に満ちた「怨み顔」を向けていたのは、今宵の式典ですべての「裏事情」を知ったからである。
すなわち「反女王派」と思っていたクレイモア「侯爵」が、実は内戦が起こるずっと以前から女王と通じていた「親女王派」の人間であったことを……。
彼らにしてみれば、表向きは反女王派を僭称し、偽りの糾弾会を催して国内の潜在する反女王派を探り出そうとしていたことさえ許しがたいことなのに、今度の内戦では王侯同盟に堂々と参画しておいて、その実、裏では女王に内部情報を随時送って、女王軍の勝利と同盟の敗北に「貢献」したという。
幸いにも今度の戦いではどっちの陣営に付くべきか迷っている間にも、内戦は短期の内に終結。結果として「中立」を守った形になったため恩賞こそ授かれないものの、まかり間違えば糾弾会を介して知己を得たダイトン将軍らから同盟への参画を強制され、反乱を起こした「謀反人」として処罰される可能性もあったのだ。
それだけに、同じ貴族を欺いたことに微塵の後ろめたさも感じさせないほど堂々と女王から恩賞を受けるクレイモア「侯爵」の姿に、彼らは抑制不能の激憤に駆られるのであった。
とはいえ、相手は今や「貴族総代」ともいうべき宮廷大臣である。一時の激情に駆られて万が一にも新大臣に睨まれるようなことでもあれば、今後、オ・ワーリ宮廷に自分たちの居場所はなくなる。
その事がわかっているだけに、彼らとしてもクレイモア「侯爵」への煮えたぎるような怒りを隠さざるを得なく、口の端を不快げに歪ませるのがせいぜいであった、というわけである。
そのクレイモア「侯爵」の後にも、対象者への恩賞の授与は続いた。
ヒルデガルドら四将軍の下で戦ったフェニックス、タイガー、ドラゴン、タートル各騎士団の騎士たちには、功労金として一人あたり金貨五百枚、戦死者には三倍の千五百枚が遺族に与えられ、さらに騎士ら全員を準貴族に位置づけられる「上級騎士」に昇格させることが女王の口から発表された。
やがて功労者に対する恩賞の授与が一巡すると、式典は次の段階に移った。
戦いに敗れて虜囚となった「謀反人」の引見である。




