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18/22

18.もうめちゃくちゃ

「本橋さん、何やってるんですか!」


 ロイシュテバの慌てた声が耳を打つ。

 閉じていた目を、わたしは開いた。


 最初に目に飛び込んできたのは、青い空だった。

 そしてその下にある、本橋くんの苦し気な表情だった。

 力なく本橋くんが、わたしに倒れこんでくる。

 どさりと預けられたその体は、重い。


 状況が状況なら、夢のようなシチュエーションなわけだけど、ふざけている場合じゃないと、こんなわたしでもわかっている。

 本橋くんはわたしに覆いかぶさるような体勢でいた。

 わたしを、かばってくれたのだ。


「下妻さん、落ち着いて」とモーファの声が聞こえる。


 そう落ち着かなきゃ、と考えながらわたしは、先ほどからお腹のところに妙に温かい感触があるのが気にかかる。

 見ちゃいけないと思いながらも見てしまった。

 真っ赤な液体、つまり、本橋くんの血が、わたしの体を濡らしていた。


「クタマ」とモーファから指示が出る。


 だけどわたしはつい、言ってしまう。

 不要だとわかっていてもなお、最強の回復呪文を唱えてしまう。


「クタマルガ」

「ああっ、もうめちゃくちゃだ」とロイシュテバの声。


 「クタマ」よりも強い、輝く光がわたしたちを包み、本橋くんがびくりと体を震わせる。

 そして彼はすぐに顔をあげた。


「下妻、無事か?」


 うん、とわたしはうなずいてみせる。


「上です!」とキーファの、聞いたことのない指示が出る。


 本橋くんは上空を見上げる。

 そこには、片翼のドラゴンがよろよろと浮かんでいた。


「勝率は、変動しているか!」とロイシュテバの声がする。「再計算、早くしろ!」


 本橋くんが立ち上がる。

 わたしの学校ジャージは、彼の血で真っ赤になっていた。

 そしてわたしは、なぜだか、体の力が抜けている。


 本橋くんが危機に瀕したからだろうか。

 それとも、安心したからだろうか。

 いや、そんな心理的な要因じゃない、もっと明確に、だるい。


「モーファ、なんか、すごく眠いんだけど……」

「クタマでよかったのに、クタマルガなんて使うからです。この魔法は忘れてください、っていったのに」とモーファは早口で言った。彼女も焦っているらしい。「下妻さんは限界を迎えつつあります。まだ魔法、唱えられますか」

「まあ、なんとか」


 だるさを感じる中で、なんとかわたしは言った。


「キーファ、どうしたらいい?」 


 空を飛んだドラゴンを見上げながら、本橋くんがたずねる。


「知りませんよ」とすねたようなキーファの声。「あれで、とどめだったのに。本橋さんのせいです」

「だって、下妻、危なかっただろう」

「クタマですぐに治りましたよ」とモーファ。

「下妻に痛い思い、させたくなかったんだ」


 本橋くんは、やっぱり、優しい。


「それでとどめを刺すチャンスを逃して、負けたら元も子もありませんよ」とキーファ。

「なんだ。俺たち、負けるのか?」


 あんまり動じてない風な声で、本橋くんが言う。

 やがて、キーファが答える。


「そういうわけにもいきません。あなたたちの勝率は百パーセントなんだから。もう、チャートは狂っちゃいましたが、なんとかしましょう」

「頼むよ」


 竜はわたしたちを見下ろし、その場でホバリングを続けている。

 手が出せないで見上げているうち、その体の傷は、徐々に塞がっていっているように思える。


「本橋さん、もう一度あの胸の傷、狙えますか」

「あいつが地面まできてくれるなら」

「それは、無理ですね。あのまま、竜は回復を図るつもりのようです」

「空飛ぶ魔法とかないの?」

「ないですよ」と答えたのはモーファだった。「竜をけん制する、ぐらいならまだ、下妻さんの魔法で可能だと思いますが」

「下妻、いけるのか?」

「うん、まあ」と曖昧な返事しか出来ない自分が何とも情けない。


 本当に大丈夫か、という空気が流れ、会話が一瞬止まる。


「投げてください、本橋さん」とロイシュテバの声がする。「剣を投げて、胸を貫く。再計算が済みました。依然として、あなたたちは、間違いなく、勝てるんです」


 本当かな、疑わしいな、とぼんやりしながらわたしは考えている。

 勝てるんです、って言葉はなんだか、願望のようにも聞こえる。


「なら、行けるか」 


 しかし本橋くんはそう言った。

 本橋くんって、案外、楽天家なんだな。

 そんな新しい一面を発見する。

 素敵。

 という感想も変だな。

 ああ、眠い。


「じゃ、せめて、下妻さんの魔法で援護しましょう。アレーブで燃やしますよ、下妻さん」

「はい」

「本当に大丈夫かよ、下妻」


 たぶんね。

 本橋くんが剣を肩に背負うように構えた。

 わたしはやっとこさ立ち上がる。

 魔法の杖に体重をあずける。


「じゃ、いつものとおり、わたしの指示からいきますよ。聞いてます? 下妻さん」

「わかってるって」 

「では、カウント。3、2、1……アレーブ」とモーファが言う。

「アレーブ」


 そう唱えると、空飛ぶ竜は炎に包まれる。

 すっかり疲れ切り、力を失ったわたしは、魔法の杖から両手を離す。

 地面に尻もちをつきながら、本橋くんの投げた剣が飛んでいく先を見る。


 剣はまっすぐ、竜の胸をめがけて飛んでいく。

 狙い通り、胸の深い傷のところに命中し、竜が唸り声をあげながら、空でバランスを崩す。


 ずずーん、と竜が落ちた、地を揺るがす音を聞きながら、わたしの意識は睡魔に包まれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前回の引きで動揺してしまって、支離滅裂な感想を送り付けてしまいすみません。二人が無事でほっとしました。 タイトル通りであれば、戻れるのは確かだとは思うのですが、どう戻るのか、下妻さんの気持ち…
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