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第一章  かくて戦姫は叛旗に散る  その③



 まさに周章の極み。今しがた、いち早く敵襲を疑った部下を鼻で笑ったことなど都合よく忘れたエリート官吏は、ひび割れた声でその部下に叫んだ。


「マッサーロ、僕の部屋から遠眼鏡を持ってこい!」

 

 吠えつけられるように命じられたマッサーロは、文字どおり飛びあがってその場から走り去っていった。

 

 ほどなくして戻ってきたマッサーロの手から、愛用の遠眼鏡をひっくるように受け取ったランマルは、すかさず覗きこんで遠眼鏡越しに湖岸に視線を走らせた。


「そ、それにしても、いったいどこの勢力だ!?」

 

 遠眼鏡を覗きこみながらランマルは、襲撃してきた「敵」の正体を探ろうとしたのだが、なにしろ自分が仕える女王が方々から恨みや憎悪をかいまくり、とにかく「敵」の存在には事欠かない人物なので、どんな勢力が襲ってきたのか見当すらつかなかった。

 

 それでも大砲を持っているあたり、不平農民の蜂起などでないことはわかる。


(そうなると先頃攻め滅ぼしたカイン王国の残党あたりが、主君の仇を討つためにやってきたのか?) 


(それとも女王が【神教徒キリシタン】たちを厚遇していることに反発を募らせている、あのホンガン寺院のナマグサ坊主どもが配下の僧兵でも派遣してきたのか?) 


(それともそれとも、あの東の大国オダワラーム王国が、今は友好関係にあるとはいえ【天下布武】の名の下に領土拡大を続けるわが国に脅威を感じ、攻められる前に攻めてやろうと考えて遠征してきたのだろうか?) 

 

 現在のオ・ワーリ王国をとりまく状況を基に、ランマルは襲撃をしかけてきた勢力の特定をはかったのだが、どんなに思考を働かせても結論をだすことができなかった。

 

 それも当然であろう。あまりにも「該当者」が多すぎるのだ。

 

 俗に「敵・味方・敵」という言葉があるが、オ・ワーリ王国女王フランソワーズ一世の場合、「敵・味方・敵敵敵敵(以下略)」という四方八方敵ばかりの人なので、月下の襲撃を断行してきたあの集団が単一の勢力ではなく、すべての敵対勢力が大同団結して、共通の怨敵たるオ・ワーリ女王の命を狙ってきたとも考えられるのだ。


「ほんと、あちらこちらで敵ばかりつくっているからな、あの女王様は……うん?」

 

 一瞬、遠眼鏡越しに湖岸を眺めていたランマルの目がふいに止まった。無数の松明の灯火がいっせいに揺らめいたかと思うと、木々の奥陰に身を隠していた集団がぞろぞろと出てきたのだ。

 

 ややあって月星の光に照らされたその姿を見て、ランマルはおもわず息を呑んだ。

 

 やはりというべきか。姿をあらわした集団は皆、闇夜に同化するような黒塗りの甲冑をまとい、手には剣や槍などをかまえて武装していた。絵に描いたような軍兵の姿である。どうやら月夜に襲撃をしかけてきたあの集団は、いずこかの国の兵士であることは間違いないようだった。

 

 ともあれ、これで多すぎる「該当者」から敵の正体が絞りこめることになったが、だからといってランマルとしては喜んでなどいられない。むしろ事態はより複雑に、かつ深刻なものになったと言えた。

 

 それも当然で、なにしろどこの兵士かはまだ不明だが、ともかくあれだけの軍勢が王国領深くにあるこのホンノー湖にまで進軍してきたのだから。


 それも人々の目にいっさい止まることなく。はたしてそんなことが可能なのだろうかと、ランマルは疑問に思わずにはいられない。


「クソッ、それにしてもどうやってあれだけの兵をこの地にまで……いや、それよりも国境警備の兵士たちはいったい何をやっていたんだ! 事と次第によっては俸給をカットしてやるぞ、まったく……おっ、あれは?」

 

 国境警備の兵士を罵りつつ湖岸を眺めていたとき、ランマルの視線が一点に固定された。視線の先に見える兵士たちが、いつしか軍旗のようなものを陣頭に掲げていたのだ。

 

 軍旗といえば、その国を表す紋章が描かれているのが定番である。

 

 島内に存在するすべての国の紋章に精通しているランマルは、「これで敵が特定できる!」と勇んで旗の絵柄を遠眼鏡越しに凝視したのだが……。 


「あ、あれは……!?」 

 

 その紋章を視認した瞬間、底知れない驚愕にランマルは背筋に氷滴がすべり落ちるような感覚をおぼえた。彼らが掲げる旗の紋章を、ランマルはよく知っていたのである。

 

 それはカイン王国のものでもなければ、またオダワラーム王国のものでもなく、そもそもからして異国の軍旗ではなかった。

 

 あれはわがオ・ワーリ王国の、しかもあの騎士団の旗だ……。


「た、大変だ……!」

 

 あえぐような声を漏らしながら遠眼鏡から目をはずしたランマルは、このとき驚愕のあまり自失しかけていた。目の前で起きている事態の「真相」に気づいたからだ。

 

 それゆえ「どうしたのですか、ランマル卿?」という部下の声もしばらく耳に入らなかったのだが、それでもその声で自己を回復させたランマルは、マッサーロに向き直りざま叫んだ。


「マ、マッサーロ! 今すぐ城の人間を全員叩き起こせ。いいか、全員だぞ!」

 

 ランマルの突然の命令にマッサーロは目を丸くさせたものの、


「ランマル卿はいかがされるのですか!?」


「決まっている、陛下に知らせてくるのだ!」

 

 吠えるように応えるやいなやランマルはその場から駆けだし、城の最上階にある女王の寝所に向かって走りだした。

 

 廊下を突っ切り、階段を駆けあがる。途中、城内を警備する衛兵たちが泡食った態で右往左往している姿が目に入った。

 

 どうやら彼らも何事が起きたのかはよくわからないが、とにかく異常事態が起きたということだけは察したらしい。

 

 一瞬、彼らに事情を説明して「事態」に対応させようかという考えがランマルの脳裏に浮かんだが、今はなにより女王に伝えるのが先決だと思い、彼らにかまうことなくランマルは走り続けた。

 

 女王の寝所がある城の最上階にたどり着いたのは、それからまもなくのことである。

 

 本来であればいかに主席侍従官の身にあるとはいえ、こういった夜分に女王に目通りをするときは規則上、まず警備の衛兵に告げ、次にお側付きの女官らに取り次いでもらい、ようやく女王にお目通りという手順を踏まないとならないのだが、今はそんな悠長なことやっている場合ではないと、「お待ちを! お待ちを!」と制止しようとする衛兵たちを強引に押しのけて、ランマルは女王の寝所の扉を叩いた。


「陛下、陛下、ランマルにございます! 緊急にご報告したいことがございましてまかりこしました!」

 

 そう扉越しに叫んでみたランマルであったが、昨夜はパーティーの主役としてそれこそ浴びるほど酒を呑みまくっていたこともあり、「きっと泥酔してるんだろうなあ」とランマルは思っていたのだが、意外にも四度ほど扉を叩いたところで中から声が返ってきた。


「お入り、ランマル」

 

 その声にランマルは、すぐさまオーク材造りの重い扉を開けて部屋に入った。

 

 室内に足を踏み入れたとき。そこには真っ白なローブ姿の女性が一人、革張りの豪奢なソファーに深く腰をおろして、訪問者たるランマルを待っていた。そこで細く長い足を組みながら、大きな欠伸を繰り返している。

 

 およそジパング人の女性としては極めてめずらしい、百八十セントメイル(百八十センチ)になんなんとする長身の、それでいてなんとも肉感的な肢体を持つこの女性こそ、ランマルの主君にしてオ・ワーリ王国の女王であるフランソワーズ一世であった。

 

 本名フランソワーズ・マリアンヌ・ド・ウル・ウォダー。年齢はこの年三十歳。オ・ワーリ王国の第十五代国王にして、王家たるウォダー家の十五代目の当主。そして王国史上において初の女王に就いた女性である。

 

 前述の身長にくわえ、白すぎるほど白い白皙の肌、溶かした黄金で染めあげたような金色の長髪、見る者を魅入らせる色調深い青玉石サファイア色の瞳をもつ女性で、ややあごがしゃくれているがかけねなしの美人である。

 

 しかしその美貌を形成する白皙の肌も、黄金色の髪も、碧い瞳も、しゃくれ気味のあごも、彼女の【胸】の前ではとたんに陰が薄くなってしまう。

 

 それも当然で、とにかく巨乳デカいのだ。

 

 それこそ小ぶりのスイカでも中に詰めているのではないか、と疑わずにはいられないほどの大迫力バストで、ランマルなどは陰で【スイカップ】と呼んでいた。

 

 ともかく男であれば、見たくなくとも視線が釘付けになることまちがいなしで、このときのランマルの例外ではなかった。

 

 なにしろ今の女王は薄いシルク作りのローブ一枚の姿。おまけに「ノーブラ」らしく、大きくはだけた胸元から巨大な二つの乳房が「半ポロリ」しているというのに、当人はまるで意に介することなく直そうともしないのだ。 

 

 かりにも一国の女王、否、それ以前に一人の独身女性としてもうすこし「恥じらい」というものを持ったらどうなんですかと、ランマルなどはいつも苦々しく思っているのだが、一方で「眼福」であることもまた事実であったから、側近として仕えること十年、この件に関して苦言を呈したことはただの一度もない。

 

 ともかくランマルは小走りでソファーの近くまで行くと、その前で片膝をついた。


「陛下、一大事にございます!」






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