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第三章  かくて戦姫は策を謀る  その①



 それは衝撃の宮廷人事を断行した、あの国議の日から数えて十日目のことだった。 

 

 その日、部下の侍従官たちと昼食をとった後、自分の執務室であいかわらず山のように積まれた仕事の決裁をしていたランマルは、その最中に女王から呼び出しをうけた。

 

 急ぎ駆けつけ、女王の執務室の扉を開けて中に入ったとき。その室内ではフランソワーズが胸元が大きく開いたカタルティドレス姿でソファーに腰をおろし、一枚の紙片を手にしてそれを見つめていた。


「お呼びでございましょうか、陛下?」


「まあ、座りなさい、ランマル」

 

 ランマルがソファーに腰を降ろすと、フランソワーズがさっそく話を切りだしてきた。


「先刻、ヒルダから連絡が届いたわ」

 

 ヒルダとは、先頃フェニックス騎士団長となったヒルデガルドの愛称である。


「ヒルデガルド将軍から報告が?」


「そうよ。不平農民どもを鎮圧したとね」


「それはそれは……」

 

 鎮圧成功の一報に、ランマルの中に軽くない驚きが生じた。 

 

 勅命をうけ、麾下のフェニックス騎士団を率いて国都を発ってまだ十日余り。国都から現地までの距離や移動時間を考えれば、現地に到着してから農民たちの暴動を鎮圧するまで三、四日ほどしかかかっていないはずだ。

 

 フランソワーズいわく「味をしめた」農民たちが、戦わずして白旗を揚げたとはランマルには思えない。


 となれば、ヒルデガルドが自己の武才と知略によって早期に鎮めたわけであり、その手腕にランマルは感嘆するしかなかった。


「さすがはヒルデガルド将軍ですね。いや、見事なものです」


「でも彼女が本当に見事なのは、用兵の手腕に優れているだけではないわよ」


「と、おっしゃいますと?」


「今回ほどの規模ではないにしても、今年に入ってからやたらと農民どもが騒動を起こしていることはお前も知っているわよね?」


「はい、承知しておりますが」


「しかも、そのほとんどが国土の北部帯ばかりで、ということもね」


「御意ですが、それが何か?」

 

 今ひとつ女王の真意をはかりそこねたランマルは軽く眉をひそめたのだが、すぐにフランソワーズがその疑問を解いた。


「北部帯の農民ばかりがやたら暴動が起こすことに、ヒルダはかねてから不審を感じていたようで、鎮圧任務と平行して彼女なりに現地で調査をしたようよ」


「将軍が調査を?」


「そう。で、その結果、昨今頻発している農民たちの蜂起の陰には、どうもミノー王国が一枚からんでいる可能性がある。彼女からの報告書にはそう記されてあったわ」


「ミノー王国が?」

 

 フランソワーズが口にした国の名に、ランマルは軽く両目をしばたたいた。

 

 ミノー王国とは、オ・ワーリ王国から見て北に位置する隣国のひとつである。

 

 先の王妃でフランソワーズの義母にあたるマレーヌ王太后はそのミノー王家の出身であり、オ・ワーリ王国とは親戚関係にある国なのだが、その言葉から想像されるほど良好な関係にある国ではないことをランマルは承知している。


「つまりミノー王国が陰からわが国の農民たちを扇動し、一連の暴動を操っているとおっしゃられるのですか?」


「ヒルダはそう見ているようね。ま、私もだけど」


「…………」

 

 フランソワーズの一語にランマルは沈黙で応えたが、この場合、沈黙は「まさか?」という懐疑の表現ではなく「またか!」という得心のそれであった。

 

 それというのも北の隣国ミノー王国は、オ・ワーリ王国に対して何かと「ちょっかい」を仕掛けてくる歴史的な「要注意国」であったからだ。

 

 とくに現国王ドゥーク三世の即位後はその「ちょっかい」の度合いにも拍車がかかり、自身の異母妹たるマレーヌ王女を「両国の関係を深めたい」という理由で先王オーギュスト十四世に「強引」に嫁がせると、その後は義理の兄という立場を利用し、オ・ワーリ王家に対してあれやこれやと「助言」と称する干渉を繰り返してくるなど、国内では「鼻つまみ者」として悪名をはせていた。

 

 ただ義弟であるオーギュスト王は亡くなり、異母妹のマレーヌ王太后も夫の死後に国都を去り、地方にある天領で隠棲の身。さらに甥にあたる二人の王子が先の内戦で死去して以降は、その干渉もぴたりと鳴りを潜め、ランマル自身、ドゥーク王の存在など今日までとんと忘れていたのだが……。


 ランマルは気持ち声調を整えてから口を開いた。


「たしかにミノー国王が、先王オーギュスト十四世の御代より義兄という立場から何かとわが国にちょっかい――いや、干渉の手を伸ばしてきていたことは承知しております。しかしながらそのオーギュスト王はすでに鬼籍に入られ、妹君たるマレーヌ王太后も隠棲されている御身。いったいミノー国王はいかなる思惑があって、今この時期にわが国に干渉しようとしているのでしょうか?」


「あら、わからないの? 明敏なお前らしくないわね」


「と、申されますと?」


「私の治世をひっくり返したいと思っているのは、何も国内の人間ばかりではないということよ、ランマル」


「な、何と……!?」

 

 フランソワーズの一語に、ランマルは驚きに声を詰まらせた。

 

 それも当然であろう。ミノー国王ドゥーク三世がオ・ワーリ王国の王権転覆を陰から謀っている。暗にそう言っているのだから。

 

 それが事実とすれば、もはや「ちょっかい」レベルの話ではなくなるだけに、ランマルとしては声を詰まらせる以外なかったのだが、それでもひとつ息を呑み、重い口調でフランソワーズに質した。


「……それで、昨今の農民たちの蜂起にミノー王国が関与していることが仮に事実だとして、陛下はいかがされるおつもりなのですか?」


「そうねえ……」

 

 そう言ったきりフランソワーズは沈黙し、手にするティーカップ内の紅茶を軽く回していたが、それも長いことではなかった。


「まあ、ミノー王国に関しては私も性急に結論を出す気はないわ。確たる証拠があるわけでもないし、連中がボロを出すまで静観することにするわ。それに、今は他に優先しなければならないことがあることだし」


「優先しなければならないというのは?」


「きまっているでしょう。国内の反女王派を皆殺しにするのよ。一人残らずね」

 

 女王らしからぬ苛烈なその物言いにランマルは「うっ」と内心でうめいたが、隣国の王がフランソワーズの「失脚」を画策している可能性がでてきた以上、皆殺しはともかくとして、国内に潜在する反女王派を放置しておけないこともまた事実であった。

 

 今は不平農民レベルにとどまっていても、いつなんどき反女王派の貴族や将軍らがミノー国王と手を組ん、王権転覆に乗りだしてくるかわかったものではないからだ。

 

 とはいうものの、「じゃあ、どうすればいいの?」と言われると、ランマルにはどう対処すればいいのか正直答えは見いだせない。ダイトン将軍のようにわかりやすい「反女王キャラ」は別として、ほとんどの廷臣が内心ではともかく表面的には忠誠を誓っているように装っているため、誰が反女王派なのか見分けがつかないからだ。潜在的な反女王派を特定するのは、なかなか困難なことにランマルには思われた。

 

 そんな自身の懸念をランマルが遠慮がちに進言すると、なんとも意味ありげな微笑が女王の口もとを飾った。


「心配いらないわ、すでに手は打っているから」


「えっ、それは?」


「お前はクレイモア伯爵という人物を知っている?」


「クレイモア伯爵……?」

 

 唐突に問われてランマル返答に窮したものの、すぐさま思考と記憶力をフル回転させて、該当する人名と顔を思いだした。

 

 そうはいっても王城で何度か見かけただけの、真っ白な髪をした初老の貴族という以外、ランマルはよく知らなかったが。


「はい、一応お名前は存じあげておりますが、それでその伯爵が何か?」


「そのクレイモア伯爵の屋敷では、毎月一定の日に、とても興味深いパーティーが秘密裏に開かれているのよ」


「パーティー?」

 

 フランソワーズは小さくうなずき、事情を明かした。

 

 フランソワーズの言うところでは、クレイモア伯爵なる貴族は毎月一定の日に、自身の別邸で年代物ワインの品評会なるものを催しているのだが、それは表向きの顔。実態は国内の反女王派の貴族や騎士たちを招き、屋敷の地下室で女王に対する罵詈雑言をかわす、いわゆる「糾弾会」だという。

 

 糾弾会というとなにやら不穏な気配がただようが、つまるところ現在の宮廷内にあってうだつが上がらない連中が、アルコールの力を借りて愚痴を漏らしあい、女王への罵詈雑言をかわしあってうっぷんを晴らしているというだけの話だと、フランソワーズは笑いながら言う。

 

 最初は伯爵の近辺に諜者でも放って調べたのかと思ったランマルであったが、ある疑念が脳裏に浮かんだ。


「……ひょっとして、陛下自らが件の伯爵を陰から操って、そのような会合をあえて開かせておいでなのでは?」


「正解!」

 

 フランソワーズは興がった笑いを発し、語をつないだ。


「ほんと、お前は聡い子ね。そのとおり、伯爵は私の命で糾弾会を開いて国内の不平分子どものあぶりだしをしているのよ。ま、始めた当初はさすがに警戒してほとんど集まらなかったらしいけど、今ではクチコミで評判が広がり、けっこうな人数が集まっているようよ。ちなみに今月の開催日は今日の夜」


「今宵と?」


「そう。今頃、伯爵の屋敷にぞろぞろと集まっている頃かしらねえ。私に踊らされているとも知らずに……」

 

 そう言って、フランソワーズは薄く笑った。




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