19.あのときはありがとう
ふわふわと漂う意識の中で、本橋くんの声がする。
「ごめんな、下妻。かえって危ない目に合わせちゃったみたいでさ」
うつらうつらとしながら、わたしは答える。
ううん、かばってくれて本当にうれしかった。
守るからさ、って言ってくれたし。
その言葉通りだったし。
「なら、よかった。ゆっくり、休めよ」
そう言って、わたしのそばから本橋くんの気配が消える。
また少し時間が経つと、その気配が現れる。
ねえ本橋くん、とぼんやりとした意識の中でわたしは話しかける。
「なんだ? 少しは、目が覚めたか?」
いいや、全然。
まだなんだか、はっきりとしない。
寝てんだか、起きてんだか、さっぱり。
体に力、入らない。
大丈夫かな。
「寝てれば治る、ってキーファたちが言ってたから、心配すんな」
そっか。
……あのさ、本橋くん。
「どしたの」
わたし、本橋くんに言いたいことがあったんだ。
「後で聞くよ」
ううん、今言うの。
わたしとはじめて出会ったときのこと、覚えてる?
「はじめて? ……いつだったかな」
わたしは覚えているの。
去年の五月で、わたしたちがまだ別なクラスだったころ。
そのころ、本橋くんもクラス委員だった。
「そうだったな。いや、あれは面倒だった。下妻、クラス委員代表だったよな」
そう、それで、わたし、やらかしたじゃない。
一年生全体での合同授業で、学年の全員に周知して、三種類あるどの科目を選ぶか、希望をとるはずだったよね。
クラス委員には周知と、希望調査が任されてた。
で、わたし、一週間も締め切りを間違えて、みんなに伝えてさ。
「覚えてないな」
でもわたしは覚えてる。
締め切りの前の日に学年主任に言われて、慌ててクラス委員のみんなを集めて、謝って。
他のクラス委員は文句言ってた。
責任取って、明日までにわたしが全部、学年全員の希望調査をしろ、なんて言われてさ。
だけど、本橋くんは違った。
人間、間違えることもあるんだから、協力しようぜ、なんて言ってくれて。
その言葉で、みんな結局、手伝ってくれて。
次の日の午前中のうちに、希望調査は終わった。
それでわたし、本橋くんのこと、ちゃんと覚えたの。
「……それってさ、全然、はじめて出会った話じゃないよな」
……あれ?
そうかな。
でもそれが、はじめての出会いのようなものだけど。
だってわたしがはじめて、本橋くんを意識したのがそれだもの。
でさ、そのときのお礼、まだ言ってなかったよね。
あのときはわたしも慌ててて。
なんだか、なあなあになっちゃってて。
あのときはありがとう、本橋くん。
「どういたしまして」
うん。
もう、いいや。
「……何が?」
言いたいことも言ったし、眠ります。
「ああ、そうしろ」
おやすみ。
「おやすみ。ぐっすり眠れよ、下妻」




