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17/22

17.ビームって案外、固くて重いんだな

 戦いがはじまってから五分も経つと、だいぶ余裕が生まれていた。

 魔法の詠唱は相変わらず続いていたが、竜は順調に弱っており、一方わたしたちは無傷なままだった。


 いや、厳密にいえば、本橋くんは何度か危ない目に遭っていた。

 龍の皮膚は強靭で、わたしが「アレーブ」でこんがりと焦がしたのは、そのほんの表面だけのことだった。

 焼け焦げたうろこがはがれると、その下にはまだ、つやつやと光る新たなうろこが顔をのぞかせている。

 この体に本格的なダメージを与えるには、本橋くんの剣の力がどうしても必要らしかった。


 そんなわけで本橋くんの剣による攻撃は時折、竜の体の奥深くまで突き刺さったり、強く体に喰いこんだりしていた。

 そして時には、竜の反撃が本橋くんを襲った。

 その鋭い爪を体に受け、ピンポン玉のように吹き飛ばされたりもする。


 最初にその様子を見せられたとき、わたしは息が止まるかと思った。

 交通事故現場を目撃してしまったぐらいの衝撃があった。

 だが耳の奥に届く冷静なモーファの声がわたしを正気に返らせた。


「クタマ」


 指示に従い、そう口にすると、緑色の光が本橋くんを包む。

 すると本橋くんは、地面を転がりながらも、その勢いが収まると、即座に立ち上がる。

 そして元の場所へと戻り、また剣を構える。


「……大丈夫なの? 本橋くん」


 わたしがおずおずとそう聞くと、本橋くんはつぶやくように言う。


「一瞬、マジで痛かった。一瞬、な」

「今は?」とわたしが聞き、ついでモーファの指示に従い、「バーズ」と口にする。


 鋭くとがった氷の塊が空中に生まれ、ドラゴンへ向けて襲いかかる。


「大丈夫。どこも痛くない」

「すいませんが、耐えてください」とロイシュテバの声が割り込んでくる。「傷を受けても、すぐに治しますから」

「そういうこと、先に言っといてくれよな」


 ちょっと不満げな声が声で本橋くんが言った。


 なんてことはあれど、戦況はおおむね、安定していた。

 わたしは練習のときのように、半ば退屈さを感じ、そして半ば本橋くんの頑張りを心から応援しながら、単調に魔法を唱えていた。

 そして戦いがはじまってから、もう十分は経っただろうと思ったあたりで、わたしは聞いた。


「モーファ、この戦い、あとどれぐらい?」


 最後に行ったリハーサルは、十分ぐらいで終わっていた。

 本番の今も、計算違いがなければ、それぐらいで終わるはずだった。

 モーファは「アレーブ」の魔法の指示を出し、それから答える。


「もうすぐです。竜もずいぶん、弱っていますね」


 燃え盛る「アレーブ」の炎の中から竜が再び姿を現す。

 実際、竜はほとんど虫の息だった。

 戦闘開始時より、動作は明らかに鈍っていた。


 本橋くんの剣が切り裂いた各部からは、竜の青い血が噴き出している。

 片目はつぶれ、片方の翼は大きく切り裂かれ、片手の爪はほぼ欠損し、長かった牙も砕かれ、と見るも散々なありさまだった。


 にも関わらず、ムダなように思える抵抗を、わたしたちに続けている。

 そして簡単に避けられそうな本橋くんの単調な攻撃を、むやみやたらに体で受け止めている。

 これがロイシュテバのいう、最適化、の結果なのだろうか。


 わたしたちは竜に、特に恨みはない。

 悪いけど、恨みっこなしだぞ、なんてわたしが考えているとき、竜は突然、体をそらせるような動きをした。

 それは長い戦いの中で竜がはじめて見せた動作で、わたしはちょっと驚いた。


「突き!」とキーファの鋭い声がわたしの耳にも届く。

 むき出しになった竜の胸元に、本橋くんの剣が深々と突き刺さる。

 竜は一瞬、その体から力を抜いたように見えた。

 これで終わりか、とわたしが考えたそのとき、竜の首がぶるぶると震えた。


 そうして長い首を曲げて本橋くんへ顔を向け、その口を開いた。

 その口から出てきたのは、炎のブレスではなかった。

 まばゆい鋭い輝きが本橋くんを襲った。

 黄色い、ビームのように直線に伸びるその光は、本橋くんの胸を貫いていた。

 そんな攻撃を見たのは、はじめてだった。


「ぐっ」と苦し気な声がわたしの耳にも届く。

 ぐらりと揺れる本橋くんの姿に、叫びだしそうになるのをこらえ、わたしは冷静にモーファの指示を待つ。

 予想通りの指示が届く。


「クタマ」


 わたしが魔法を唱えると、本橋くんがぐっと足を踏ん張って、立ち直る。


「突き。もう一度」


 キーファの声にも動じたところはない。

 ひどいけれど、今のも計算のうちなのだろう。

 わたしなら絶対に、本橋くんにはそんなことさせないけれど。

 すぐに治ったとしても、痛みがあるのは間違いないし。


 本橋くんの剣が、再び竜の胸を貫く。

 深々と刺さったその剣に反応し、再び竜が首をもたげる。

 またあのビーム攻撃か。

 嫌だな、見たくないな、と目をそらしかけたわたしに、本橋くんの鋭い声が聞こえた。


「おい、下妻!」


 ふと顔をあげると、片目の竜と目が合う。

 竜の顔は、本橋くんには向いていなかった。


 げっ、と思った。

 明らかに、わたしを狙ってるんじゃん。


 耳の奥でキーファの声がする。


「突き! とどめです!」


 たぶんそのとどめは、攻撃を防ぐのには間に合わない。

 竜の口が開かれる。

 眩い輝きが、その喉の奥に見えた。


 わたしは歯を食いしばり、強く目を閉じてその痛みに耐えようとした。

 攻撃を受けた後でも、「クタマ」って唱えられるかな、なんて考えながら。

 たぶん大丈夫なはずよね。

 なんて思っているうち、どん、と体に何かがぶつかってきた。


 ビームって案外、固くて重いんだな、と目を閉じたわたしはそんなことを考えていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロイシュテバの言う最適化プランを知らされないまま戦っているから、下妻さん本橋くんは意図がわからないし、この後どうなるかがわからない。 言われた通りにやるだけとはいえ、まさかこんなことになると…
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