16.なんだ、楽勝じゃん
扉の向こうは、草原だった。
この世界に来てはじめて目にする外の世界だ。
緩やかに風が吹いている。
青い空に、太陽がさんさんと日光を降り注いでいる。
夏のような巨大な雲。
「下妻さん、来ますよ」
あくまで落ち着いたモーファの声が耳の奥に届く。
その間に本橋くんがわたしの前方、三メートルぐらいの距離まで歩み出る。
練習のときと同じ距離だ。
そしてわたしたちの周囲がふと、暗くなる。
わたしは頭上を見上げた。
その瞬間、天から巨大な影が、落下してくる。
驚く間もなく、耳の奥で声がする。
「フィジィ」とモーファの声が聞こえ、わたしはすぐに「フィ、フィジィ」と噛みかけながらも呪文を唱える。
危ないところだったが、魔法は無事発動した。
わたしと本橋くんの体に、赤いキラキラがまとわりつく。
そして空から落下してきていた黒い影が、急に落下速度を落とす。
それでなんとなく、わたしたちのスピードが速くなったんだな、と気づく。
その影はゆっくり、まるでスローモーションのように、本橋くんめがけて落下してきている。
「十二時」とキーファが言い、本橋くんが剣を振る。
ゆっくりと振り下ろされた剣は、黒い影をとらえる。
本橋くんはあくまで軽々と剣を振っている。
なのに重量感たっぷりの黒い影は、大きくはじかれて前方へ転がる。
その場で黒い影……いや、竜は態勢を立て直した。
体表は黒っぽいうろこに覆われ、ぬらぬらと光っている。
四本の恐竜めいた太い足で大地に立ち、わたしたちに向けて長い首を伸ばしている。
赤みがかった大きな翼を広げており、こちらを威嚇しているようでもある。
ロイシュテバは象ぐらいの大きさだ、と言った。
実際は、首や足といった各部のパーツが長いため、もっと大きく見える。
キリンぐらい、といった方が適切だ。
そんなわけで、めちゃくちゃでかく感じる。
ゴジラほどではないけれど。
そしてその容姿は、想像以上に、ドラゴンだった。
「まさに、ザ・ドラゴンね」
わたしがそうつぶやいたのと、モーファが「サブーマ」と指示を出すのが、ほぼ一緒だった。
慌ててわたしは、「サブーマ」と唱える。
淡い青い光がわたしと本橋くんを包み込む。
「下妻さん、集中してください」
モーファのそんな呆れ声。
「ごめんごめん」
わたしが謝っている間も、本橋くんは剣を振っている。
左右に振られるその剣は、ゆっくりと動く竜の鋭い爪や、首を伸ばして噛みつこうとする竜の牙をはじき返す。
そして本橋くんは、竜の目を突き刺す。
単純な動きなのに、まるで竜が自ら受けにいっているかのように、攻撃が入る。
竜は目から青い血液を出しながら、苦痛に顔をゆがめた。
他人事ながら、めっちゃ痛そう。
しかし容赦のないモーファは、「アレーブ」を放つよう、わたしに指示を出す。
その指示の通りわたしが呪文を唱えると、竜の全身が巨大な炎に包まれる。
焦げ臭い熱気が周囲に満ち、黒くカリカリに焦げた竜のうろこらしきものが宙へ舞い上がる。
「やばいな、それ」とやっぱり他人事のような本橋くんの声がわたしに届く。
やがて「アレーブ」の炎が収まる。
竜はこんがりと黒焦げに焼きあがったかのように見える。
いやにあっさり倒してしまったな、とわたしが戸惑っているそのとき、急に竜の首が空へと持ちあがる。
竜は空へ向け、なんとも甲高い咆哮を発した。
そしてわたしたちへ向けて、炎を吹いた。
視界が真っ赤な火柱に包まれる。
が、熱くはない。
「サブーマ」の青い光が、わたしを炎から守ってくれていた。
それはどうやら、本橋くんも同じだったらしい。
炎を吹き終えた竜の左足に、本橋くんの振った横薙ぎの剣が食い込む。
戦況は、わたしたちに確実に有利に進んでいた。
わたしは、なんだ、楽勝じゃん、とか思っていた。




