8.青い学校ジャージ
翌朝、部屋のベッドで目を覚ましたとき、見慣れない天井にわたしは戸惑っていた。
異世界に来たことなんて、寝ぼけてすっかり忘れていた。
部屋に備え付けのシャワーを浴びて目を覚ます。
寝室に戻ると、モーファがベッドの傍らに立っている。
「何か、動きやすい服って準備できる? わたしの学校ジャージとか」
今日は、竜退治の練習をするはずだった。
そしてわたしはいま、制服と、いつもの寝間着であるスウェットしか、この世界には持ってきていなかった。
「お持ちします」
そういってモーファは部屋を出て行きがけに、振り返った。
「朝食はどうします? なんでも出来ますが」
「んー、……本橋くんと相談してみる」
本橋くんに話しかける、いい口実が出来た。
髪をとかし、寝間着である黒いスウェットを制服に着替え、それから隣にある、本橋くんの部屋をノックする。
本橋くん、と扉越しに声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。
本橋くんはラフな格好をしていた。
白いTシャツに、濃い紺色のハーフパンツを履いている。
どうも寝間着らしい。
こういう格好もいいな、なんてひそかに思うわたし。
「おはよう」そう言って本橋くんはわたしの制服に目を落とす。「もう着替えてるの。早いな」
「うん。本橋くんは起きたばっかり?」
「そう」
本橋くんは眠そうな目をこする。
どうも朝が弱いらしい。
これまた意外な発見だ。
「朝ごはん、何にする? さっきモーファに聞かれてさ、どうしよかなって思って」
「あー」本橋くんは困り顔をした。「いらないかな。俺、普段は朝ごはん食べないんだよ」
案外だらしない。
「ダメだよ、朝食を抜くと力が出ないんだからさ。じゃあ、わたしと一緒のパンにしよう。スープとサラダ、ベーコンエッグをつけてもらって」
本橋くんはじっとわたしのことを見る。
「母親みたいなこと言うなあ」
「いいから、一緒に食べようよ」
はいはい、じゃあ先にリビングに行ってて、といって本橋くんは部屋の中に戻っていった。
リビングのソファーに座る。
この部屋は音がなく、静かだ。
夕食を終えた昨晩、モーファはテレビやネットを受信することは不可能だと言った。
ただ、希望する映像コンテンツがあれば、用意をしてくれるらしい。
つまりリアルタイムなものは不可能だが、オンデマンドなものはOKなのだという。
昨晩は眠くなるまで本橋くんと映画を楽しんだ。
しかし、見るともなく見られるような、ニュース番組を流しっぱなしにすることは、今のこの状況じゃ出来ない。
やむを得ず、足をぶらぶらさせたりして待っていと、やがて本橋くんが来た。
「下妻、もう朝食頼んだ?」
わたしは首を横に振った。
モーファがまだ戻ってきていなかった。
「なら、ちょうどよかった。さっき部屋にキーファが来たから、頼んどいたよ。俺と下妻の分の朝食」
モーファとキーファは、レストランで配膳に使うような、カートを押しながら現れた。
上段には、わたしたちの朝食が乗っていた。
ベーコンエッグにサラダ、パンにスープ。
カトラリーとともに、速やかにテーブルに並べてくれる。
カートの二段目には、わたしたちの服が入っていた。
見慣れた上下の青い学校ジャージが二つ畳まれている。
一つは当然、わたしの分。
ならもう一つは、本橋くんの分。
わたしと本橋くんは目を見合わせて笑った。
「下妻もそれ、頼んだの? やっぱ、動くとなるとそれだよな」
「普段はダサい、って思ってるんだけど、どうもね」
なんて笑いあっていると、食器を並び終えたキーファが、どちらに言うでもなく、こう口にした。
「今日は竜を倒す練習をしてもらいます。最適化されているはずですが、しっかりと動きを覚えてくださいね。ぼくたちとのコンビネーションもあるので」
「キーファが何かするの?」
不思議になって聞くと、モーファが答えた。
「わたしたちは、指示役なのです。わたしは下妻さんに、キーファは本橋さんに行動の指示を出す」
「じゃあ、重大な役割じゃないの」
そういうと、今度はキーファが言った。
「いいえ、あなたたちと立場は変わりません。すべての指示、手順、段取りを決めているのはロイシュテバですから。ぼくたちはそれを伝えるだけ。……今日は、ロイシュテバもきますよ。よく彼の話を聞いておいてくださいね」
真剣味のこもったトーンだった。
あのなんだかおませな子どもは、そんなにえらかったのか。
パンに乗せたべーコンエッグをかじりながら、わたしはそんなことを考えた。




