21.放課後で、図書室
朝は遅い時間に目を覚ました。
昨日、なかなか眠れなかったせいだ。
シャワーを浴び、制服に着替えてリビングに行くと、すでに制服姿の本橋くんがいた。
つい恥ずかしさで、目をそらしてしまう。
朝の挨拶だけはなんとかできたが、わたしの若干の挙動不審に、本橋くんは奇妙な顔をしていた。
二日目の朝と同じような、トーストとベーコンエッグの朝食を食べると、部屋にロイシュテバがやってきた。
リビングのソファーに座った彼は、深々と頭を下げて言った。
「お二人には、本当に助かりました」
いえいえ、とわたしたちは、あっさりとそのお礼を流した。
終わってみれば、大したことではなかったように思えた。
「いや、本当ならこっちが謝らなくちゃいけないぐらいだ。悪かったな、勝手なことをして」
本橋くんがそう言って頭を下げる。
何のことかすぐにはわからなかったが、やがて、わたしをかばったことだな、とピンとくる。
今度はロイシュテバが、いいえ、と否定する番だった。
「すべては、ぼくらの計算が甘かったせいです。効率や単純化ばかり優先して、あなたたち、実際に戦う人間の感情や想い、その反応を考えていなかった。その点は本当に申し訳ない」
ロイシュテバはほんの少しだけ、複雑そうな顔をしていたけれど、すぐに明るい笑顔へ戻った。
「ともかく、あなたたちはぼくらを救ってくれたのです。あの竜は、ぼくらをこの地下世界に閉じ込めていた。ぼくらはやっと、本当のこの世界を知ることが出来るのです」
と、ロイシュテバに言われてもピンとこない。
「そう言われても、よくわからんのだよね。わたしなんか、教えてもらった呪文を唱えてだだけだし」
「俺たち、マジで大したことはしてないしなあ」
いやいや。
わたしは大したことはしてないが、本橋くんは違う。
一時的にとはいえ、大けがを負って、わたしをかばってくれていた。
だが記憶をなくしていることになっていたわたしは、そんなことを口に出すわけにもいかない。
黙って微笑んで、同意のうなずきをしてみる。
「ともかく、お二人には本当に感謝しています。ありがとうございました」
もう一度ロイシュテバは頭を下げる。
キーファ、モーファも同じことをしていた。
三人が顔を上げるまでの、その妙に恥ずかしい間のあと、本橋くんは言った。
「じゃあ、いよいよ帰りますか」
「準備は出来ています」
この世界に来たばかりと同じように、赤いとんがり帽子をかぶったロイシュテバの後を追って石造りの廊下を歩く。
目的の広い部屋にはすぐにたどり着いた。
そこには、やはり多くの子どもたちが集っていた。
モーファやキーファに慣れ親しんだ今では、みんな少しずつ、顔立ちが違っていることがわかる。
彼らは円を描いて立っていた。
その円の縁の中には、トヨタのエンブレムみたいなマークが、光る線で描かれている。
「あの陣の中に入れば、もう、あなたたちの世界です。場所も時間も、ぴったり、あのときに合わせてあります」
「放課後で、図書室」
わたしがそう言うと、ロイシュテバがうなずく。
子どもたちが描く円の一部が、わたしたちを招くように開かれる。
光る円の中に足を踏み入れる前に、わたしは後ろを振り返った。
わたしたちの後について歩いていた、キーファとモーファがそこにいた。
「モーファ」
わたしがそう呼ぶと、彼女はすこしうなずいて、近寄ってくる。
わたしは膝を折り、彼女と視線の高さを合わせた。
「この四日間、本当にありがとう。短い付き合いだったけど、なんだかそんな感じ、全然しなかった」
「わたしも、楽しかったですよ。もうきっと、会えることはないのが残念です」
わたしは手を広げ、彼女の肩を抱いた。
モーファもわたしを抱きしめてくれた。
そして彼女は耳元でささやいた。
「頑張ってくださいね。うまくいくことを祈ってます」
うん、とわたしはうなずいて答えた。
モーファから体を離し、本橋くんの方へ目を向ける。
本橋くんも、キーファと握手を交わしていた。
「キーファも、じゃあね」
わたしが言うと、キーファは小さくうなずいた。
「どうか、お元気で」
それからわたしたちは光る円へ向けて歩いた。
傍らに立つロイシュテバが、小さく手を振っていた。
わたしたちは手を振り返した。
そして円の中へ足を踏み入れた。
空間が歪む。




