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第六章  かくて戦姫は暗夜に躍る  その①



「陛下ならびに四騎士団のご武運を心からお祈りしております。われらが女王に神のご加護があらんことを」

 

 グレーザー男爵の見送りをうけて、フランソワーズ率いる四騎士団二千騎と、女王軍との共闘を申しでたグレーザー男爵の私兵百騎とがカナン領入りを果たしたのは、ノースランド領を発ってから三日後のことだった。

 

 それら軍勢の当面の拠点となる領内唯一の城のカナン城は、この地において王族が静養する際の滞在先として、今から五十年ほど前に建てられた古城である。


 だがこの二十年間ほどは利用する王族は皆無で、それにともない城も永らく使われないままの「空き城」状態であった。しかし、ここを国都奪還のための拠点と定めたフランソワーズの方針によって、カナン城は今多数の騎兵軍馬を呑みこみ、久方ぶりの喧騒下にあった。

 

 そのカナン城に拠ること三日目の昼。ランマルは簡単な昼食をすませた後、いくつかの書類をたずさえて城の最上階にある女王の執務室を訪れた。

 

 ランマルがその部屋に足を踏み入れたとき。フランソワーズは襟もとが大きく開いた真っ赤なコタルディドレスを着てソファーに座り、そこで一枚の地図らしきものを手にしながら、それを真剣な表情でじっと見つめていた。


 何を見ているんだろうとランマルがいぶかっていると、フランソワーズはすぐにそれをテーブルの上に投げて側近をかえりみた。


「何か用かえ、ランマル?」


「はい、陛下。城内の物資の正確な数量がまとまりましたので、そのご報告に参りました」


「聞きましょう。まあ、座りなさい」

 

 勧められるままにソファーに腰をおろしたランマルは、従者の武官が運んできた紅茶をひと口すすった後、さっそく報告をはじめた。

 

 現在城内に備蓄されている食糧の数量は、二千騎余の軍兵を半年以上にわたって維持できるというランマルの説明をうけて、フランソワーズは微笑を漏らした。


「半年ね。十分すぎる時間よね。もっともこの戦い、そんなに長びかせる気はないけどね」

 

 そう言って紅茶をすするフランソワーズに、ランマルは入城以来抱いていた疑問を向けた。


「それにしましても陛下。いつの間にあのような準備をされていたのですか? このランマル、まるで気づきませんでした」


「城内のアレのことかえ?」

 

 そう応じてフランソワーズは薄く笑った。

 

 ――あの日。


 フランソワーズの命令で訳がわからないままカナン領にたどり着いたランマルたちは、廃墟同然と思っていたカナン城の、隅々にまで手入れの行き届いている状態にすくなからず驚いたが、それ以上に驚いたのは城の中に足を踏み入れたときである。

 

 そこでランマルたちは、予想外の光景を目の当たりにしたのだ。

 

 剣、槍、弓、矢、それに火薬に油に松明。およそ戦に必要不可欠とされる武器や道具の数々が、城の地下庫に新品同様の光彩をたたえて大量に保管されてあったのだ。

 

 否、保管されていたのは武器類だけではない。千はあろうかという小麦の詰まった大俵を主に、獣の干し肉に干し魚、干し芋、干し貝といった保存食から、ジャガイモ、カボチャ、ニンジン、大根などの野菜類まで、いずれも樽詰めされたものが庫内一杯に積み上げられていたのである。

 

 別の地下庫で同じように積み重ねられたチーズの塊とワイン樽を見たときは、「さすがは無類の酒好き女王だ」と内心でランマルは笑ったものである。

 

 正直なところ、ランマルはこの地にやってくるまで「国都を占拠された今、どうやって物資の調達をすればいいのだろう?」と頭を悩ませていたのだが、庫内に積まれた武器や食料の山を見てそんな懸念も一瞬で吹き飛んだ。

 

 と同時に、女王がそう遠くない時期に反女王勢力が謀反を起こすことを予期していたことも察した。だからこそこんな辺境の地にある、誰もがその存在を忘れていた古城にこのような備蓄をしていたのであろう。


「何事も転ばぬ先の杖よ、ランマル」

 

 とは、城内に入り、予想外の光景におもわず声を失ったランマルに対するフランソワーズの「ドヤ顔」まじりの第一声である。

 

 それを言うなら「備えあれば憂いなし」じゃないのかなとランマルは思ったが、ともかく用意周到な女王のおかげで、四騎士団を要とする女王軍は武器にも食糧にも事欠くことなく王侯同盟との戦いに挑めるのだ。

 

 それを考えれば、女王に大きな「ドヤ顔」を向けられても、ランマルとしては「へへー、おみそれしました」と低頭するしかないのである。


 紅茶を飲みつつそんな近過去にランマルが思いを馳せていると、ふいに部屋の扉が開き、甲冑姿のヒルデガルドが部屋に入ってきた。


「おくつろぎのところ失礼いたします、陛下」


「何かあったの、ヒルダ?」


「はい。密かに国都に放った密偵からの報告ですと、カナン城に拠ったわれらの動きを知った反乱軍が国都を発ち、こちらに向かって西進しつつあるとのことです。軍勢を率いるのは先の騎士団長クレメンス将軍とのことで、その数は騎兵と歩兵を合わせて三千ほど。いかが対処なされますか?」


「――陛下!」

 

 ヒルデガルドの報告に驚いたランマルが視線を転じた先では、やはりフランソワーズも同じように驚いた顔をして――はいなかった。

 

 それどころか、その面上には愉悦にも似た表情が広がっていたのである。まるでこの一報を待ち侘びていたかのように……。


「フフフ、ようやく動きだしたわね」

 

 興がった口調で応じたフランソワーズは、ゆっくりとソファーから立ち上がった。そしてランマルとヒルデガルドを交互に見やり、微笑まじりに語をつないだ。


「全軍に伝えなさい。明日この城を発ち、国都に向かうとね」

 

 その一語にランマルとヒルデガルドは一瞬顔を見合わせ、だがすぐに一礼して応えた。

 

 いよいよ決戦のときが来たのだ。それは言葉にする必要もないことだった。




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