22.まるで夢のように
その現象はやっぱり、なんていえばいいんだろう、目を覚ましたときの感覚に似ていた。
突然意識が、あるレベルから、別なレベルへと切り替わる。
だけどあのときと違うのは、わたしと本橋くんが立っている位置だった。
異世界へ行くときは向かい合っていたのに、今は並んで立っている。
わたしは本橋くんへ目を向けた。
彼もこちらを見ていた。
なんだかおかしくなって、二人で笑いあった。
「なんだか、夢みたいだったな」
「いや、ほんとに」
それから二人して、しばし、物思いにふけった。
そして本橋くんが急に言う。
「それで、話って?」
そう聞かれたわたしは、どきりとする。
やばい、全然、心の準備が出来ていない。
何度か目をぱちくりさせる。
意識せず、胸のあたりに手を当ててしまう。
……なんだ、これ。
妙な感触が制服の中にある。
それで、はっと気づく。
慌てて首筋に手を回す。
やはり、固い感触がある。
「どしたの?」
本橋くんは不思議そうな顔をしている。
わたしは首から、細い銀色のチェーンを外した。
ずるずると、制服の首元から、本橋くんからもらったペンダントが現れる。
朝、寝間着のスウェットから制服に着替えるとき、ペンダントを外すのを忘れていたのだ。
「え、持ってこれたんだ」
本橋くんは目を丸くしている。
わたしはペンダントを首から外し、右手の上に乗せた。
異世界と何ら変わりのない、その銀色のペンダントを物珍しく眺めていると、不意にペンダントが淡く緑色に瞬きはじめる。
何度かゆっくりと点滅を繰り返すと、緑色に光っていたペンダントは、まるで夢のように溶けて消えた。
わたしは右手をゆっくりと閉じてみる。
右手の中には、やはり、何もない。
なんだか寂しいような、いやでも、これでいいんだというような、妙な気分。
本橋くんもなんだか、そんな顔をしている。
ペンダントがなくなった空間を見つめている間に、わたしの気持ちは落ち着いてきていた。
「……で、下妻は俺に、何の話をしようとしてたの?」
そうたずねてくる本橋くんに、わたしは笑顔を向けて答える。
「ねえ、本橋くん。今日、一緒に帰ろっか」
「ん? ああ、別にいいけど。……それ言うために、ここに呼びだしたわけじゃないだろ。話って、何なの」
「忘れちゃった」
そう言ってわたしは歩き出す。
「なんだよ、それ」
そう言いながらも本橋くんがついてくる。
「ごめん、ごめん。そのうち思い出すからさ」
本橋くんに謝りながら、わたしはなんだか機嫌がいい。
何も、あわてることはないよね。
だいたい、嫌いな子は体を張って守らないだろうし。
わたしの告白めいた言葉を聞いているのに、嫌な顔もしてないし。
今日だって、一緒に帰ってくれるみたいだし。
以前だったら絶対に不可能だったその申し出が出来たことと、本橋くんがその申し出を受けてくれたことに心を躍らせながら、わたしは夕闇の迫る廊下を歩く。
そして心の中で、異世界で出来た友人へ向けてつぶやく。
だからさ、結果はもうちょい待ってて、モーファ。
わたし、がんばるからさ。
というわけで、このお話も今回で無事終了……と思いきや、実は、続きを書く予定です。
その内容は【現実世界編】。
現実世界に戻ってきた二人に何が起こるのか?
という内容の物語を書く予定ですが、構想の段階でしかない(つまり、まだ一文字も書いていない)ので、その存在を忘れるぐらい、気長にお待ちくださると助かります。
そんな今後の予定はあれど、とりあえず【異世界編】はこれで終了です。
異世界転移のくせにのんびりとしている、この小説にお付き合いいただき、ありがとうございました。




