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第三章  かくて戦姫は策を謀る  その③  



「あいかわらずいい仕事をしてくれるわね、クレイモア伯爵は。フフフ……」

 

 フランソワーズがクレイモア伯爵から送られてきた「密書」を受け取り、自らの執務室内で愉悦の態でそれに目を通していたのは翌日の昼のことである。 

 

 会合に出席した顔ぶれはむろん、その座で吐きだされた糾弾の内容や潜在的反女王派と推測される人々の名前などが、手にする数枚の紙片に伯爵の直筆で事細かに記されていた。 


 ダイトン将軍らあいかわらずの顔ぶれに、あいかわらずの糾弾の中身にフランソワーズは冷笑を禁じえない。

 

 毛嫌いする女王への誹謗を並べるのがせいぜいで、希に女王追放の謀略めいた話を議論することもあるが、具体性に欠けた「妄想」で終わるのが常で、そんな彼らの姿を想像して嘲り笑う。それがこれまでの展開であった。

 

 ところが、今回はいつもと様子が異なっていた。

 

 送られてきた密書を興がった表情で読み始まり、同様の表情で読み終えようとしたフランソワーズの面上からふいに笑みが消えたのは、密書の最後の方に記された、これまでになかった一文を目にしたときのことである。

 

 手紙を読み終えたフランソワーズはそれをテーブルの上に置くと、ソファーから立ち上がり部屋の大窓を開け、敷設されている露台バルコニーに出た。そしてそこから望む城外の景色をしばし黙して眺めていたのだが、やがて室内に戻り呼び鈴を鳴らした。一人の女官が室内に入ってきたのは直後のことである。

 

 一礼の後に御用を問う女官に、フランソワーズは静かな語調で命じた。


「すぐに主席侍従官を呼びなさい」

 

 同時分、自らの執務室で山盛りの書類の決裁をしていたランマルが、急な呼び出しをうけて「走行未満・歩行以上」の歩調で女王の執務室に姿を見せたのは、数えること千ほどのことであった。


「ランマル、お召しにより参上いたしました」

 

 型どおりの挨拶を口にする側近をソファーに座らせると、フランソワーズは件の密書をランマルに手渡した。


「これは?」


「今朝一番に届いたクレイモア伯爵からの手紙よ。いや、密書というべきかしらね」


「密書?」


「そう。昨夜の糾弾会について書かれた伯爵直筆のね」


「そ、それは……」

 

 息をひとつ呑みこんでからランマルは、手にする紙片に視線を走らせた。

 

 ダイトン将軍を筆頭にクレメンス前騎士団長にブレームス前近衛隊長ら大物武官にくわえ、前宰相のペニシュラン公爵や前宮廷大臣のヒルトン侯爵といった大貴族らの名前を目にして、ランマルは内心において冷静さを保つのに苦労した。まさかこれほどの宮廷人が参加していたとは予想を超えていたのだ。

 

 むろん全員が全員、ダイトン将軍レベルの「深刻な憎悪」を女王に対して抱えているとは思わないが、それでも会合に参加している内にダイトン将軍ら「超強硬派」に感化され、女王への感情が負の方面に昇華するとも限らない。それを考えれば、ランマルとしてはとても平静ではいられなかった。


 ランマルがそんなことを考えていると、フランソワーズが静かに問うてきた。


「お前の感想を聞こうかしら?」


「……い、いや、何と言うべきか、その、凄い顔ぶれですね。ダイトン将軍ら武官の面々はともかく、ペニシュラン公爵にヒルトン侯爵のような大貴族までもが参加しているとは驚きです」

 

 ついでに女王あなたの嫌われっぷりにもね。そう内心で毒づく側近に、フランソワーズは嘲るような薄笑いで応えた。


「そう? どいつもこいつも『昔の名前で出ています』的な連中ばかりじゃないの。連中もそれを自覚しているからこそ、兄上を神輿に担ぐことを考え出したんじゃないかしら」


「兄上……?」


「手紙の最後の一文を読んでみなさい」

 

 促されてランマルは手紙の最後の一行に視線を走らせた。そこには伯爵いわく、


【尚、方々はついに大公殿下の担ぎ出しに言及しはじめております。御用心されたし】


 と記されてあった。

 

 しばしの沈黙後、ランマルはゆっくりと紙面から視線をはずすと、それまでとは異なる目色でフランソワーズに向き直った。


「で、殿下を担ぐ……?」


「連中もまんざらバカじゃないようね。どんなに名門だろうが自分たちだけではとても主流になれない、ましてや現状、女王に抗することなど酔漢よっぱらいの妄想ということは理解できているらしく、とうとう兄上に泣きつくことを考え出したみたい。ま、猿よりは知能があったということかしらね」


 毒のこもった嫌みをさりげなく無視し、ランマルはフランソワーズに質した。


「……それで陛下は、彼らが本気で大公殿下の担ぎ出しに動いた際には、いかがされるおつもりなのですか?」


「そうね……」

 

 フランソワーズは手にしていた紅茶のカップを静かにテーブルにおくと、足を組み直してからあらためてランマルを見やった。


「お前はどうすればいいと思う、ランマル? 思うところを言ってごらん」

 

 そう問い返されることを予期していたランマルは、心持ち声調を整えてから答えた。


「さすれば、今すぐに大公殿下にご忠告申しあげるべきかと存じます。かの一党とは距離をおき、いらぬ疑いをもたれないようにご注意されるべきと考えます」


「バカ言ってんじゃないわよ」


「……は?」

 

 おもわずきょとんとするランマルに、フランソワーズが続けて言う。


「考えてもみなさい。今の時点で兄上に忠告したら、せっかくの囮の役が果たせなくなるじゃないの。不満分子どもも兄上に距離をとられたら、妄動するのをやめるかもしれないしね」


「囮……にございますか?」


「そうよ。隙あらば私を玉座から蹴落とそうと考えている小悪党はまだ他にもいるはず。その種の連中を根こそぎ除去するにはそれなりの囮、いや、餌が必要でしょう。ちがうかえ?」


「え、餌にございますか?」


「そう、餌よ。そういう意味では兄上は最高の餌になるわね。宰相という地位といい王族という立場といい、もしダイトン将軍らが本気で担ぎ出しをはかれば、いまだ表面には出てきていない隠れ不満分子がこぞって群がることまちがいなしよ。そう思わない?」


「…………」

 

 さすがにランマルは即答できなかった。

 

 実の兄を「餌」に利用して、水面下にいる反女王派の人々を「釣り上げ」ようとしているフランソワーズの考えにあ然としたこともあるが、それよりなによりランマルが発声の意志をそがれた最大の理由は、フランソワーズにある「疑念」を抱いたからだ。




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