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2.この雰囲気で断れる?

 石造りの建物の扉は小さかった。

 女子としても身長が低めのわたしはともかく、男子としては平均程度の身長を持つ本橋くんは首をかがめてその扉を通る羽目になった。


 扉を抜けても、背の低い廊下が続いていた。

 本橋くんはなんとか直立できるものの、その高さには、頭上十センチぐらいの余裕しかない。 

 廊下の床も、左右の壁も、頭上も石でおおわれている。


 その廊下をしばらく進むと、右手に扉が現れた。

 先頭をきって歩いていた少年がその扉を開く。

 わたしも後に続いた。

 本橋くんは、再び首を折り曲げてその扉を通ってくる。


 扉の中は、意外なことに、ずいぶん広い空間になっていた。

 ホテルのスイートルーム、というものにわたしは入ったことはないが、たぶんこんな感じなのだろう。

 天井の高さも普通だ。

 扉を抜けてすぐのところにテーブルとソファーが並ぶリビングがあり、わたしたちはそこに導かれた。


 わたしと本橋くんが並んでソファーに腰をかける。

 先導をしていた少年が目の前の椅子に座る。

 他にもう二人、わたしたちと共に部屋に入ってきた子どもがいた。

 男女一人ずついた彼らは、わたしたちの右手のソファーに並んで座った。


 子どもたちの顔は、みんなよく似ていた。

 西洋風の、美しく整った顔。

 そしてみんな赤いとんがり帽子をかぶっている。


「さて」と先導をしてきた少年が口を開いた。「あなたたちにこの異世界に来てもらったのは、他でもない。あなたたちにしか頼めないお願いがあったからなのです」


 来てもらった、っていうか、連れ去られただけなんだけど。


「お願いって?」


 本橋くんは淡々と話を進める。


「戦ってもらいたいのです」

「戦うって、何と?」

「竜です。いわゆる、ドラゴン」


 わたしと本橋くんは目を見合わせる。


「下妻ってさ、竜と戦った経験、ある?」

「あるわけないじゃん。本橋くんは?」

「ない。ゲームの中で、ぐらいかな」


 本橋くんは再び少年へと目を戻す。


「その竜、もしかして、せいぜい子犬ぐらいの大きさだったりする?」

「いやあ、あなた方の世界でいう、象ぐらいの大きさがありますね。鋭い牙と爪、固い皮膚を持っています。そして炎のブレスを吐く」


 本橋くんは肩をすくめた。


「ちょっと、無理っぽいな。他の人にあたってくれないか」

「そういわずに、お願いしますよ。というか、お二人じゃないと無理なんです」

「何でよ」とわたしが口をはさむ。「わたしたちの代わりに、軍隊のエリートとか、オリンピック選手を連れてきた方が、まだましなんじゃないの」


 軍隊のエリートや、オリンピック選手がドラゴンに勝てるかというと、それはまた別な話だけど。


「それが違うんですよ。あの、子どものたわごとと思わず聞いてくださいね。ぼくたち、こんななりをしてますけど、みんな、あなたたちの世界でいう、大人ですから。子どもに見えているだけなので」


 右手に座る、二人の少年少女がそうだと後押しするようにうなずく。

 なんだ、子どもじゃなかったんだ。


「すでに体験されたとおり、ぼくたちは異世界へアクセスするすべを持っています。むろんあなたたちの世界のことだってよく知っている。その他の世界だって、把握をしているのです。それがどういうことか、ちょっと考えてみてください」

「オリンピック選手を誘拐することもたやすい」とわたし。

「もっと巨大な戦力で竜に立ち向かうことができる」と、本橋くん。


 わたしは皮肉のつもりだったし、本橋くんもたぶんそうなのだけれど、少年は笑顔でうなずいてみせた。


「そう、お二人とも理解が早いですね。それなのに、あなたたち二人を、ぼくらは選んだのです」

「え?」と二人で声を合わせてしまった。

「ぼくらは何度もシミュレーションを行いました。あらゆる世界の、強大な力を召喚し、味方につけ、竜と戦う想定をし、計算を行いました。しかし竜は厄介な敵でした。例えばあなたたちの世界には、原子爆弾があるでしょう」

「そう、わたしたちみたいなその辺の高校生二人じゃなくて、そういうのを竜にぶつけてみたらどう?」

「ダメなんです。それじゃ勝てない。竜は一時的にダメージを負いますが、やがてエネルギーを吸収するすべを身につけ、より強大になってしまう。勝つ確率は、ゼロです」


 少年は真剣な顔をしていた。

 冗談みたいな話のくせに。

 だが、やがてにっこりと笑って言った。


「でもあなたたち二人なら、百です」

「ん?」とわたし。

「百パーセントです。冗談でもなんでもなく」

「マジかよ」

「マジなんです。ぼくらも信じられなかった。何度も再計算しなおしましたよ。でも結果は一緒。百パーセント」

「そうはいっても、俺たち、竜の倒し方なんて知らないんだけど」

「大丈夫。倒し方も、武器の類も、ぼくたちが用意しました。すべて計算しつくして、可能な限り最適化を行っています。つまりあなたたちはオペレーター」

「オペレーターってなあに?」

「操作者、ってことです。あなたたちは、ぼくらの指示するように動く。動作も、すごく単純なものにしてあります。その通りにしていれば、あなたたちは竜を倒せる」

「そう言われても……」と本橋くん。

「それが、ぼくたちのお願いです。お願いします。竜と戦い、倒してください」


 目の前の少年が頭を下げる。

 傍らにいる少年少女も、一緒に頭を下げていた。


「どうする?」と小声で本橋くんがわたしにささやいた。


 三人の少年少女はまだ頭を下げている。


「この雰囲気で断れる?」とわたしが本橋くんにささやき返す。


 本橋くんは渋い顔をしてうなずいた。

 それから本橋くんはわたしに、彼らに返事をするよう、目でうながした。

 やむなく、わたしは言った。


「わかった、やるよ。やるからさ、何をどうすればいいのか、ちゃんと教えてね」

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