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第六章  かくて戦姫は暗夜に躍る  その②

 


 翌朝、フランソワーズ率いる女王軍二千騎は国都を反乱軍――救国王侯同盟の軍勢から奪還すべく、日の出とともにカナン城を進発した。城の守備をグレーザー男爵の私兵たちに託し、一路東に進路をとったのである。

 

 陣容はガブリエラのタイガー騎士団が一陣目として先頭を征き、二陣目にパトリシアのドラゴン騎士団、三陣目にペトランセルのタートル騎士団が続き、殿軍しんがりをヒルデガルドのフェニックス騎士団が固めている。

 

 フランソワーズとランマルが乗る四輪馬車は、最後尾を征くフェニックス騎士団に囲まれる形で走っていたのだが、その馬車内では、ランマルがなんとも不思議そうな目で車内の一点を見つめていた。

 

 見つめる先にはフランソワーズの姿がある。

 

 そのフランソワーズ。カナン城を進発してから現在に至るまで、馬車内においてひと言も声を発さず、ひと口も大好きなワインを口にすることなく、ただひたすら自分の膝の上に広げた地図を見つめていた。

 

 城を発ってから一、二刻の間はランマルも黙ってその姿を見ていたのだが、さすがに不審になり、なぜそんなに地図を見ているのか問いただそうかどうか迷っていると、にわかに「女王陛下に伝報!」という甲高い声が耳を打った。

 

 偵察に出ていた騎士が一騎、巧みな手綱さばきで二人の乗る四輪馬車に乗馬を横付けしてきたのは直後のことである。


「畏れながら馬上より女王陛下にご報告申しあげます!」

 

 その声にフランソワーズは膝の上の地図をランマルに渡すと、自ら馬車の窓を開けて騎士に応えた


「伝報の任、ご苦労。何事ですか?」 


「はっ。先ほど斥候からもたらされた報告によりますと、クレメンス将軍麾下の反乱軍三千は今朝方、アンボワーズ領に到着したとのことにございます。現在、同領内にあるブルーク城に拠り、一帯の支配権確立のために動いているとのことにございます」


「なに、アンボワーズ領にまで!?」

 

 騎士の報告にランマルは驚いた。

 

 アンボワーズ領といえば、このカナン領の隣にある領である。つまり同盟軍は、女王軍の目と鼻の先にまで進軍してきたことになるのだ。

 

 地理的に考えても距離的に考えても明日にも、否、今日中にも刃を交える可能性があるとあっては、肝の小さいことで定評のある(?)ランマルが心身をこわばらせたのも当然であろう。


「ランマル、地図をお持ち!」


「は、はい!」

 

 ランマルは慌てて膝の上の地図を手に取り、それをフランソワーズの眼前に広げてみせた。

 

 その図面上に指先を軽く押しあてながら、右に左に動かしつつ見つめることしばし。やがてフランソワーズは地図から目をはずすと、車外の騎士に命じた。


「わかりました。では先頭を征くガブリエラ将軍に伝えなさい。全軍をこのままアンボワーズ領内にあるウェミール湖に先導するようにと」


「……ウェミール湖?」

 

 フランソワーズの一語に、ランマルは記憶をたぐって該当する湖を脳裏に探しもとめた。

 

 それはアンボワーズ領内にある湖のひとつで、南北に一フォートメイル(一キロメートル)、東西に二フォートメイル(二キロメートル)もある大きな湖だ。

 

 命令をうけた騎士が馬車から離れていったのをみはからい、ランマルが問うた。


「陛下、ウェミール湖に全軍を向けさせよとはどういうことですか? かの湖に何かあるのですか?」


「別にないわよ。ただそこで反乱軍を迎え撃つことにしただけ」


「湖で迎え撃つ……?」

 

 ランマルにはますます訳がわからなかった。

 

 湖を戦場に想定していると女王は言うが、こちらには水軍の類はまったくないのである。それどころか渡し船の一隻すら持っていない。それはおそらく同盟軍も同様であろう。

 

 にもかかわらず、湖で敵を迎え撃つとはどういうつもりなのだろうか?

 

 そんな疑問を脳裏にめぐらせるランマルの見つめる先で、フランソワーズはふたたび地図に見入っていた……。



         †



 女王陣営が斥候を使って同盟軍の動きを調べていたように、同盟軍もまた斥候を使って女王陣営の動きを探っていた。

 

 それまで国都に向かって一直線に東進していた女王軍がにわかに進路を変え、ウェミール湖に行軍の舵を切ったことはすぐに同盟軍の知るところとなった。


「女王の軍勢、領境を超えてウェミール湖に進軍。現在、湖畔南に陣を構えたものなり」

 

 その一報が斥候からもたらされると、ブルーク城に拠った同盟軍の将兵はざわめき、たちまち緊急の軍議が開かれることとなった。

 

 同盟軍先遣隊の司令官にして、現在のブルーク城主であるクレメンス将軍は幕僚たちを集め、女王軍の突然の行動について彼らから意見を聞いたのだが、これが各自まちまちだった。


「迷うことはない。われわれもウェミール湖に軍を進め、女王軍との決戦に挑むべきだ。わが軍は三千余りと兵力で勝っているのだからな」


「いや、あの油断ならぬ女王のこと。どんな奸計を秘めているかわかったものではない。ここはまずブルーク城に拠ったまま、慎重に女王軍の動向を観察すべきだろう」


「では、いっそ女王軍がアンボワール領を出るまで待ってみてはどうか? その間に国都の主力部隊に動いてもらい、領を出たところを前後から挟み撃ちにしたらどうだろうか」

 

 と、さまざまな意見が幕僚らから出され、結論はなかなかまとまらなかった。

 

 ひとつには、議論のまとめ役であるクレメンス将軍自身に迷いがあったこともある。

 

 意見を交わしあう幕僚らの声を耳にしながら、将軍は内心でうなったものである。


「ううむ、あの女狐め。ウェミール湖に軍を進めるとはいったい何を考えている? 軍船など持っていないはずなのだが……」

 

 クレメンス将軍個人の率直な気持ちとしては、今すぐにでも敵が陣を構える湖に進軍し、騎士団長の地位を自身から剥奪した面憎い女王を完膚無きまでに打ちのめして、自身がうけた屈辱を晴らしたい気持ちでいっぱいなのだが、一方で用心深い性格から【慎重居士】と評される人物だけあって、女王軍の奇妙な行動には自軍を陥れる「裏」があるのでは考え、進軍の号令を出すことに躊躇をおぼえるのだった。

 

 だが結局、その日のうちにクレメンス将軍は湖への進軍を命じた。

 

 それというのも国都を進発する際、同盟軍の総司令官たるダイトン将軍から、


「女王が軍勢を率いてきたらすぐに決戦を挑み、さっさと蹴散らしてしまえ。戦いを長引かせては、同盟内から離反する貴族や将軍が出るやも知れぬからな。そうなる前にあの小娘めを討ち取るのだ!」

 

 という命令を秘かに受けていたので、クレメンス将軍としては女王軍の動向を悠長に静観しているわけにもいかなかったのだ。

 

 かくしてクレメンス将軍を主将とする同盟軍先遣隊は、二百人ほどの守備兵を残してブルーク城を発ち、一路ウェミール湖へと進軍していったのである。


 女王軍が湖畔の南側に陣を敷いたという一報が入ってから、わずか三刻後のことであった。







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