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第七章  かくて戦姫は戦野を焦がす  その①



「あれがブルーク城ですか……話に聞いていた以上の要害ですね」

 

 遠眼鏡を覗きこみながらランマルは、慨嘆めいた声を漏らした。 

 

 ランマルが遠眼鏡越しに望む先には一つの城があった。この地における同盟軍の本拠たるブルーク城である。

 

 あのウェミール湖での夜戦終了後、女王軍は湖畔に設けた本陣で丸一日休息をとると、フランソワーズは敗走したクレメンス将軍らが立て籠もるこのブルーク城へと進軍させた。

 

 そのブルーク城は四方を遠方まで見はるかすことができる高い丘陵の上に建ち、さらにはその周囲を灌木の繁みに囲まれているまさに要害ともいうべき城で、攻略は不可能ではないものの容易でもないようにランマルには思われた。

 

 それだけに先日フランソワーズが夜戦終了後に口にした、


「近いうちにブルーク城はわが軍のものとなり、クレメンス将軍の生首とも対面することになるでしょうね。それも味方の血を一滴も流さずにね」

 

 という自信にあふれた言葉の根拠がどこにあるのか、ランマルには把握できずにいた。

 

 くわえてランマルの不安はそれだけではない。

 

 ウェミール湖での戦いでまさかの(と彼らは考える)大敗北を被った同盟軍は、難攻不落とも言われるブルーク城に立て籠もったが、その狙いが国都からの援軍にあることは明白である。

 

 彼らにしてみれば城内には食糧もある。井戸もあって水にも不足しない。となれば、後はひたすら引き籠もって援軍の到着を待てばいいというわけである。

 

 このまま包囲するだけで時間を費やしていれば、いずれ国都から駆けつけてくるであろう援軍と挟み撃ちにされるのではないか。それをランマルは危惧していたのである。

 

 そんな側近の不安な心情を感じとったのか。傍らで同じように城の遠景を眺めていたフランソワーズは愉快そうに微笑し、


「あいかわらず心配性ね、お前は。まあ見てなさいって。それよりもペティを呼んでちょうだい」


「ペトランセル将軍をですか?」


「そうよ。彼女に頼みたいことがあるからね」

 

 それからほどなくして、甲冑姿のペトランセルがフランソワーズの宿営にやってきた。


「お召しにより参上いたしました、陛下」

 

 片膝をついてかしこまるペトランセルを椅子に座らせると、フランソワーズは話を切り出した。


「そなたを呼んだのはほかでもないわ。これを城の中に矢で投入してもらいたの」

 

 そう言ってフランソワーズがペトランセルに手渡したのは、一枚の紙片であった。

 

 そこに書かれてあった文面を目にしたとき、ペトランセルは軽く目をみはった。


「これは……?」


「わかるわね? これを大量に城内へ投入してくれるかしら。そなたの弓の技量であれば、城を守る矢手の射程外からも投入することは可能のはず」


「むろんにございます。では早速……」

 

 うやうやしい一礼を残してペトランセルは宿営から出ていった。


 微笑とも嘲笑ともつかぬ薄い笑いがフランソワーズの面上に浮かんだのは直後のことである。


「フフフ。あとは城内にいる小魚どもが餌に喰いつくのを待つばかりね」



        †


 

 城外に設けた自らの宿営内でフランソワーズが意味ありげな微笑をこぼしていた同時分。その城の内では城主であり司令官であるクレメンス将軍が、城の大広間に幕僚だけではなく下級兵士らも集めて熱弁をふるっていた。


「この城は天然の要害。悪辣な女王軍の兵士どもがいかなる小細工を弄しようとも、決して侵すことなどできぬ。すでに国都への使者は出した。近日のうちにも救援軍が派遣されてこよう。今は固く城を閉ざして籠城し、国都からの援軍を待つのだ!」

 

 将軍の檄に幕僚や兵士たちは「閣下の言うとおりだ!」「王侯同盟、万歳!」と口々に気勢をあげたが、すべての将兵がクレメンス将軍らと意志を等しくしているわけでもなかった。


「ケッ、何が籠城だよ。こちとら、あんたらと違って好き好んで女王に弓引いたわけじゃないんだよ。勝てばいいが、もし万が一にでも負けたら王家に弓引いた賊兵として処罰されるんだぜ」

 

 秘かにそうつぶやく者もいたが、かといって城を捨てる者はいなかった。

 

 城内ではいまだに戦意と憎悪をたぎらせている者のほうが多かったし、なにより城外には女王軍が十重二十重の包囲陣を強いている。


 下級兵士として否応なく戦いに駆り出された身とはいえ、すでにウェミール湖での戦いで女王に刃を向けてしまった。


 気性の激しいことで知られる女王のこと。今さら投降しても許してもらえるとは到底思えない。


 ゆえに末端の兵士たちは、なかば絶望しながら城に籠もっていたのである。


 一方、大広間での演説を終えたクレメンス将軍は、城内の一室に幕僚たちを呼び集めた。


 今後の具体的な行動計画を話し合うためであるが、そうは言っても国都から援軍が到着するまで城にじっと籠もる以外、彼らにできることはないのだが。

 

 それはともかく席に着いた幕僚の中には、戦況不利と見るやさっさと戦場から逃げだしていった者の顔がちらほらあり、クレメンス将軍としては「勝手に戦場から離脱しよって!」と、一発二発その顔を殴りつけてやりたい衝動に駆られたが、すんでのところで自制した。

 

 なんといっても彼らは直接の部下ではなく、同盟に参画した大貴族お抱えの将軍であり、なにより女王軍に城を包囲されている今、自軍内に不必要な不和を生じさせることはできないと、クレメンス将軍は怒りをぐっと堪えたのである。


「先ほども言ったが、この城は難攻不落の要害。女王軍とてむやみに攻撃してくることはできぬ。われわれはただ国都から増援を待っていればよいのだ。その時こそ女王に目にものを見せてやろうぞ」

 

 たちまち賛同の声が場に連鎖した。


「閣下の申されるとおりだ。われわれはまだ負けてはおらぬ。戦いはまだまだこれからだ!」


「さよう。国都からの援軍さえ来れば、次の戦いで敗北の苦汁にまみれるのは女王軍のほうぞ!」


「固く城を守って味方の援軍を待つ。これぞ籠城策の極意なり!」

 

 室内に戦意高揚の気勢と女王への罵詈雑言が飛び交っていると、部屋の扉が慌ただしく叩かれ、直後、クレメンス将軍の副官を務める騎士がなにやら狼狽した様子で部屋に入ってきた。


「閣下、大変でございます!」


「どうした、何があった?」 


「はっ。じつは女王軍から、このような矢文が城の中に大量に投入されていることがわかりました」 

 

 そう言って副官の騎士が手渡したのは一枚の紙片である。

 

 クレメンス将軍がそれを広げてみると、紙上には「武器を捨てて投降すれば命を助ける」とか「クレメンス将軍らの首を獲った者には、金貨百枚の報奨金を与える」などといった、城内の兵士の投降と反乱を誘う文言がずらずらと書かれてあった。


「調べてみたところ投入された時間はわかりませんが、ともかく発見できただけでも百通以上。おそらくは城内にいる大部分の兵士が、すでに矢文の内容を知っている可能性がございます。いかが……」

 

 副官の騎士は最後まで言い終えることができなかった。説明の途中で、突然クレメンス将軍が大声で笑いだしたのである。


「ガッハッハ! あの女王め。われらの籠城に焦るあまり、このような小細工を弄してきおったわ!」

 

 クレメンス将軍の反応にポカンとする副官の耳に、今度は矢文に目を通した幕僚たちの嘲り声が響いてきた。


「まったくですな。このブルーク城という地の利を得ている上、近日中にも国都から援軍がやってくる。これだけ有利な状況にある中、わが軍から離反する兵士が出るはずもない」


「さよう。われわれはただこの城の中にいるだけで、確実な勝利を得られるのですからな。これほど無駄な小細工もない」 


「策士、策に溺れる。女王の浅慮、ここに極まれり!」

 

 嘲り笑う将軍たちに副官の騎士がますますポカンとしていると、ふたたび扉を叩く音がした。

 

 前後して姿を見せたのは、ワインのボトルとグラスを載せた台車を押す、十人ほどの配膳係の兵士たちであった。



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