第四章 かくて戦姫は賊討を決意す その④
「すると、陛下御自ら囮となって、賊の正体を暴かれるとおっしゃるのですか?」
驚きを隠せない様子のカルマン大公に、フランソワーズは首肯してみせた。
「そのとおりですわ。いつまであのような賊どもを放置しておくわけにはいきません、今回の出征でその正体を暴き、ことのついでに完全に殲滅いたします。この私の手で……」
含みのある言い回しで応えると、フランソワーズは表情を変えて反対側の席に視線を転じた。
「先陣はガブリエラ、そなたに命じます。麾下のタイガー騎士団を率いてノースランド領にひと足先に赴き、賊たちの注意を引きつけなさい。その間、賊どもが攻撃をしかけてきたら一戦交えるもよし、私の到着を待つのもよし。判断は任せます」
「かしこまりました、陛下」
フランソワーズの勅命に、ガブリエラは愛嬌のある丸顔を破顔させた。
なんといっても先陣は武人の名誉である。その上、女王から信頼を示す自由な裁量を与えられたらなおさらであろう。
さらにフランソワーズが続ける。
「それからパトリシアとペトランセルは、第二陣として現地に向かってもらいます。その際、パトリシアは領の西域から、ペトランセルは東域からそれぞれ迂回するように進軍してもらいます。いいですね?」
「承知いたしました!」とペトランセル将軍。
「御意にいたします!」とパトリシア将軍。
かくして黒狼団討伐のための陣容と作戦はおおかた固まったのだが、ランマルの心にひっかかっていたのはヒルデガルドの存在である。
なにしろ他の三人が任務と役割を与えられたのに対し、彼女だけここまで言及されていないのだから。
(まさか先の農民鎮圧の一件を理由に、ヒルデガルド将軍を干すつもりなのか?)
そんな懸念が脳裏をよぎり、ランマルはちらりと彼女に視線を転じた。
その視線の先でヒルデガルドも心なしか所在なげに沈黙を守っていたのだが、やがておずおずとした声でフランソワーズに質した。
「それで陛下。私は何を……?」
「ヒルダには討伐軍の主将として本隊を率いてもらいます」
「わ、私が主将を?」
おもわず目をみはったヒルデガルドに、フランソワーズは微笑んでみせた。
「そうです。賊たちの正体がもし噂されるようにミノー軍兵士であれば、女王がいる本隊を直接襲撃してくる可能性もあります。その際、護衛の指揮官がそなたであれば私も安心して出征できるというもの。部隊の編成などは一任しますから、準備が整いしだい報告してください。そなたの指示に従います」
「は、はい。承知いたしました、陛下!」
嬉々とした態で応えるヒルデガルドの姿に、ランマルは内心で安堵した。先の一件で彼女を干すのではないかという不安が杞憂であったからだ。
たしかに一時は不和が生じたかもしれないが、やはり陛下はヒルデガルド将軍を心底信頼しているんだなと思うと、ランマルとしてはなんだか自分まで嬉しくなってくる。
そのフランソワーズが反対側の席に視線を転じた。
「宰相殿と大将軍殿には私の不在の間、文武の長としてそれぞれ国都を守っていただきます。よろしいですわね?」
「かしこまりました」とカルマン大公。
「御意……」とダイトン将軍。
二人が言葉少なに応じると、フランソワーズが片手を軽くあげた。会議の終了と退室をうながす合図である。
誰が音頭をとったわけではないが、カルマン大公を筆頭に列席者たちはいっせいに立ち上がり、一礼をほどこして次々と部屋を去っていった。
静けさが訪れた部屋にはフランソワーズとランマルだけが残った。会議の始まる前に終了後も部屋に残るように言われていたのだ。
カルマン大公らと入れ替わるように部屋に入ってきた女官たちが、テーブルに二人分の紅茶をおいて部屋から出ていくと、フランソワーズがおもむろに声を発した。
「ランマル。聞いてのとおり、今回の賊討伐には私も出陣するわ。ヒルダからいつ出征の要請がきてもいいように準備をしておきなさい」
「かしこまりました。陛下ならびに四騎士団長のご武運、心よりお祈りしております」
「なに他人事みたいに言っているの。お前も一緒に来るのよ」
「……はひ?」
一瞬、ランマルはなんとも間の抜けた、歯間から空気が漏れたような声を出してしまった。
しかし人間、あまりに突飛なことを突然言われたら、間の抜けた反応しかできないとランマルは思う。いや、そんなことよりも……。
「ぼ、僕も、いや、私も今回の戦いに随行するのですか!?」
「そうよ。臨時の主席侍従武官に任命してあげるから、私についてきなさい」
「じ、侍従武官……!?」
侍従武官とは、君主が王城の外で活動する際、護衛をかねて随行する侍従官のことである。
武官系の侍従官にとっては名誉職であるものの、「純粋」な文系侍従官のランマルにしてみれば、名誉どころかありがた迷惑以外の何者でもない。
それゆえ突然の仰天人事に魂の底から動揺し、遠回しに「断固拒否」の意志を示したのも当然のことであろう。




