17.ビームって案外、固くて重いんだな
戦いがはじまってから五分も経つと、だいぶ余裕が生まれていた。
魔法の詠唱は相変わらず続いていたが、竜は順調に弱っており、一方わたしたちは無傷なままだった。
いや、厳密にいえば、本橋くんは何度か危ない目に遭っていた。
龍の皮膚は強靭で、わたしが「アレーブ」でこんがりと焦がしたのは、そのほんの表面だけのことだった。
焼け焦げたうろこがはがれると、その下にはまだ、つやつやと光る新たなうろこが顔をのぞかせている。
この体に本格的なダメージを与えるには、本橋くんの剣の力がどうしても必要らしかった。
そんなわけで本橋くんの剣による攻撃は時折、竜の体の奥深くまで突き刺さったり、強く体に喰いこんだりしていた。
そして時には、竜の反撃が本橋くんを襲った。
その鋭い爪を体に受け、ピンポン玉のように吹き飛ばされたりもする。
最初にその様子を見せられたとき、わたしは息が止まるかと思った。
交通事故現場を目撃してしまったぐらいの衝撃があった。
だが耳の奥に届く冷静なモーファの声がわたしを正気に返らせた。
「クタマ」
指示に従い、そう口にすると、緑色の光が本橋くんを包む。
すると本橋くんは、地面を転がりながらも、その勢いが収まると、即座に立ち上がる。
そして元の場所へと戻り、また剣を構える。
「……大丈夫なの? 本橋くん」
わたしがおずおずとそう聞くと、本橋くんはつぶやくように言う。
「一瞬、マジで痛かった。一瞬、な」
「今は?」とわたしが聞き、ついでモーファの指示に従い、「バーズ」と口にする。
鋭くとがった氷の塊が空中に生まれ、ドラゴンへ向けて襲いかかる。
「大丈夫。どこも痛くない」
「すいませんが、耐えてください」とロイシュテバの声が割り込んでくる。「傷を受けても、すぐに治しますから」
「そういうこと、先に言っといてくれよな」
ちょっと不満げな声が声で本橋くんが言った。
なんてことはあれど、戦況はおおむね、安定していた。
わたしは練習のときのように、半ば退屈さを感じ、そして半ば本橋くんの頑張りを心から応援しながら、単調に魔法を唱えていた。
そして戦いがはじまってから、もう十分は経っただろうと思ったあたりで、わたしは聞いた。
「モーファ、この戦い、あとどれぐらい?」
最後に行ったリハーサルは、十分ぐらいで終わっていた。
本番の今も、計算違いがなければ、それぐらいで終わるはずだった。
モーファは「アレーブ」の魔法の指示を出し、それから答える。
「もうすぐです。竜もずいぶん、弱っていますね」
燃え盛る「アレーブ」の炎の中から竜が再び姿を現す。
実際、竜はほとんど虫の息だった。
戦闘開始時より、動作は明らかに鈍っていた。
本橋くんの剣が切り裂いた各部からは、竜の青い血が噴き出している。
片目はつぶれ、片方の翼は大きく切り裂かれ、片手の爪はほぼ欠損し、長かった牙も砕かれ、と見るも散々なありさまだった。
にも関わらず、ムダなように思える抵抗を、わたしたちに続けている。
そして簡単に避けられそうな本橋くんの単調な攻撃を、むやみやたらに体で受け止めている。
これがロイシュテバのいう、最適化、の結果なのだろうか。
わたしたちは竜に、特に恨みはない。
悪いけど、恨みっこなしだぞ、なんてわたしが考えているとき、竜は突然、体をそらせるような動きをした。
それは長い戦いの中で竜がはじめて見せた動作で、わたしはちょっと驚いた。
「突き!」とキーファの鋭い声がわたしの耳にも届く。
むき出しになった竜の胸元に、本橋くんの剣が深々と突き刺さる。
竜は一瞬、その体から力を抜いたように見えた。
これで終わりか、とわたしが考えたそのとき、竜の首がぶるぶると震えた。
そうして長い首を曲げて本橋くんへ顔を向け、その口を開いた。
その口から出てきたのは、炎のブレスではなかった。
まばゆい鋭い輝きが本橋くんを襲った。
黄色い、ビームのように直線に伸びるその光は、本橋くんの胸を貫いていた。
そんな攻撃を見たのは、はじめてだった。
「ぐっ」と苦し気な声がわたしの耳にも届く。
ぐらりと揺れる本橋くんの姿に、叫びだしそうになるのをこらえ、わたしは冷静にモーファの指示を待つ。
予想通りの指示が届く。
「クタマ」
わたしが魔法を唱えると、本橋くんがぐっと足を踏ん張って、立ち直る。
「突き。もう一度」
キーファの声にも動じたところはない。
ひどいけれど、今のも計算のうちなのだろう。
わたしなら絶対に、本橋くんにはそんなことさせないけれど。
すぐに治ったとしても、痛みがあるのは間違いないし。
本橋くんの剣が、再び竜の胸を貫く。
深々と刺さったその剣に反応し、再び竜が首をもたげる。
またあのビーム攻撃か。
嫌だな、見たくないな、と目をそらしかけたわたしに、本橋くんの鋭い声が聞こえた。
「おい、下妻!」
ふと顔をあげると、片目の竜と目が合う。
竜の顔は、本橋くんには向いていなかった。
げっ、と思った。
明らかに、わたしを狙ってるんじゃん。
耳の奥でキーファの声がする。
「突き! とどめです!」
たぶんそのとどめは、攻撃を防ぐのには間に合わない。
竜の口が開かれる。
眩い輝きが、その喉の奥に見えた。
わたしは歯を食いしばり、強く目を閉じてその痛みに耐えようとした。
攻撃を受けた後でも、「クタマ」って唱えられるかな、なんて考えながら。
たぶん大丈夫なはずよね。
なんて思っているうち、どん、と体に何かがぶつかってきた。
ビームって案外、固くて重いんだな、と目を閉じたわたしはそんなことを考えていた。




