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職業選択の自由

職業選択の自由 4 ~とある死霊術師の旅路~

作者: 新米少尉

既投稿作品の「職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~」「職業選択の自由~死霊に支配された王国~」の結末の短編です。

申し訳ありませんが、本編だけでは成立せず、前記作品(少なくともネクロマンサーを選択した男)を読んでくれた方にしか分からない内容です。

 死霊術師ゼロ。

 魔王ゴッセルを倒し、冥神サイノスを滅した、彼の功績を知る者は少ない。

 それもこれも過去の話であり、冥神との戦いからも10年以上の時が経過している。


 度重なる無理が祟り、冥神サイノスとの戦いの後は杖無しには歩けなくなり、身体の自由も利かなくなった。

 それでも冒険者としての活動を続けたが、それも長くは続かず、数年と経たずに冒険者としての仕事が出来なくなり、冒険者を引退した。


 冒険者を引退してからは風の都市の隅の森の中の家で静かで穏やかな日々を送っていた。

 日常生活に不自由は無いが、それでも献身的にゼロの身の回りの世話を焼いていたのはレナ・ルファード、シーナ・リドルナ、リズ・フェリスの3人の愛人だ。


 今のゼロは病魔に冒されているわけではないが、死霊術師としての宿命か、今までの度重なる無理の報いか、日に日に体力、生命力が低下していることが自分でも分かる。

 ゼロにしてみれば、命尽きる時までの残りの時間を大切な人達に囲まれて穏やかに過ごすという罪深い死霊術師としては贅沢過ぎる日々を送っていた。

 今のゼロにはこの心安らかな日々が死霊術師としての人生の余りの時間だと感じているのだ。

 当然ながら周囲の人々にはそんなこと、自らの死期が近づいていることは伝えていない。


 今日も家の外に出した椅子に腰掛け、本を開いているが、なんとなく目で文字を追っているだけで、読んでいるわけではない。

 午後の穏やかな日差しと優しい風を浴びながらかつての仲間達を思い出す。


 精霊騎士となったライズは今や白金等級の冒険者として勇者の称号を得ている。

 最後に会ったのは3年程前か、ふらりとゼロの家を訪ねてきたライズは冒険者を引退しようと考えていると話していた。

 なにもゼロのように体力の衰えを感じてのことではなく、後に続く若者達に後を託してイリーナが好きだった水辺の静かな場所でのんびりと釣りでもしながら過ごしたいそうだ。

 尤も、ライズのことだ、直ぐに飽きて再び返り咲きそうな気がする。


 オックスとリリスはライズと共に白金等級の勇者の称号を得て相変わらず冒険者として活躍している。

 風の都市に来ると必ずゼロの家に来て他愛のない話をしていく。

 イズやリズもそうだが、長命種の2人はまだまだ冒険者を続けるとはいうが、ゼロやライズ達と活躍していた頃が自分達の黄金期だったとぼやいていた。


 聖女セイラはアイリアと共に冒険者を引退している。

 今やセイラはシーグル教の聖女であり、教皇に任じられ、人々に教えを説いている。

 アイリアはセイラの直近護衛士であるが、今のセイラに護衛など必要は無く、どちらかというと、教義以外のことの相談役のような立場らしい。


 泣き虫英雄のレオンのパーティーは今や金等級の真の英雄だ。

 英雄の称号以上の勇者の称号の授与が打診されたが


「勇者よりも英雄の方がいい」


というよく分からない理由で勇者の称号を蹴ったのは有名な話しだ。


 リックスは銀等級まで昇級した後に冒険者を引退し、今は新設された冒険者の訓練所の所長をしている。

 新米冒険者の生存率を高めるために設立され、訓練を受けるか否かは冒険者の自由であるが、リックスの訓練所は希望者が多い。

 持ち前の危険回避能力の伝承だけでなく、自らの犯罪歴を隠さずに冒険者教育に生かし、冒険者のモラルの底上げをしたのは大きな功績だ。

 リックスは独身を貫いているが、本人に言わせると


「妻なんか娶ると肩が凝る。自由に遊べる今の立場がいい」


とのことだ。

 但し、リックスの周辺で剣士と魔導師の女性2人組が頻繁に目撃されているらしい。


 鍛冶師のモースは相変わらず炎に満ちた鍛冶師生活を送っている。

 今では再び弟子を取り、技術の伝承に努めているようだ。

 ゼロが自由に歩けなくなってからはモースの方が酒樽を抱えて訪ねてくるようになった。


 風の噂によれば、聖騎士イザベラは聖騎士の称号を返上し、結婚して子供が生まれ、家庭に入ったと聞いた。

 結婚はともかく、イザベラが聖騎士を辞したことについてはゼロは信じていない。

 仮にそれが真実だとしても、彼女は必ず腰にサーベルを帯びている筈だ。


 大貴族エルフォード家当主のセシル・エルフォードはクロウシス家当主のルーク・クロウシスと結婚し、エルフォードの家名を残し、ルークがエルフォード家の当主となった。

 今やアイラス王国でも1、2を争う大貴族だ。

 美しい淑女に成長したセシル達夫婦に子供はまだいないが、夫婦仲も睦まじく、そう遠くない未来には後継ぎの誕生が望めるだろう。


 エルフォード家の執事であり、騎士隊長であり、ゼロの友人でもあるガストン・マイルズは3年前に他界している。

 亡くなる1ヶ月ほど前にゼロがエルフォード家を訪問して酒を酌み交わしながら夜通し語り合ったことはいい思い出だ。


 ゼロの友人といえば、魔王プリシラを忘れてはいけない。

 今でも南の山脈の奥深くの古城で魔物達と穏やかに過ごしている。

 何の前触れも無しに転移魔法でゼロを呼び寄せてお茶に付き合わせるのは勘弁してほしいところだ。

 先日などは入浴中に転移魔法をかけられて、丸裸のゼロと湯浴み着姿でゼロの背中を流していたシーナもろともに呼び寄せられて、挙げ句に


「取り込み中ならば先に言え!」


と理不尽に叱られたものだ。

 

 ゼロの死霊達も、今やゼロの側にいるのは最強のオメガだけだ。

 ゼロがレナ、シーナ、リズの愛に屈した時、かつての宣言どおりアルファは姿を消し、輪廻の門をくぐった。

 別れではない、新たな絆への旅立ちだった。


 アルファが旅立った後、程なくしてゼロの愛を分け合った3人の愛人達が懐妊した。

 最初に生まれたのはシーナとの娘である長女、アリエッタ・リドルナだった。

 黒髪に右目が赤、左目が黒のオッドアイの長女はゼロの血と能力を一番濃く引き継ぎ、ゼロと同じく生粋の死霊術師として成長している。

 性格はゼロとシーナの娘だけあって真面目でしっかり者だ。


 長女が生まれてから数ヶ月、レナが次女、アリエッタ・ルファードを産んだ。

 黒髪で右目が黒で左目が赤のオッドアイの次女は長女と双子のように瓜二つだ。

 母親の性格と魔力を濃く受け継ぎ、魔法と死霊術の混合術の使い手で、魔力の総量は姉妹の中で断トツに高い。

 頑固な面もあるが、誠実な性格だ。


 そして、最後に産まれたのが、シルバーエルフのリズが産んだアリエッタ・フェリス。

 銀髪で両目が赤いハーフエルフだが、ゼロがみる限りアルファの魂を一番多く残しているのは末娘だ。

 母と同じ精霊魔法と死霊術の混合術の使い手であり、母親譲りの優しい性格の持ち主だ。


 結果、アルファの魂は1人の人間が受け止めることができずに、3人の娘に別れて受け継がれた。

 3人はゼロや母親に似ていながらもどこかアルファの面影が残されている。

 因みに3人の同じアリエッタとの名はゼロが適当に考えた名だ。

 まだ3人が懐妊する前、シーナ、レナ、リズの3人がそれぞれまだ見ぬ自分の娘を想像して戯れにゼロに聞いた時にゼロが考えた名だ。

 娘として生まれ変わってくるアルファを思い、愛称がアルと呼べるようなイメージで本当に適当に考えただけ。

 ゼロもアルファが三姉妹として生まれ変わるとは思っておらず、しかも、その場の会話の流れ程度に考えた名を3人の母親が譲らず、それが運命だとばかりにそれぞれ自分の娘に名付けてしまったのである。


 産まれてきた3人の娘はアルファであって、アルファではない。

 それを理解しているゼロだが、ゼロ自身、父親の存在を知らずに育ったこともあり、娘達にどう接したらいいのか分からなかった。

 物事に動じないゼロが右往左往しながら3人の娘と成長する姿は周りの人物に言わせると、ゼロらしくもあり、新鮮で見ものでもあったとのことだ。

 結局は師匠フェイレスの教えを参考に、娘達には自分の人生の選択肢を広げられるように多くのことを教えた。

 娘達が成長する頃には自分はもういない、そう思ってのことだが、そのゼロの気持ちはシーナ、レナ、リズにも伝わっている。


 そして、成長した娘達を守ることができないゼロは3人に自分が信頼する死霊達を託した。

 アリエッタ・リドルナにはサーベルとミラージュ。

 アリエッタ・ルファードにはスピアとシャドウ。

 アリエッタ・フェリスにはシールドとジャック・オー・ランタン。

 自分亡き後に3人の娘達を守ってほしいとの願いを込めてのことだ。


 3人の愛に敗北したゼロは冒険者を引退してからは彼女等のために残りの時間を費やした。

 そう長くはない余りの人生位は穏やかに愛する人達のために使おうと思ったのだ。

 それが死霊術師として分不相応の罪深き贅沢であることは理解しているが、それもこれも自分のためではなく、愛する愛人、いや、妻達に向けてのゼロの想いだ。

 ゼロ自身も


「1人に絞らずに、3人を愛して子を産ませる、我ながら下衆の極みですね。人を愛するということを学ばずに生きてきた報いですか・・・」


と日頃から自虐的にもらしていた。

 ただ、そんな穏やかな日々がリズ、シーナ、レナの3人にはたまらなく幸せだった。

 ゼロも毎晩のように1刻でも、半刻でも、それぞれと語る時間を大切にしていた。

 それはレナ、リズ、シーナの他愛のない日常の話を聞いて、ゼロに至っては毎晩ほぼ同じ話であるが、2人きりで話すその時間が3人はたまらなく好きだった。



 ある晩のゼロとレナの会話。


「最近アリエッタも随分と生意気になったわ。読み書きを覚えたと思ったらもう私の魔導書を読み漁って、雷撃魔法を試そうとしていたのよ。ゼロからも言って聞かせてよ」

「アリエッタは貴女によく似ていますね。学習好きで、自信に満ちて、頑固者。まあ、いいじゃないですか、いつかみたいに魔力が暴走して家の壁を焦がされても仕方ないですから。オメガにでも見ていて貰えば、訓練にもなるでしょう。やりたいようにやらせてあげましょう」

「まったく、アリエッタには甘いんだから」

「それもこれもレナさんの娘だからですよ。無茶をするようで、限界をわきまえています」


「私はレナさんに助けられてばかりです」

「何を言っているのよ。助けられたのは私よ」

「いえ、レナさんが私を導いて、諫めて、引き止めてくれました。貴女がいなかったら今の私は存在しません」

「それでも、助けられたのは私。貴方についてきて本当に良かったと思っているわ。今までも、これからもね」

「レナさん、いつも一緒にいてくれて、ありがとうございます」


 レナの話題はともかく、ゼロの話は毎晩のように同じような内容である。

 しかし、レナはこの同じ話をまだまだ聞き足りない、何百回、何千回でも聞き続けたいと願っていた。



 別の日のゼロとシーナの会話。


「今日はアリエッタが夕食を作る手伝いをしてくれたんですよ」

「アリエッタはシーナさんに似てしっかり者ですからね」

「お料理も掃除も大好きみたいです。でも、掃除をスケルトンに手伝わせるのはどうかと思いますよ」

「死霊術に関しては3人の中で一番ですからね。もしかすると私以上の死霊術師になるかもしれませんよ」

「だとしたら心配です。ゼロさんみたいに無理をしないか」

「その辺は大丈夫、実は死霊術というのは男の術師よりも女の術師の方が身体にかかる負担は圧倒的に少ないんです。女性は新たな生命を産むことができるからみたいですよ」


「シーナさんには私が風の都市に来てからずっとお世話になりっぱなしでした。貴女が信じていてくれたからこそ今まで生き延びてこれました」

「私は重い女です。レナさんやリズさんのようにゼロさんについて行くことが出来ないから、信じて待っているなんて、ゼロさんの重荷になるようなことばかり・・・」

「そんなことはありません。シーナさんが信じて待っていてくれたからこそ、ここが私の帰るべき場所になったんです。シーナさん、いつも信じていてくれて、ありがとうございます」


 シーナは信じていた。

 信じていればゼロは必ず帰ってきてくれた。

 だからこそ、ゼロとこれからの長い人生を一緒に歩いていけると信じたかった。



 また別の日のゼロとリズの会話。


「アリエッタは私と同じ火の精霊との相性が抜群ですが、小さな花の精霊ともお友達みたいです。今日も楽しそうに話していました」

「アリエッタはリズさんとそっくりの優しい子です」

「はい。でも少しだけ心配です。将来は冒険者になるって言っています」

「大丈夫ですよ。あの子は優しいだけでない、心が強い子です」

「兄もそう話していました。兄といえば、私とゼロ様の間にアリエッタが産まれたから兄はゼロ様の義兄ってことになりますよね?」

「まあ、形式上はそうなりますか」

「その話を兄にしたら、義兄ではなくゼロ様の友となれたことの方が嬉しいと話していました」

「私も忌み嫌われる死霊術師でありながら、多くの友に、愛する人に恵まれました。幸せなものです」


「リズさん、いつも私の背中を見ていてくれて、ありがとうございます」

「いえ、私もゼロ様の背中が好きです。レナさんやシーナさんのようにゼロ様の横に寄り添うのではなく、ゼロ様の後に付いていきたいのです。貴方の後ろが私のいるべき場所です」

「そうして何度も助けられました。いざという時、リズさんがいつも後ろにいてくれました。本当にありがとうございます」


 エルフのリズと人間のゼロとでは人生の長さがまるで違う。

 どう足掻いてもリズはゼロを見送ったあとに何百年の時を生きなければならないのだ。

 それでもリズは手を伸ばせばその背中に触れることができるゼロの後ろを歩き続けたいと思った。

 ゼロのことを見送るなんて考えたくはなかった。

 


 そんな日々を送っていたある日の夜、3人との語らいを終えて1人で自室の机で本を呼んでいたゼロはいつの間にか眠りに落ちていた。


「ゼロ・・・時が来たぞ」


 懐かしい声で目を覚ましたゼロ。

 そこに立っていたのは死霊術師フェイレスだった。

 

「ゼロ、貴様の寿命が尽きる時だ」


 死の時を告げられたゼロの心は穏やかだった。


「そのようですね」


 ゼロの言葉にフェイレスはとても優しい笑みを浮かべた。


「生き抜いたか?」

「はい。生きて、生き抜きました。レナさん、シーナさん、リズさんには人を愛する気持ちを教えてもらいました。何も思い残すことはありません。後は残してゆく皆さんの幸せを願うだけです」


 フェイレスは頷く。


「そうか。しかし、貴様は死霊術師だ。その意味は分かるな?死霊術師は死しても狭間の門をくぐることはできぬ。故に輪廻の星空から彼女等を見守ることも叶わぬ。死霊に身をやつし、永久の虚無に落ちるだけだ」

「それも承知の上です。皆に迷惑を掛けないように、ひっそりと闇の中を漂いますよ」


 そんなゼロにフェイレスは手を差し伸べた。

 まるで母親が我が子を見るかのように慈愛に満ちた眼差しだ。


「ゼロ、貴様の師として、育ての親としての我の我が儘だ。貴様を死霊にはさせん。我の下に帰って来い。我の下で永久の穏やかな眠りにつくがいい。心配するな、オメガ達も一緒で構わん」


 ゼロは師であるフェイレスに手を伸ばす。

 既にゼロの魂はその身体から離れていた。


「おかえり、わが愛弟子よ。よくぞ死霊術師としての生を全うした。あとは我の懐で穏やかに眠れ・・・」

  

 ゼロの魂はフェイレスの手に抱かれて、残してゆく人々の幸せを願いながら永遠の眠りについた。



 その朝もいつもと同じ朝だと信じていた。

 朝食の準備を終えたシーナがゼロの部屋にやってくる。


トントントン

「ゼロさん、朝食ですよ」


 普段は直ぐに返ってくる返事がない。


「・・・・ゼロさん、入りますよ」


 扉を開けて室内に入ると、ゼロは机の前の椅子に座っていた。

 震える足でゼロに近づくシーナ。


「ゼロさん?・・・・」


 椅子に座ったままのゼロは永遠の眠りについていた。

 いつかは来ると思いながら、信じたくなかった時が来たのだ。

 シーナはそっとゼロを抱きしめた。


「ゼロさん、私を幸せにしてくれて本当にありがとう。ゼロさんとの思い出がある私はこれからも、ずっと幸せですよ」


 ゼロの身体にはまだ温もりが残っている。


「レナさん!」


 呼ばれてゼロの部屋に来たレナは涙を流しながらも笑顔でゼロを見つめるシーナを見て全てを悟った。


「ゼロ、逝ったのね・・・・」


 シーナは涙を拭きながら頷いた。


「私、リズさんを呼んできます。レナさんはゼロさんのそばにいてあげてください」

 

 2人きりの時間を分け合うシーナとレナ。

 リズが来たら2人きりにしてあげなければならない。

  

 レナは眠っているゼロの頬に自分の頬を寄せた。


「ゼロ、いつも一緒にいてくれてありがとう。本当に幸せだったわ。でも、私達はこれからもずっと一緒、絶対に逃がさないわよ」


 ゼロの頬にも温もりは残っていた。


 シーナに呼ばれて駆けつけたリズ。

 シーナとレナは家の外にいる。


 リズはゼロの背中にそっと寄り添った。


「ゼロ様、私を導いてくれてありがとうございます。幸せをくれてありがとうございます。未来をくれてありがとうございます。私はこれからもゼロ様の歩んだ道を歩き続けます。私達を見守っていてください」


 ゼロの背中もまた温もりが残っていた。


 ゼロの死は彼を知る僅かな人々にのみ知らされ、ひっそりと弔われた。 

 そのままだと死霊と化してしまう可能性があるため、ゼロの遺体はレナとリズの炎によって骨も残らずに焼き尽くされ、その灰は風に乗って旅立った。

 風の都市の森の中のゼロの家の傍らに拵えられたゼロの墓にゼロはいない。

 その墓にはゼロの愛用していた剣と鎖鎌が納められている。


 ゼロの死後、元聖騎士イザベラと聖務監督官のクロウからゼロの死を知らされたアイラス国王は私的な書簡をしたためた。

 国王の個人的な使いとして風の都市を訪れたのは、イザベラ・イフルード。

 返上した聖騎士の礼装で国王の書簡とシーグル教皇からの手紙を携えていた。

 国王の書簡には


「アイラス国と世界のために戦った称号なき勇者に賞賛と敬意を送ると共にその魂の安らぎを願う」


と記され、シーグル教皇からの手紙には


「私の憧れの人であり大切な友人であるゼロさんの安らかな眠りを祈ります」


と記されていた。

 シーナ達に国王の哀悼の意を伝えたイザベラはゼロの墓の前に跪き


「私のライバルで、おバカなネクロマンサーへの最後の嫌がらせですわ。聖職者の祈りなんて、貴方には嫌がらせ以外の何物でもありませんわよね」


と話しながらシーグル教において最大の敬意を表した祈りを捧げていた。

 しかし、国王からの「称号なき勇者」と書かれた書簡を届けたイザベラも、レナもシーナもリズも同じことを考えていた。

 ゼロはただ自分の選んだ道を歩み続けただだけで、勇者になんかなろうとは思っていなかった。

 皆がその思いには絶対の自信があった。


 多くの者達が英雄を目指す世界で、彼はそんなことは望んでいなかった。

 ただ一つ、自ら選択した道を黙々と歩むだけを目指した。

 死霊術師として、己の誇りと信念を貫き、その人生を駆け抜けた。

 職業「死霊術師」のゼロの旅路はひっそりと幕を閉じた。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 生涯を描く、というのは中々珍しいですよね。死霊術師の死生観、と言う想像に想像を重ねるしかない題材ですが、やはりその最期は大切ですもんね。 そして自由と責任、みたいなテーマも全体を通して感じ…
[一言] ゼロの物語の終わりはさみしいですが、非常に満足できる作品でした。職業選択シリーズは今後も楽しませてもらいますね。
[良い点] 望んでいたエンドロールだったけど、砂糖のように甘くて胸焼けがした。予想以上に素晴らしかったけど、砂糖より甘いですね。 [気になる点] もうちょっと死霊術師的なズルをして娘たちの成長と嫁達を…
2021/11/14 14:50 退会済み
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