第七章 かくて戦姫は絆を断つ その③
翌日、後の巳の刻(午後六時)を過ぎた時分。王城の謁見の間には多くの貴族や騎士、それに文武の官吏たちが国内各地から集まっていた。
参集した最たる理由はむろん先の内戦における戦勝式典に出席するためだが、彼らの本当の目的はその席上で発表される「恩賞」にあるだろう。
なにしろ先の戦いで、王侯同盟に参画した国内の七割近い貴族が「賊」として捕らえられ、早晩地位も領地も財産も取り上げられることになる。当然、爵位や領地に「空き」ができることになり、集まった人々にしてみれば自分がどのような恩賞を女王から賜るのか、心躍らさずにはいられないといった心境であろう。
その式の進行役たる式部官を命じられたのはランマルであった。
従来、この種の式典の式部官を務めているのは部下の某中年侍従官なのだが、謀反とそれに続く内戦に心労がたたり、件の某中年侍従官は現在自宅にて療養中とのことで、上役たるランマルがその代役となったのである。
部下の侍従官らとともに広間の隅に立ち、式の進行手順などが書かれた「あんちょこ」を見ているうちにも、式の開会を告げる奏楽隊のラッパの音が響きわたった。
じゃあ呼ぶとするか。ランマルは大きく息を吸いこみ、声もろとも吐きだした。
「神聖にして不可侵なる王国の統治者。法と正義の守護者にして、慈愛と万物の美の化身たる美女神の生まれ変わり……」
言っている途中でランマルは、気恥ずかしさから舌を噛み切りたくなったが、原稿の作成者から「一字一句でも間違えたら承知しないわよ!」と恫喝されていては仕方がない。
ともかくランマルは忍耐力を発揮して最後まで言い続けた。
「オ・ワーリ王国女王フランソワーズ一世陛下、御入来にございます!」
語尾に重なるように再度ラッパの旋律が広間内に響き、参列者たちがいっせいに頭を垂れる。
ほどなく扉が開かれると、数人の護衛士らを引き連れたフランソワーズが広間内にあらわれた。
黄金のティアラとダイヤをちりばめたネックレス、そして純白のロングドレスで着飾った姿で、床に敷かれた緋色の絨毯の上をゆっくりとした歩調で進んでくる。
やがて階を昇り、玉座の前でくるっと身体の向きを半回転させると、いまだ低頭を続ける参列者たちに「頭を上げてください」と声をかけた。そして列者全員が頭をあげて玉座に視線を集中させたのを見計らい、再びフランソワーズが声を発した。
「今宵の皆の参列にこのフランソワーズ一世、心より嬉しく思います。早速ではありますが、これより先の戦いにおける戦勝式典を執りおこないたいと思います」
式典はまず、先の戦いで女王軍の勝利に貢献した人々への論功行賞から始まった。
一番に女王に指名されたのはやはりというべきか、四人の騎士団長たちである。
「四騎士団長、前へ!」
というランマルの声に、白を基調とした軍装姿のヒルデガルドら四人の騎士団長たちが武官の列から階の下まで歩を進め、そこで片膝をついてかしこまった。
そんな彼女たちの姿を一瞥した後、フランソワーズが口を開いた。
「先の反乱軍との戦いにおいて、そなたらの働きはまことに見事でした。女王として心より礼を言わせてもらいます」
「はっ、身にあまるお言葉にございます」
一同を代表してヒルデガルドが応じると、フランソワーズは小さくうなずき、後背に控えていた侍従官長から一枚の紙片を受け取って、よく響きわたる声でそれを読みあげた。
「フェニックス騎士団長ヒルデガルド将軍。こたびの反乱軍討伐および戦勝の功績により、汝を南部モンブラン領の領主に任じ、あわせて男爵号を授与するものである。オ・ワーリ王国女王フランソワーズ一世」
「ははっ、慎んでお受けいたします」
ヒルデガルドが膝をついたまま低頭したのと前後して、参列者の間に小さなどよめきが走った。
いかに女王の信任厚い側近であろうと、いくら戦勝の功労者であろうと、まだ二十歳にも満たない「女の子」がいきなり爵位と領地を与えられて諸侯になったのだから、彼らが驚嘆のあまりどよめいたのも当然であろう。
くわえてヒルデガルドに下賜されたモンブラン領は、国内屈指の肥沃な穀倉地帯として知られ、石高に換算すれば二千石はあろう大領である。これより規模の大きな領地をもつ貴族は、現在十人もいないであろう。
むろんヒルデガルドだけが栄達したわけではない。他の三人も同様の恩賞を女王より賜ったのである。
「タイガー騎士団長ガブリエラ将軍。汝を西部グランディエ領の領主に任じ、あわせて男爵号を授与するものである」
「ドラゴン騎士団長パトリシア将軍。汝を東部モリエール領の領主に任じ、あわせて男爵号を授与するものである」
「タートル騎士団長ペトランセル将軍。汝を北部ジェルジェ領の領主に任じ、あわせて男爵号を授与するものである」
三人に与えられた領地も、ヒルデガルドのモンブラン領に匹敵する大領ばかり。かくして彼女たちは、十代にして王国屈指の大貴族になりおおせたのである。
まさに夢のような四騎士団長たちの栄達ぶりに、広間の参列者たちはどよめきとともに羨望の溜め息を漏らしたが、彼らに溜め息をつかせた理由の八割くらいはガブリエラにあるのではないかとランマルは推察した。
貴族とは名ばかりの貧家とはいえ、ともかく貴族出身であるヒルデガルドや、下級騎士の家に生まれたペトランセルやパトリシアとも異なり、ガブリエラは貴族でも騎士でもない平民の、それも地方の貧しい農民の娘である。
それが立身すべくと何のつてもないまま国都にやってきて、幸運にもその武才を女王に認められて近習として召し抱えられたばかりか、あれよあれよという間に騎士団長の一人に抜擢され、今まさに諸侯にまで登りつめた。
まさに「夢物語」としか言いようのない話を現実のものとして目の当たりにしては、参列者たちも溜め息しかでないといったところであろう。
そんな参列者たちの姿を、まるで我がごとのように嬉しそうに眺めやっていたランマルであったが、恩賞の対象者がまだまだ控えていることを思い出し、一つ息を継いだ後に語を発した。
「ノースランド領主グレーザー男爵!」
次いでランマルが指名したのは、件の盗賊団討伐の舞台となった北部ノースランド領主のグレーザー男爵であった。
あいかわらず眠たそうな細い眼をした白髪の初老貴族は列から進みでると、階の前にまで歩を進め、そこで片膝をついた。フランソワーズが微笑みながら口を開いた。
「グレーザー男爵。件の盗賊団討伐の功労に加え、此度の反乱軍との戦いにおいていち早く私との共闘を申し出てくれた貴方の忠心には、このフランソワーズ、感謝の言葉もありません。王城が反乱軍の手に落ち、国都も占領された中での貴方の協力にどれほど勇気を与えられたことでしょう。女王として心よりお礼を言わせていただきます」
「もったいなきお言葉にございます。我がグレーザー男爵家、一族をあげて末代まで王家への変わらぬ忠誠を誓わせていただきます」
女王の称揚に心底から感激した態で頭を垂れたグレーザー男爵を見やりながら、フランソワーズは語を継いだ。
「グレーザー男爵。盗賊団討伐の功労、および先の戦いにおける戦勝の功績により、貴殿にヴァール、プロベンス、バルターニュの北部三領を新たに下賜し、合わせて伯爵号を授与いたします」
フランソワーズが言い終えると同時に、先の四騎士団の時と同様の、否、それ以上の参列者たちのどよめきの声が広間内に流れ出た。
現在所有するノースランド領に加え、新たに下賜された三領を合わせたグレーザー「伯爵家」の所領の石高は、ゆうに五千石を超えるであろう。
戦いに敗れ、ぺ二シュラン侯爵やヒルトン伯爵といった、それまで宮廷で権勢を誇っていた大貴族たちがことごとく没落した今、オ・ワーリ王国最大の貴族に登り詰めたと言っても過言ではない。
それだけに内戦の勃発直後、情勢がどう転ぶか不透明な中でも躊躇無く女王に付き従ったグレーザー「伯爵」に対し、フランソワーズがどれほど感謝の心情を抱いていたかが恩賞から窺い知れた。




