第四章 かくて戦姫は賊討を決意す その③
「……以上が、グレーザー男爵からもたらされた報告にございます」
ひととおりの説明を終えてランマルは静かに椅子に腰をおろした。そして眼球だけを動かしてさりげなく周囲を見まわす。
ここは王城内にある重臣専用の会議室である。凶悪無比の盗賊団【黒狼団】出没の報告を受けて今、フランソワーズの招集をうけた文武の重臣たちが集まり、会議用のテーブルを囲んでいた。
その顔ぶれは上座のフランソワーズから見て、左側の席には宰相カルマン大公とダイトン将軍が座り、右側の席にはヒルデガルド、パトリシア、ガブリエラ、ペトランセルの四人の騎士団長が顔をそろえている。
ランマルが着席したのと前後して、彼らはまるで示し合わせたかのように上座席の女王に視線を走らせた。
彼らの視線の先でフランソワーズは、硬く厳しい表情の彼らとは対照的に、なんとも落ち着きはらった態で紅茶を飲んでいたのだが、やがてカップをテーブルにおくとカルマン大公に視線を転じた。
「それでは、まず宰相殿のご意見を伺いましょう」
意見を求められたカルマン大公は、明快な口調で即答した。
「賊が出没し、領民に被害が出ている以上は速やかに軍兵を派遣し、一帯の治安回復をはかるべきと存じます」
カルマン大公の言葉にフランソワーズは首肯して見せたものの、
「宰相殿の考えには私も同意ですが、しかし、ただ軍を派遣するだけではまたしても彼らに逃走を許し、いずれまた出没するという、これまでのイタチごっこを繰り返すだけになるでしょう。いっそこの機に、かの盗賊団を完全に一掃すべきと私は考えます」
「すると、陛下には何か妙策がおありで?」
どことなく猜疑の響きを含んだ声で訊ねたのはダイトン将軍である。
否、それは声だけではない。フランソワーズに向けられている将軍の表情は、みるからに「ふん、出来もしないことを言いよって」とでも吐き捨てたげである。
それも当然かもしれない。なにしろダイトン将軍自身、これまでに何度か黒狼団討伐の任務を自ら買ってでたことがあるのだが、しかしそのたびに討伐するどころか、盗賊一人すら捕まえることができずに失敗に終わった過去がある。
言うなれば現在の「イタチごっこ」状態を許している当事者の一人と言えなくもないので、女王の一語が自分への嫌みに聞こえたのだろう。
そんな将軍の心情を知ってか知らずか、フランソワーズは微笑まじりに応じた。
「もちろんですわ、将軍。今度こそかの盗賊団を一掃し、ひいては、かねてから噂されていたミノー王国の関与を白日の下に晒してみせますわ。さすればわが国は、かの国に対して大義名分を得られるのですからね。この機を逃す手はないでしょう」
大義名分という四文字を耳にしたとき、ランマルの脳裏にある種の不安がよぎった。
(まさか、この女王様。アレを口にするつもりじゃないだろうな?)
いくらなんでも、あんな荒唐無稽な寝言にもひとしい構想をこんな公の場で、しかも重臣相手に口にするほど、女王は愚かでも非常識でもノータリンでもイカレポンチでも(以下略)――ともかくランマルは胸中で膨らみ続ける不安を必死にかき消そうとしたのだが、そんな期待や願望を平気で踏みにじるのが自分の主君であることを、あらためてランマルが思い知ったのは、カルマン大公がいぶかしげにフランソワーズに質したときである。
「今、陛下は大義名分とおっしゃられましたが、それは何の話にございますか?」
「むろん、ミノー王国に攻め入るためのですわ。わが国に対してヨコシマな野心を抱くミノー国王の首級を獲り、それをもって栄光ある天下布武の第一歩にしましょうぞ。ホホホ!」
「テンカフブ……?」
興がった笑声をあげる女王をよそに、カルマン大公とダイトン将軍、ヒルデガルドら四将軍がそれぞれ「テンカフブって何?」とでも言いたげな視線を交わしあった。
ちなみにランマルはというと、海よりも深い絶望と失意に今にも泡を吹いて卒倒寸前である。
一方、そんな重臣たちの態度に気づいたのだろう。フランソワーズは笑うのをやめ、
「そうでした、まだ皆さんには話をしていませんでしたわね」
かくして「バカ、よせ、やめろ、黙れスイカップ!」と、表情と視線で制止するランマルに気づくことなく、フランソワーズは例の武力によってこのジパング島に存在する国々を征服し、かつてのジパング帝国に匹敵する大帝国を築くという自身の野望をとくとくと語りだしたのである。
当初、カルマン大公ら列席者たちは、フランソワーズの話を場の空気を和ませるための冗談話とでも思っていたのか。とくに表情を変えることなく黙って聞いていたのだが、話が徐々に具体性をともなって進むと、それが冗談でない「ガチ計画」であることに気づいたらしい。
フランソワーズが「……というのが私の意図するところです」と話を締めたのと同時に、吠えるような声が室内に噴きあがった。
「と、途方もない話だ! そのようなことができるはずもありませんぞ、陛下!」
というダイトン将軍の当然かつ率直すぎる反応に、だがフランソワーズは何も答えることなく、将軍の「常識論」をあしらうように微笑を浮かべただけである。
そんなフランソワーズを正視しながら、カルマン大公が将軍に同調した。
「将軍の申されるとおりです、陛下。かつてジパング帝国がこの島を統一できたのは、覇を競う相手が十国にみたぬ時代だったからです。ひるがえって現在のジパング島には八十を超える国々がございます。それをすべて征服するといのは机上の空論かと……」
「さよう。そのような絵空事の暴挙におよべば、わが国はぺんぺん草も生えぬ荒土と化すでしょう。お戯れもほどほどに願いますぞ、陛下」
(そうだ、そうだ。限度を知らないこの女王様にもっと言ってやってください!)
自分のような一介の侍従官が諫めたところで、この誇大妄想症を病んでいる女王は歯牙にもかけないだろうが、宰相と大将軍という文武の長に非難調で諫められればさすがに自省するはず――とランマルは思っていたのだが、フランソワーズの口から出たのは自省の弁ではなく、巧妙な話題そらしであった。
「ま、この件に関してはいずれ話し合いの場をもつとして、今は黒狼団の対策について話し合いましょう。民衆にこれ以上の犠牲が出ないうちに。それでよろしいですわね?」
カルマン大公とダイトン将軍はともに沈黙した。
この場合、沈黙とは「不承伏」の表現であって、実際、二人の表情はとても納得したようには見えなかったが、それ以上口に出して何も言わなかったのは、とにかく今は女王による「将来の暴挙」よりも、盗賊集団による「現在の暴挙」の解決策を話し合うのが先決と判断したからだろう。
二人はともに首肯し、話はすぐに実務的なことに入った。
ところが、この件でもフランソワーズはまたまたとんでもないことを言いだして、またまた列席者たちを絶句させたのである。
「さて、急ぎ国軍を派遣するということで話はまとまりました。あとは編成ですが……」
言いさしてフランソワーズはひと口ワインを呑み、さらに後をつないだ。
「この私が直接四騎士団を率いて出陣し、盗賊団掃討の指揮をとります」
それはなにげない一語であったが、列席者たちの度肝を抜くには十分すぎた。
ごつい見た目ほど胆力のないダイトン将軍はもちろん、四人の女騎士団長、さらには冷静沈着なカルマン大公ですら、まさかの「親征宣言」に二の句がつげずにいる。
「陛下御自ら出陣されるというのですか!?」
愛嬌のある丸い目をさらに丸くさせてそう訊ねたガブリエラに、フランソワーズはうなずいてみせた。
「そうよ、ガブリエラ。奴らの正体を暴くにはこれがもっとも効果的でしょうからね」
女王の真意をはかりそこねて困惑の顔を交わす列席者たちに、フランソワーズは微笑まじりに自らの意図するところを語ってみせた。
「黒狼団がたんなる賊の一党であれば、女王が自ら軍を率いてきたことにこちらの本気度というものを察し、たちどころに退散することでしょう。しかし、逃げるどころか逆に目の色を変えて襲撃してくれば、おのずとその正体がわかるというものです。ちがいますか?」
次の瞬間、列席者たちの面上に同種の閃きが走った。皆、女王の真意というものを悟ったのである。
すなわち、自ら【囮】となって賊たちをおびきだすという真意を。




