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第二章  かくて戦姫は大望を抱く  その⑤



「まずは文官の人事ですが、宰相の下に新たに三人の副宰相職を設けます。一人は国の財政面を、一人は国の立法面を、一人は国の人事面をそれぞれ取り仕切ります。これにより現在の宰相の職務負担を減らし、円滑かつ効率的な国政を実現させるのがその狙いです」

 

 フランソワーズが言い終えるのと前後して、先ほどとは比較にならないほどの驚きと困惑のどよめきが広間内に生じた。

 

 期せずして彼らの視線が注がれたのはカルマン大公にであった。

 

 それも当然であろう。なにしろフランソワーズの新たな決定は、表面的には宰相の負担軽減や円滑な国政のためと謳っているものの、そのじつ現在宰相が握っているすべての権限を奪い、新たに創設する副宰相職にゆだねるというものなのだから。

 

 これが意味することはひとつ。カルマン大公から宰相としての権力を剥奪し、ただの「お飾り宰相」にするということだ。参列者たちの視線が彼に注がれたのは、そういう理由からである。

 

 しかし自己の権力を奪われる格好となった当のカルマン大公はというと、ざわめく参列者たちとはことなり、とくに表情も変えることなく玉座の女王を正視していた。


「さて、次は武官人事についてですが……」

 

 というフランソワーズの声に広間内からはたちどころにざわめきが消え、彼らの視線がふたたび玉座の女王に集中した。


「さきほどの文官人事と同様、こちらも新たな職権を新設いたします。現在国軍を統べている大将軍の下に新たに四人の副将軍を設け、それにともない王国騎士団を四隊に分割し、四人の副将軍に各団長職を兼務させます。創設理由は言うまでもなく大将軍の職務負担の軽減、および国軍組織の円滑かつ効率的な運用のためです」


「ぶ、分割ですと!?」

 

 フランソワーズが言い終えるのと前後して、吠えるような声が広間内にあがった。参列者の視線が集中した先には、なにやら血の気を失った顔の発声者――ダイトン将軍の姿がある。

 

 その将軍に視線が注がれた理由は、先刻のカルマン大公のものと同種である。すなわち、現在大将軍としてあらゆる軍権を握るダイトン将軍の手から、権力だけではなく指揮する兵まで剥奪する。そう言っているのだから。

 

 なにしろ国軍の主力たる王国騎士団の指揮権を失うということは、もはやダイトン将軍の手には歩兵しか残らないことを意味する。将軍が血の気をなくすのも道理というわけだ。

 

 もっとも理性の人たるカルマン大公とはことなり、こちらは黙って権力を奪われる気はないようであった。

 

 武官の列から荒々しく一歩前に踏み出すと、玉座の女王を睨みつけるように見あげ、強い髭を震わせながら反駁した。


「お、お言葉ながら陛下。軍というものは分散させては意味がありません。兵力は集中させてこその兵力ですぞ。指揮権の分散化などもってのほかにございます!」

 

 度しがたい小娘女王めとでも言いたげな、否、あきらかにそう主張する表情が怒りにひきつったいかつい面上にはあったが、その程度のことを意に介するような若き女王ではなかった。


 冷ややかすぎる目つきでダイトン将軍を見すえると、同様の声音で言い返したものである。


「兵力の集中が重要なのは戦場での運用においてですよ、将軍。平時にあっては指揮系統の簡略化、組織間の意思伝達の速度向上をはかることこそ、いざというときに国軍を円滑に動員して有事に対応できるというものです。ちがいますか?」

 

 またしてもどよめきが起こったが、今度は驚きや困惑のものではなく、あきらかに賛同のそれだった。


 誰もが女王の考え方のほうが理にかなっていると判断したのだ。

 

 そんなこともわからないから何度も戦いで負けるのだ。負け癖のついたコウモリ野郎は執務室で書類の決裁だけやっていろ。ダイトン将軍を見すえるフランソワーズの目はそう主張していた。すくなくともランマルの目にはそう映った。

 

 一方、さしものダイトン将軍も女王の考えを支持する「場の空気」というものに気づいたらしく、


「ぐぬぬ……!」 

 

 と、歯ぎしりまじりではあったが黙りこんでしまった。

 

 だが沈黙したものの濃い髭に覆われた面上からは、女王へのあからさまな不満、怒り、苛立ちといった「負の感情」が水蒸気のごとく噴き出ている。

 

 内心はともかく表面的には平静を装うカルマン大公とは、人間の器というものにおいて雲泥の差があるなと、ランマルなどは思わずにはいられない。


 そんなダイトン将軍から視線をはずすと、フランソワーズは正面に向き直り、


「それでは早速ですが、これより新たに選任する副将軍の叙任式をおこないます」

 

 フランソワーズの宣言の後に楽奏隊のラッパ音が続き、その音響に重なるようにして広間の扉が開いた。


 銀色の甲冑に王家の紋章が入った白いマントをつけた四人の騎士が広間に入ってきたのは直後のことである。

 

 期せずして参列者たちの視線がその四人に注がれたのだが、ほどなくして彼らの表情は不格好に凍てついた。


「な、なんと……!?」

 

 広間内にあらわれた四人の騎士たちをひと目見るなり、ある者は声を失い、ある者は顔をゆがませ、ある者は隣の人間と無言のまま視線を交わしあっている。態度こそ千差万別であったが、驚きのあまり「二の句が継げない」という点は共通していた。

 

 彼らが驚いたのも無理はなかった。なにしろ姿を見せた四人の「副将軍」たちは、全員が女性であったのだ。それも女王と同世代と思われる若い娘たちがである。

 

 一人は濡れたような光沢の黒髪を背中まで伸ばした娘で、名はヒルデガルド。

 

 一人は愛嬌のある丸い目と小麦色の肌が印象的な娘で、名はガブリエラ。

 

 一人は女王をさらに上まわる長身の娘で、名はパトリシア。

 

 一人は短く刈った、赤みをおびたくせ毛が特徴的な娘で、名はペトランセル。

 

 四人はこの年、いずれも十九歳になる娘たちで、皆フランソワーズの近衛隊の出身であるが、共通しているのはそれだけではない。

 

 四人とも女性ながらに傑出した武才と武芸の所有者であり、事実、先の内戦ではフランソワーズによって女王軍の部隊指揮官に抜擢されると、カルマン軍との大小数度にわたる戦いにことごとく勝利し、フランソワーズの覇権確立に多大な貢献をはたした。

 

 全体の作戦を練ったのはむろんフランソワーズであるが、それを部隊指揮官として忠実かつ確実に四人が戦場で実行したからこそ、先の戦いで女王軍は勝利をおさめることができたともいえるし、なにより女王本人がそれを公言している。

 

 ゆえに今回の「副将軍・兼・騎士団長」への大抜擢につながったのだが、だからといって職権を奪われる側が納得するかどうかは別問題であり、案の定、納得するはずもなかった。

 

 ざわめく広間内を颯爽とした歩調で進んできた四人の女騎士たちは、ほどなく階の前まで進みいたると、そこで片膝をついてかしこまった。


 ダイトン将軍がまたしても列から一歩踏み出て、玉座の女王に噛みついてきたのは直後のことである。


「へ、陛下! まさかこのような年端もいかぬ娘たちを、こともあろうに光輝ある騎士団長に据えようなどとお考えではありますまいな!?」


「この状況から推察しますと、どうやらそのようですわね」

 

 フランソワーズの返答も人を食っている。おかげでダイトン将軍は反論すべき言葉を見失い、今にも卒倒しそうな態で「あうあう」とあえぐだけである。

 

 そんなダイトン将軍には目もくれず、フランソワーズは正面に向き直ると表情をあらためて四人の女騎士たちに声を向けた。


「事前の通達通り、そなたたち四人を新設する四騎士団の指揮官に任じます。ヒルデガルドはフェニックス騎士団の、ガブリエラはタイガー騎士団の、パトリシアはドラゴン騎士団の、ペトランセルはタートル騎士団の、それぞれ団長といたします。よろしいわね」


「ははっ。ありがたき幸せにございます」

 

 異口同音にうやうやしく低頭する四人の娘たちを、文武の参列者たちはただただ声もなく呆然と見つめている。

 

 まさかの「女騎士団長」の誕生を目の当たりにして、胆力に優れたカルマン大公ですら呆気の態で彼女たちを見つめており、そんな彼女たちに配下の騎士団を奪われるダイトン将軍にいたっては、もはや怒りをとおりこして絶望のあまり喪心状態であった。

 

 ともかくも事ここにいたって広間内の参列者たちは、今日、緊急の国議を招集した女王の真意をようやく察したようだった。

 

 すなわち、人事という名目の「懲罰」を断行したということを、である。

 

 事の発端は先月のことであった。国内某地方の寒村で、そこに住む農民たちによる大規模な武装蜂起、いわゆる「一揆」が起きたのだ。

 



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